バンドマン風落語「千早ふる」


                     バンドマン風落語「千早ふる」


えー、暑い日が続いておりますが、皆様、ご無事でお過ごしでしょうか。
今年は、節電、節電なんてんで、クーラーの設定温度は29度にしろとか、いろいろうるさ いようで。ちょっと太ってる人は、「お前、家のクーラーの設定温度、26度にしてるだろ!」 なんて、あらぬ疑いをかけられたりして、大変な世の中でございますが、んー、しばらく のあいだ、お付き合いをお願いいたします。

世の中には、『知らないのに知っているフリをする』なんて方がいるようで。知りもしない のに「ああ、知ってる、知ってる」なんと言う。いわゆる知ったかぶり、というやつで、 よくないですねぇ、これは。
ところが、もっとよくないのは、『知ってるのに知らないフリをする』、いけませんねえ、これは 。「記憶にございません」なんて、よくないですねえ。
ところが、さらにこの上を行くよくないのがある、それはなにかと言うと、『知らないのに知らないフリを する』・・・知らないくせに「そんなこと、知ってても言えん!」、なんてんで、こうなる ともう、わけがわかりませんが。

「バンマス、バンマスはいつも、俺は文科系だ、って自慢してますよね」
「あ?ああ、そうだな。ま、文科系のことなら、俺の前後右左に出る奴はいないな」
「あーよかった。実はですね、ドモコ(子ども)が学校の宿題で、和歌の意味を教えてく れってんで持って来たけど、さっぱりわかんないんで、教えてもらえませんかね」
「和歌?ふーん、味噌ひとなめだな。どんなんだ」
「へー、和歌ってのは、味噌ひとなめって言うんですか、辛そうだな。で、そいつが、
『千早ふる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは』
ってんですけどね、何がなんだかさっぱりなんで、よろしくお願いしますよ」
「ん、なんだって?」
「だから、
『ちはやふる かみよもきかず たつたがわ からくれないに みずくくるとは』
ですよ」
「・・・ああ、なんだそれか。そりゃお前の言い方が違うから、わかりにくかったんだ」
「へー、そうですか。じゃ、どう言うんです?」
「まず、たつたがわ、だが・・・。この、たつたがわというのは、かわと付くからには、川の名前 だと思うか」
「そうなんですか」
「そうなんですか、って、それじゃ答になってないだろ。俺が川の名前だと思うか、と聞 いてんだから、思う、とか、思わない、とか答えろ!」
「そんなに大きな声、出さないでくださいよ。じゃあ・・・思います」
「ほーら、そこが畜生の浅はかさだ」
「ひどいな。無理に思わせといて。じゃ、なんなんです」
「これは『タツ・田川』ってえ、歌手の名前だ」
「へー、歌手の名前ですか。今ごろの人ですか」
「いやいや、戦後すぐのころ、九州・筑豊地方の田川にあったキャバレーの歌手だ」
「田川の。ああそれで、タツ・田川って名前なんですね。それで」
「このタツ・田川って歌手が、これからはズージャ(ジャズ)の時代だ、東京にはきっと いいジャズ歌手がいるに違いないと思って、東京にジャズの勉強に行ったんだな。で、い ろんなクラブを回って最初に訪ねたのが、そのころ評判の歌姫、『チハヤ』ってターウ(歌 手)のチャンナオン(女の子)だ。ところが、実際に聴いてみると、歌い方が古い。こん な古い歌い方じゃダメだってんで、次に訪ねたのが「ミヨ」って子だ。ところが、話を聞 いてみるとこちらはタリハツ(ハッタリ)ばかりで、これもダメだてんで、こっちは歌も 聴かなかった」
「なんですかやっぱり、戦後すぐってえと、ジャズの歌い方を知ってる歌手なんて、そう ざらにはいなかったんでしょうね」
「そうだな。で、東京まで来てなんの収穫もなかったってんで、タツ・田川はがっかりし て九州に帰り、歌手をやめて、キャバレーのバンドのバンマスになった」
「えー、ちょっと待ってくださいよ、歌手からいきなりバンマスになったんですか」
「ああそうだよ、文句あっか」
「いえ、別に文句はないけど、よくなれましたね」
「いいんだよ。レコ(愛人)がネカ(金)貯めてて、店のジャーマネ(マネージャー)に 取り入ったんだ」
「えー、いいなあ、うらやましい」
「バンマスになった彼は、自分が東京にコンプレックスを持っていたことを恥じた。そし て、東京でなくても、九州でもジャズ歌手を育てられるはずだと、一念発起して『専属歌手 募集』の張り紙を出した。ところが、だ」
「どうなったんです?」
「なんと、大勢の若者が応募して来た。そのなかでも、『Kala』、『紅(くれない)』に、 『ミズ』という3人は、特に将来有望だったから、タツ・田川が喜んだのなんの!」
「へー、よかったですね。それで、その3人がその後、ジャズシンガーのお手本になった、 とか言う話ですか」
「いや、それで、この話はおしまいだ」
「え、おしまいって、これから面白くなりそうなのに」
「何を言ってるんだ。これが、さっきの和歌の意味だろうが」
「え゛〜っ!今のが?どういうことです」
「まず、チハヤの歌は古かった、だから、チハヤ古か、だ」
「えっ、ちはやふるか、って、そこで切るんですか。それに、なんで九州弁なんですか」
「人の話をちゃんと聞け、タツ・田川は九州の歌手って言っただろうが。それから、ミヨ の歌も聴かなかった。だから、チハヤ古か、ミヨも聴かず、タツ・田川、となるだろう」
「はあ、なりますね。それから」
「九州に帰って歌手を募集したら、『Kala』、『紅』に、『ミズ』が来たから、からくれ ないに みずくるとは、となるだろう」
「えー、そうですか、からくれないに みずくるとは・・・あれ、違ってるよバンマス、 くるとは、じゃなくて、くくるとは、ですよ」
「だから、お前は人の気持ちが読めないと言われるんだ。有望な歌手が3人も来たとき、タツ・ 田川がどんな気持ちだったと思う?」
「そりゃ、ものすごく嬉しかったでしょうね」
「そうだよ、だから感激して言ったんだ」
「なんて?」
「く、来るとは!」

おあとがよろしいようで・・・・・。

注)本当の落語「ちはやふる」の説明では、
竜田川という相撲取りが千早という花魁に振られ(ちはやふる)、 妹の神代花魁も竜田川の言うことを聞かず(かみよもきかず たつたがわ)、失望した竜田川が 故郷に戻って豆腐屋をしていると、数年後女乞食に落ちぶれた千早花魁が来て「腹が減ったのでおから をめぐんで」と言ったがやらないで(からくれないに)突き飛ばすと、井戸に落ちた(みずくぐる)、 では最後の「とは」は何だと聞かれ、千早の本名だ、というのがオチになっています。