熊さん流・ジャズ勉強法「熊さん隠語に悩む」

              熊さん流・ジャズ勉強法「熊さん隠語に悩む」


熊:おい大家さん、いるけぇ。俺ぁ、今日という今日は勘弁できねえ!今から隣町ぃ行って、戦争してくる。 すまねえが、なんか、武器になるもんを貸してくんねえ。
大:おいおい、いきなり他人の家に上がり込んで、何をしてるんだ。
熊:あ、刀がある。これ、借りるぜ。
大:おい、そりゃ孫のオモチャの刀だ。そんなもんを振り回して、どうしようってんだ。
熊:オモチャ?オモチャじゃしょうがねえな。あ、このピストルでいいや。
大:そりゃ、割り箸で作った輪ゴム鉄砲だ、見てわかんねえのか。それよか、ちょっと落 ち着きな。ま、そこへ座れ。え、いったい何を興奮してるんだ。
熊:何って・・・何だっけ?あ、そうだ、隣町のやつらが、俺に演奏の手伝いに来てくれ ってえから行ってやったら、陰で俺の悪口を言ってやがる。だから勘弁できねえってんだ。
大:悪口を?そりゃ、なんかの間違いじゃないか。隣町のバンドの連中は、みんないい人ばかりだ ぜ。
熊:いい人かどうかは知らねえが、俺のことをハゲって言い草があるかってんだ。そうだ ろ、大家さんならともかく。
大:よけいなお世話だ。しかし、そりゃ、どんなときに言ってたんだ。
熊:どんなって、なんでも、弁当が、みんなはゲーヒャクとか、熊さんはハゲ、とかなんとか 言ってやがった。
大:やっばり。そりゃ熊さんの早とちりだ。それは多分、みんなは500円の弁当で、熊 さんだけは特別に750円の弁当、って話をしてたんだ。そんとき、熊さんの弁当だけ、 他の人と違ってやしなかったか。
熊:そういや、演奏が終わって弁当が出たが、みんなはノリ弁で、俺だけ幕の内だったような・・・。 じゃ、ハゲってのは、幕の内弁当のことなのか。
大:そうじゃなくて、隠語を使ってたんだ。
熊:ああ、モノマネのうめえ鳥。
大:そりゃ、インコだ。
熊:ああ、あれか、縦・横・斜めに揃う。
大:そりゃ、ビンゴだ。そうじゃなくて、隠語、隠し言葉。商売でいうところの符牒(符 丁)、今風だと業界用語ってとこか。
熊:ふーん。そりゃいってえ、なんなんだ。
大:おおっぴらに出来ないことを関係者だけに分かるようにする言葉のことだな。多い のは、お金の高とかを表す数字だ。落語界や床屋業界だと、1ヘイ、2ビキ、3ヤマ、4 ササキ・・・、寿司屋なら1ピン、2リャンコ、3ゲタ、4ダリ・・・、といった具合だ。
熊:ふーん、面白いね。まだあるかい。
大:落語に出てくる寺方の用語だと、1大無人、2天無人、3王無中、4罪無非、5吾無 口、6交無人、7切無刀、8分無刀、9丸無点、10針無金、なんていうな。
熊:ダイムジン、テンムジン?なんだい、そりゃ。
大:大の字に人が無くて一、天に人が無くて二、王の中の棒が無くて三、ということだ。
熊:ほうほう、なるほどね。で、そんなんが、バンドにもあるってことか。
大:ああ。バンドでは、
1ツェー、2デー、3イー、4エフ、5ゲー、6アー、7ハー、8オクターブ(略してターブ)、9ナイン
というな。これの元になっているのはドイツ語の、
Cツェー、Dデー、Eエー、Fエフ、Gゲー、Aアー、Hハー、だが、
・E(エー)ではAと紛らわしいから、英語読みのイーにする
・ 7はHを使う。ドイツ語のB(ベー)はB♭のこと
という具合だ。
熊:ふーん。それで、俺の750円の弁当が、ハーゲーか。じゃ、次の練習は7月5日で すってのは、ハー月ゲー日です、ってのか。
大:いや、隠語というのは、金額や年齢など、人に知られたくないことに使うもんだ。
熊:ふーん。面倒くせえし、ま、無理して覚えるこたぁねえか。
大:いや、たとえばコード進行で、C−Am−Dm−G7を、バンドでは1−6−2−5、 と言ったりするから、アルファベットと数字の関係は覚えたほうがいい。
熊:へー・・・。で、なにかい、アメリカにも、隠語みてえなものがあんのかい。
大:隠語というか、スラングとしてあるな。たとえば、バンドの名前によく使われる「キ ャッツ(cats)」は猫という意味だが、ジャズ演奏者とか愛好家の意味もある。
熊:ああ、昔『クレージーキャッツ』なんてバンドがあったね。
大:アリゲーター(alligator)も同じ意味だな。略してゲイト(gate)、ゲイター(gator) ともいう。
熊:そういえば、ルー・ドナルドソンの曲に「Alligator Boogaloo」なんてのがあるね。
大:ほかにも、
・キャナリー(canary)=女性ボーカリスト
・エボニー(ebony)=クラリネット(エボナイト製だから)
・エイティエイト(eighty eight、88)=ピアノ(鍵盤の数が88だから)
・アイボリーズ(ivories)=ピアノ鍵盤(以前は象牙だったから)
・サックバット(sackbutt)=トロンボーン(トロンボーンに似た形の昔の楽器から)
・スキンズ・プレイヤー(skins player)=ドラマー(昔はヘッドが皮製だったから)
・リーズ(reeds)=サックスやクラリネットなどリード楽器の総称
・スリップホーン(sliphorn)=トロンボーン
・スモーキン(smokin')=(煙が出るほど)白熱した演奏。「最高!」
などがあるようだ。まあ、スラングだから、どんな風に使ってるのかは、現場に行ってみ んとわからんがな。
熊:ふーん。しかし、うわさのとおり、大家さんは隠語にくわしいね。
大:うわさのとおり、とは、どうゆうことだ?
熊:だって、みんな言ってらぁ、「うちの大家は、隠語(因業)大家だ」って。



※(因業=頑固でものわかりが悪いこと、人に対する仕打ちが情け容赦ないこと。)