熊さん流ジャズ勉強法「楽譜はデジタルって?」
熊:オイはーそと〜!こらよっと、それ、オイはーそと〜!
大:ばあさん、なんか玄関のほうがうるさいとおもったら、熊の野郎だよ。ご近所に迷
惑だから、うちに入れちまいな・・・この野郎、マンションの廊下で何を騒いでんだ、
ちったあ他人様への迷惑ってのを考えろ。
熊:へへへ、えー大家さん、おはようござい。
大:なにが、おはようございだ、もうとっくに昼過ぎてら。だいいち、節分までにはま
だ間があるってのに、鬼は外もないもんだ。おかげでそこらじゅう豆だらけじゃねえか。
熊:いやだなぁ大家さん、よく聞かなかったのかい。鬼は外、じゃなくて、オイはそと、
って言ったんだよ。大家さんにもじわじわっと老化が来始めたから、
「老いは外」って、厄払いしてやったんだ、ありがたく思いな。そうだな、今回はプレ
節分ってことで、厄払い料は半額の五千円でいいや。
大:ほう、五千円。じゃ、熊さんの迷惑料の一万円で、差し引き五千円の貸しだ。だい
いち、老化ってのは、じわじわ来るんじゃねえ。放物線状に来るんだ。
熊:なんです?その、ホウブツセンってのは。
大:y=xみたいに斜めの線を描くんじゃなくて、年を取れば取るほど、y=xの二乗みたいに、
ギューンって急カーブの線を描いて、老化していくんだ。若い頃には、それが分からないから
無駄に時間を費やす。熊さんも覚えときな。
熊:ふーん、ギューンってのがホウブツセンか。なんだね、大家さんて、算数にも詳し
いんだね。じゃあ、「楽譜はデジタルだ」って意味、分かるかい。
大:楽譜はデジタル、か。で、誰が言ったんだい、そりゃ。
熊:決まってら、隣町のバンドのリーダーだよ。
大:ほう。で、どんなときに言われたんだ。
熊:なに、テナーサックスのスローバラードを練習してたら、高慢ちきなツラで「熊さ
んは楽譜をデジタルとして吹いてる。楽譜に隠れているアナログを吹かなくっちゃ」っ
て、わけのわかんねえこと言いやがる。
大:なるほど、そういうことか。
熊:それから「ああそうかい」って、楽譜をロウソクであぶってみたが、へっ、なんに
も出て来ねえ。
大:バカだな、譜面が燃えてしまうだろ。そうじゃなくて、彼が言いたかったのは「楽
譜というのはアナログ情報をデジタル化したものにすぎない」ってことだ。
熊:だから、そもそも、そのアナログとデジタルってのがナンなのかって、聞いてんだろ、この開けっ
放しの教室。
大:なんだそりゃ?
熊:へへ、廊下(老化)が丸見え。
大:くだらねえな。んー、アナログってのは連続したもの、デジタルってのは数値化し
たもの、のことなんだが・・・そうだな、たとえば私が野球を見に行ったとする。
熊:野球?俺ぁ、野球よりサッカーのほうが好きだな。チームで言うと・・・。
大:まぜっかえすんじゃない。そのとき私が外野の芝生席にいたとして、それを熊さん
が見つけたら、どうやってその場所を他人に伝える?
熊:どうって、右の上のほうとか、真ん中あたり、とか。
大:芝生席に大勢の人がいたら、それじゃわからんだろ。
熊:いいよ、大家さんを見つけても、なんの得にもならねえ。
大:じゃ、今度は、きちんと席が並んでいる内野席にいるとしよう。そしたらどうだ。
熊:そりゃ簡単だ。右から何番目の、上から何番目、って。
大:そう、そこだよ。
熊:キョロキョロ、えー、どこです?
大:古風なボケだな。つまり芝生席は連続しているからアナログ、内野席は数字として
表せるからデジタル。これならわかるかな。
熊:ははあ、なんとなく。でも、それが楽譜とどう関係あるんです?
大:考えてごらん。楽譜というのは、五線上の音符の位置で音程を表し、音符の種類で
長さを表したもの、つまり、音を数値化した、りっぱなデジタル情報のかたまりだ。
熊:ふーん、なるほどね。じゃ、デジタル情報ってのは、昔っからあったわけだ。
大:熊さんが練習しているバラードも、作曲者の頭の中では、柔らかに連続した、つま
りアナログ情報だった、それを大勢の人に伝えるために音符にした、つまりデジタル化
した、しかし、デジタル情報では伝えきれない思いが、音符と音符の間に詰まっている、
楽譜を読むというのは、それを読み取ることだ。バンドリーダーは、そう言いたかった
んだな。
熊:なーんだ、そんな簡単なことを、偉そ〜うに言うからいけねえ。
大:楽譜というのは、最低限の情報を提供するもので、演奏する人は、そこからいかに
本来の情報を読み取り、自分なりの感性を表現するか、それが大切だということだな。
わかったら、もっと練習して、ちょっとはましなバラードを吹いてみろ。
熊:ああ、わかったよ。あ、でも、楽譜を二枚並べて吹くのはよそう。
大:楽譜を二枚?そりゃ、どういうことだ。
熊:だって、フメン(譜面)とフメンで、ヨメン(読めん)になる。
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