バンドマンよもやま話「チェーサーてなんや?」

                    『バンドマンよもやま話』
                   第1回「チェーサーてなんや?」

                                 お話:元キャバレーバンドマン・A氏


こないだのことやけど、リハの時間借りて、自作のチェーサー、やってみたんですわ。な んかの時に使えんかな思て、メンバーにお願いして。
ところが、終わったあと、若いメンバーから「チェーサーてなんです?」て聞かれましたんや。 そん時ハタと思た、ああ、知らんまに、時代て移り変っとんのやなー、て。気ぃは若いつ もりでも、ふとしたことで、そう感じますのやな。

チェイス(chase)ゆうんは、カーチェイスとか言うように、追いかける、ゆうことで、チ ェイサーは、追いかけるモン。強いお酒を飲んだ後にすぐ飲む水も、そういいまんな。「ス トレート・ノーチェイサー」なんてモンクの曲もおますし。最近の人は胃が弱いんかしら ん、ウイスキーを生(キ)で飲む、なんてこと、ようせんさかい、チェーサーゆう言葉も 聞かんようになったけど。

これがバンド用語になると、チェッサーとかチェーサーとか訛って、ショーなんかが終わ って演者さんが引っ込むときに鳴らす音楽、のことでんな。パッケージショーが終わって、 踊り子さんがお辞儀をする、そして袖に引っ込もうとする、その微妙なタイミングを見計 らって、バンマスが「チェーサー!」と叫んで演奏始めるんやけど、これがけっこう難しおまして、タ イミングが遅いとシラけてしまう。ひどいときは、バンマスが曲順間違えて合図出さん、 踊り子さんは音無しで袖に引っ込み始める、あわててメンバーが「バンマス、チェーサー、 チェサー!」(笑)。せっかくのショーが台無しや、これほどシラけるもん、あらしまへん。

キャバレーでは、バンドごとにチェーサーの曲持ってて、たいていはテンポの速い、ブン チャブンチャ、ゆう、マーチ風の曲でしたな。メロディーも、「チェーサー!」の掛け声で すぐ演奏せなあかんから、すぐ覚えられる簡単なモンでした。とはゆうても、引っ込みの ときの音楽やから、華やかやないとあかん。それと、歌い手さんなんかは、客席に向かっ て三方礼しやはるさかい、その間ずっと繰り返して、引っ込みはるときに、上手い具合に エンディングにもっていかなあかん、その上手下手で、そのバンドのセンスが知れる、 たかがチェーサー、されどチェーサー、でしたな。

ちかごろ、テレビなんかでよう、業界用語、聞きますな。チェー千とか、デー千ゆうたり、 逆さ言葉ゆうて、演奏旅行なんかをビータ、ゆうたりしてます。ほかにも、落語界とか、 寿司屋とか、業界ごとに、独特の言い回しや隠語があったりする。あんまり上品とは言え んかもしれんが、それはそれで、リッパな文化やないか、思います。その中で、バンド用 語、特にキャバレーなんかで使こてた用語が、少しずつ消えていっきょる、こらぁ、淋し いことやないかと思います。

そんなもん、時代の流れや、ゆうたら仕舞いかもしれまへん。そやけど、日本のジャズが、 米軍キャンプやら、キャバレーなんかで育まれてきた、ゆうんはホンマのことやさかい、 そうですかー、無くなりましたかー、そら残念なこっでしたな、では済まん、というか、もっ たいない、ゆう気がします。

ジャズゆう音楽がこの先どうなるやら、バンドマンゆう人種がどうなるやら、そらわから ん。そやけど、チェーサー、ゆう言葉一つとってみても、その中に、今に生かせるいろんな モンを含んどる。そんなバンドマン文化を、少しでも次に伝える努力をせなあかん、それも生き残 りバンドマンの務めやないか、最近、そういう気ぃが、してきてます。


<編集部より>
なお、次回は『バンドマンよもやま話』第2回「スーバンてなんや?」をお送りする予定でし たが、A氏の勝手な都合により『バンドマンよもやま話』は今回で終了とさせて頂きます。ご愛 読ありがとうございました。