◆◆ 本に載せたい「バンドマンのちょっといい話」 ◆◆

【バンマス編】
それは、まだ私がキャバレーのバンマスになりたての頃でした。
ショーで入ったターウ(歌手)の女の子が、
「わたし、田舎の両親のためにも、早くメジャーデビューしたいんですけど、 歌いたい曲があっても、編曲料が高くて、楽譜、なかなか作れないんです」
私は、それを聞いて感激しました。今どき、自分の為でなく両親の為に出世したい、 なんていう歌手がいるなんて。
「それ、何ていう曲?ボクが書いてあげるよ」と言うと、女の子は、
「え?でも、私、お金持ってないから」
「何を言ってるの、お金なんて、出世払いでいいから」
それから、その曲のテープをもらい、楽譜を書始めました。「遅くなるから」と言って も、その子は、お茶を入れたり、お菓子を買ってきたりしてくれました。 そして、夜も大分更けたころ、その楽譜は完成しました。
「できたよ」と言うと、その子は、その楽譜をしっかり胸に抱いて言いました。
「ありがとうございます!私、この歌、一生の宝物にして、歌い続けます!」
・・・これが、私の「ちょっといい話」です。

<陰の声>
『この「楽譜書いてあげる」ってのは、バンマスのいつもの“タダ乗り”の口実だよな』
『そうそう、バンマスが下心もなしに楽譜書くわけ、ないじゃない』
『それにターウも、「女の子」って言うより、「女の親」って年だったし』
『ということで、本に載せるのは、不採用』


【ジャーマネ編】
東京から有名な歌手がショーで入った時のことです。
リハーサルが終わったあと、歌手のマネージャーが僕の所に来て、
「いやー、地方にこんないいバンドがあるなんて知りませんでした。特に、あなたの音、 いいですね−」
「とんでもない、東京のバンドにはかないませんよ」
「どうして東京に出ていかないんですか、東京でも十分通用するのに」
その時、私は一瞬、迷いました。東京か・・・でも・・・
「私はこのバンドが好きなんです。ここで、気の合った仲間とジャズを やっていくのが楽しいんです」
「そうなんですか。ま、その気になったら、いつでも電話ください」
私は、そんな話があったことはメンバーに話さず、自分の心の奥にしまっておきました。
その後、いろんなことでくじけそうになった時、私はこのことを思い出して、自分自身を励まして います。
・・・これが、私の「ちょっといい話」です。

<陰の声>
『え?この手の話ってよく聞くけど、大抵、お世辞だよな。それに、そんな話、このジャーマネには なかったと思うけど』
『そうそう。このジャーマネ、よそであったことを自分のことのように話す、ってのが病気 だった』
『それに騙されて、あのバンドに入った、バカな新人がいたよな』
『いたいた・・・それ、俺だ』
『お前かよ!』
『ということで、本に載せるのは、不採用』


【ピアノ編】
僕は、子供の時からピアノを弾いていたわけではなく、ピアノが急に休んだため、バンマスに 言われて、見よう見まねで弾いたのが始まりです。そんな訳で、早くみんなに追いつこうと、 早目に店に出て練習していました。
そんな僕を、バンマスは同じように早くから店に出て来て、見守ってくれました。
「焦らず、じっくりやりゃいい」
その暖かい言葉が、今の僕を作ってくれたのだと、しみじみ感じています。
・・・これが、私の「ちょっといい話」です。

<陰の声>
『あいつが早くから店に出てたのは、浮気しててカミさんが怖かったんじゃないか』
『そうそう。それにバンマスも、昼間のバイト、ビークー(クビ)になって、行くとこ無かったんだ』
『それと、バンマスが「焦らずじっくり」って言う時はたいてい、もう諦めた、って時だったな』
『そう。俺にはいつも、いいピアノおらんかな〜って、ボヤいてた』
『ということで、本に載せるのは、不採用』


【ボウヤ編】
ボウヤ(坊や)というのは、見習いのことです。いいプレーヤーやいいバンドに付いて、無給で 世話をしながら、“門前の小僧”のように、プロの技術を盗んで一人前のバンドマンになること を目指します。つらいことや嫌なことも、それが技術の向上、バンドマンとしての成長の 糧(かて)につながると思えば、我慢出来ました。
僕はバンドマンにはなれませんでしたが、今の僕があるのも、あのつらい日々があったからこそ。 僕のこのことを思って厳しく接してくださった先輩諸氏に、今となっては、心からお礼を 言いたいと思います。
・・・これが、私の「ちょっといい話」です。

<陰の声>
『このボウヤ、暗〜くて、絶対にバンドマンに向かないタイプだったよな』
『そう。辞めた方が本人の為だと思って、つらく当たっても、何を勘違いしたのか、逆に嬉しそうで気味 が悪かった』
『技術を盗むより、人の目を盗むがうまくなったりして』
『そのうち、チャンナオン(彼女)が出来たと思ったら、コロッと態度が変わって、さっさと辞めちゃったな』
『ということで、本に載せるのは、不採用』

というわけで、今回は本に載せるような「ちょっといい話」はありませんでしたが、次回は 是非とも、ホロリとするような「ちょっといい話」をご披露、し、た、い、・・・・と、え、何? そんな話、あるわけがないから、この企画は永久に中止だ?そんな、「ちょっと、ちょっと、 ちょっと〜!」