熊さん流ジャズ習得法「熊さん、あがってしまう」

            「熊さん流ジャズ習得法「熊さん、あがってしまう」

熊:「こんちは〜、ちは〜、ち、は〜・・・」
大:「誰だ、玄関で死にそうな声を出しているは?熊さんだな、なんだ、その情けねえ声は。 さっさとあがれ。どうした、腹でも下したのか」
熊:「そうじゃねえよ大家さん、俺ぁ、つくづく自分が情けなくて」
大:「ほう、落ち込んでいる熊さんなんざ、前代未聞の大見世物だ、おい、ばあさん、ちょっ と来てみな、面白いもんが見られるぞ」
熊:「大家さん、からかっちゃいけねえ。ひょっとしたら、このまま家賃を払う気力も無くな るかもしれねえってのに」
大:「何を言ってやがる、家賃はもう半年も溜まってら。で、何なんだ、その落ち込んだ原因 ってのは」
熊:「実は、昨日、隣町のバンドのコンサートがあるってんで、手伝いに行ったんだ」
大:「ああ、そう言ってたな。それで」
熊:「人前で演奏するなんて大したこたぁねえ、と思ってたんだが、いざステージに上がるっ てえと、急に心臓がドキドキしてきやがって、頭がボーッとして、あとは何が何やら、さ っぱりわからないまま終わっちまった」
大:「ははあ、あがったんだな」
熊:「ステージであがる、なんてえ話を、聞いたことはあったが、いざ自分がそうなってみると、けっこう情けねえも んだ」
大:「ま、あがる、ってのは、人前で何かをやる人には、宿命みたいなもんだからな」
熊:「そこでだ、次のコンサートではあがらないよう、なんか智恵を貸してもらお うか、おう」
大:「人に智恵を借りるのに、おう、って言い草があるか・・・そうだな、じゃ、あがらない おまじないでも教えてやるか」
熊:「おい、手のひらに人ってえ字を書いて飲む、なんて、古臭せえやつじゃねえだろな」
大:「おや、知ってたか。じゃ、別のにするか。じゃあ、『あがりません』って、おまじないは どうだ」
熊:「『あがりません』?なんだそりゃ、そのまんまじゃねえか。いい加減にしねえと、生涯、 家賃払わねえぞ」
大:「まあ、聞きな。あがる、ってのは、『頭に血が上がる』から来てる。つまり、
・どうなるか不安な気持ちでいっぱい
・細かいところまで気が届かなってしまう
・心が固まってしまって対応力がない
・その場になってもジタバタして往生際が悪い
・そういう場での経験が浅い
そんな精神状態のことだ」
熊:「ふん、そんなこたあ昨日経験済みだ。それをどうしたらいいか、聞いてんだろが」
大:「あわてなさんな、そこで唱えるのが、『あがりません』のまじないだ。まず、

『あ』・・・案ずるより産むが安し
(結果ばかりを心配しないで、おおらかな気持ちで演奏する)
『が』・・・画龍点睛(がりょうてんせい)
(最後に睛(ひとみ)を描き入れてたら龍が天に昇ったように、細かい部分に気を配り最後まで丁寧に演奏する)
『り』・・・臨機応変
(予期せぬことが起きてもそれに対応できるぐらいに、心にゆとりを持って演奏する)
『ま』・・・まな板の上の鯉
(一旦ステージに上がったらジタバタせず、気持ちを集中して演奏する)
『せん』・・・千里の道も一歩から
(小さな経験の積み重ねが、いつかは大きな財産になると思って演奏する)

つまりこれが、『あ・が・り・ま・せん』、のおまじない、ってんだ。どうだ」
熊:「ふーん、『あ・が・り・ま・せん』ってのか、じゃこのまじないを唱えたら、絶対にあが らねえんだな」
「おい、待ちなよ。こりゃあくまで、あがらない為のまじないだ」
熊:「ってえと?」
大:「当然、本番の前には何回も練習して、ちゃんと仕上げて、演奏に不安がない、そんな状 態にしておく、それが大前提だ」
熊:「なんだ、練習はやらなくっちゃいけねえのか」
大:「当たり前だ、わかったら、さっさと練習してこい」

熊:「おおい、大家さん、いるけえ〜」
大:「騒々しいやつだ。どうした、こないだ言ってた次のコンサートってのは、昨日だったんだろ。今度はあがらずにうまくやれたか」
熊:「ああ、あのおまじないは、効果てきめんだ」
大:「そうか、じゃあ、おまじないの通りの気持ちで演奏したんだな」
熊:「それが、そうじゃねえんで」
大:「というと?」
熊:「『あ』がなんで、『が』がなんだったか、考えてたら、あがるのを忘れちまった」