バンドマンの怪談


2011年の夏は節電、クールビスと、暑さを強いられる夏となりました。
そこで今回は、読んだだけで身も凍りつような「バンドマンの怪談」で涼んで頂きたいと 思います。ただし、気の弱い方、霊に憑りつかれやすい方はご注意ください。どのような 異常現象があなたに起きても、当エッセイは一切関知しませんので、あしからず。


【 バンドマンの怪談・その1 】
隣のシートの友人が、遠慮がちに声をかけてきた。
「おい、そんなに飛ばすなよ」
「それが、飛ばすつもりはないんだけど、ついスピードが出ちゃうんだよ」
「いや、飛ばしたい気持ちは分るけど、やっぱりスピードはキープしないと」
「分ってる、分ってるけど、つい」
「つい、じゃないよ。まるで、何かに憑りつかれたみたいにそんなに飛ばして。ほら、気 を付けないと、あぶない、ほら、あ、あ〜〜〜!」
次の瞬間、凍りついたような静寂が訪れた・・・いったい何が起きたんだ?
ハッと気が付くと、周りを数人の人に取り囲まれて、冷たい視線を浴びていた。そして、 その中のリーダー格の人物が声を荒げて言った。
「おい、ちゃんとテンポ、キープせんかい!ドラムがそんなに急いだら、まわりのモン、 着いていけんやろうが。ほんと、そのスピードやったら、サックス、指まめらんのやから。 はい、じゃもう1回、アタマ(曲の冒頭)から」


【 バンドマンの怪談・その2 】
「バンマス、なんとかしてくださいよ」
ステージの休憩中に声をかけてきたのは、タイバン、つまりキャバレーなどに入っている 2つのバンドのうちの、もう片方のバンド、のリーダーである。
「うちのヤノピ(ピアノプレーヤーのこと)、この店のピアノ、弾きたくないって言うんで すよ、なんとかしてもらわんと」
「いやぁ、こっちも困っとるんよねー」
「まさか、なんかの呪いじゃないでしょうね」
バンマスは一瞬ビクッとした表情になった。が、それを悟られないように、慎重に言葉を 選びながら言った。
「呪い?冗談やろ。そんなもん、あるわけない」
「あるわけないって、うちのヤノピ、ステージたんびに金縛りみたいになって指が動かん のですよ。このあいだ来たトラ(エキストラ)だって、ピアノの前に座ったとたん顔色が 変わっとったでしょうが」
「んー・・・よし、わかった。なんとかしよう・・・」

次の日の昼、バンマスはいつものようにキャバレーの従業員用の裏口から入って、ロッ カーの並ぶ廊下を通り過ぎ、ステージの裏の階段に向かった。夜はホステスさんたちの甲 高い声であふれているこの場所だが、昼間は、気持ちが悪いほど静まり返っている。
すると、誰もいないはずのステージから、物寂しげなピアノの音が聞こえてきた。
バンマスは心を引き締め、音をたてないよう慎重に、ステージへの階段を昇った。そして、 ステージの緞帳(どんちょう)の陰からそっと覗くと、薄暗い中、ピアノの前にゆらー り、ゆらーりと揺れる影が見える。
「やっぱり、正体はこれか・・・」
バンマスはそーっと、ピアノに近づき、精一杯の威厳を込めて言った。
「おい!」
「あっ・・・」
その影は一瞬たじろいだが、すぐに観念したようにバンマスのほうに向き直った。バンマ スは威厳に優しさを加えて言った。
「やっぱりあんたね。昼間出てきて練習するのはいいけど、カップ酒飲みながら やるから、鍵盤が日本酒でベタベタやろが。タイバンのヤノピが弾きたくないって、文句 が出てるけん、あとをちゃんと拭いとってよ」
「あ、はい、すみません・・・」


【 バンドマンの怪談・その3 】
「き、消えた!」
1番ラッパ(ファーストトランペット奏者)が、ステージで演奏中にもかかわらず、取り 乱したように叫んだ。
演奏中に何を言ってるんだ、というような顔で振り返った、ひな壇の前列のサックス、ト ロンボーンのメンバーも、4人いるはずのラッパの席が一つ、完全に空白になっているの に気が付いて、あっと息を呑んだ。
一瞬にしてステージ上からメンバーが消えた!あそこには3番ラッパがいるはずなのに。 確かに影の薄いやつではあったが・・・まさか、神隠し?
しかし、途中で演奏を中止するわけにはいかない。背筋に冷たいものを感じながら、メン バーは演奏を続けた。『・・・まさか、次は俺じゃないだろうな・・・』
ひとしきり演奏が終わり、緞帳(どんちょう)が降りたところで、メンバーは楽器を 置くと、恐る恐る、ラッパのイスが並ぶ、ひな壇の最上段に近寄った。
「ど、どうなったん?」
全員が恐怖に引きつった顔をして、1番ラッパに声をかけた、その時!
呪われたような唸り声とともに、3番ラッパの首が、ひな壇の後ろの暗がりからニューッと生えて きた!
「ああ痛ぇー。ラッパのひな壇の後端には、ちゃんと転落防止用の木、打ち付けとかんといか んよ、怪我せんかったからよかったようなもんの、危ねぇー。あ、ラッパも、どうもなって ない。よかったー」


いかがでしょうか。十分に涼んで頂けましたでしょうか。
(え、涼しいどころじゃなくて、寒くなった?)
なお、これらの怪談は、少々の装飾はあるものの、ほぼ実話です。やっぱり、バンドマン の世界って、怖いですねぇ〜。
では、また来年の夏お会いしましょう、それまで、ゴキゲンヨウ〜、ヒッヒッヒッ・・・