残 照
〜喰らう〜
わざと連絡なんてしなかった。
自分とは違う道を選んだアイツ。
時折地元に帰って来ているのは連絡が入って来ていたが、
塾を辞めた俺が顔を出す理由もなく、そのままにしていた。
ある日突然アイツ自身が俺の目の前に現れるまでは。
一日の仕事を終えて、重い体を半ば引きずるようにして自分の住処へと京一は戻ってきた。
アパートの駐車場のいつもの場所の自分の車を停めて、
図面の入ったケースと鞄をかろうじて掴み出すと部屋へ向かう。
その手前のスペースには見慣れない車が停まっていたのは気が付いていた。
一階の一番奥が京一の部屋で、その前の人影が京一の声をかけてくる。
「遅かったじゃねぇか。こんな時間まで峠じゃなくて仕事か」
長い間聞いていなかった声がいきなりして、
記憶よりいささか年を重ねた顔が自分の方を見ていた。
昔と変わらない表情と低く浸みてくるような声が一瞬だけ京一の体を竦ませた。
「それとも俺なんて忘れちまってたか」
「・・・・・トモ・・」
「こんなとこじゃつもる話しもできねぇからとりあえず部屋入れてくれ」
「話しなんて俺にはない」
「そういうなって、こんな時間まで待ってたんだからよ」
智幸の体をずらすようにしてドアを開ける京一の横顔ににやりと笑いかけ、
昔のままの強引な物言いで京一の部屋へと上がり込む。
仕方なさそうに智幸が入ったあとのドアを閉めると、
ほんの少しだけ躊躇をしてからドアのカギをかけた。
「昔の部屋とかわんねぇな」
「どこからここを聞いてきた」
「まだあそこにはお前を慕ってるやつもいるってことだろ。
まぁ、酒井に聞き出さしたけどな」
広くはない台所を抜けて奥の部屋に入り、荷物を机の上に放った。
一つ溜息をつくと智幸がいる台所のテーブルのところに戻った。
「今更、なんの話しだ」
「今更って別に俺はお前と縁を切ったつもりなんてねぇぜ。
俺がちょっと忙しくしてる間にいなくなったのはお前の方だろ」
「別に目的が出来ただけだ」
「まぁ、そういうことにしといてやるよ」
冷蔵庫からビールを取り出した京一に自分の分も要求する。
仕方なく缶のままのビールを差し出した手が掴まれて思い切り智幸の方に引き寄せられた。
バランスを崩されて智幸の方へ倒れかかる。
それを膝の上に抱き留めて京一の自由を奪う。
抗うべく力を入れようとしたとき、耳元で小さなつぶやきが聞こえた。
「お前を手放すつもりはさらさらねぇんだ」
「なに・・を・・・・・」
「お前がなんに夢中になろうと、誰を追っかけようが俺の知ったことじゃない。
ただ、俺はお前を最後のひとかけらまで喰う。お前は俺のもんだ」
初めて夜の峠で会った頃の全てを焼き尽くすような黒い炎を見たような気がした。
見る者を全て引き込むような、それでいて全てを拒絶するような揺らめくオーラ。
京一はその炎に曳かれるようにして同じ道を辿り始めたのだ。
何時しか追いついてやると、追い越してやると自分に誓って走り込んだあの頃。
いつしかその走りだけでなく智幸自身を見ていた。
そして智幸も京一を自分の隣から離すことはなかった。
しかし、智幸は京一になにも言わずプロへと一歩を踏み出し、京一も塾を離れた。
自分の求めるものを探して。
「・・・・・」
「信じてねぇ顔だな」
「なにを信じろっていうんだ。お前の戯言か」
「お前に対する俺の執着・・・」
未だ戒められたまま状態から動けずにいる京一を更に強い力で抱きしめて、
智幸はその首筋に歯を立てる。
ビクッとその身が竦んだ。
微かに痛みを感じて忘れていた火がその内側に灯る気がする。
ぐっと唇を噛み締めてその衝動を逃がす。
「忘れてねぇらしいな、体が」
「くっ・・・トモ・・」
「喰われろ、俺に」
その言葉にざわりと肌が粟立つ。
ぎりぎりの走りの様な感覚が背筋を駆け抜けていく。
もう一度智幸が薄く残る痛みの上に歯を立てた。
喰われている。
肩先から全てを食い尽くされていく。
京一の身に智幸の激情が浸みていくようで。
「離せ・・・」
「嫌だったら自分でどうにかしろ」
「・・・智幸」
微かな痛みが熱さに変わっていく。
じわりと広がるその熱に京一は小さく溜息をつくと
あきらめたように智幸の腕の中に堕ちた。
「喰われて、やる」
ぽつりと落とされたその言葉に智幸の腕から力が抜ける。
ふっと智幸が顔をあげた。
苦い表情を浮かべて京一の瞳を覗き込む。
影の落ちたそれに智幸の姿が映し出されていた。
「かわらねぇな。お前は走り以外のことは最後にはどうでもよくしちまう」
苦い笑みの形のまま智幸は京一の唇に自分のそれを押し付ける。
触れただけの温い感触。
躊躇うように噛めばやんわりと返された。
それに縋るように京一の唇を貪っていく。
京一は黙ってそれを受けた。
「・・・・・京一」
「らしくない。お前はいつももっと強引だったはずだ」
「くくっ。だな。ここじゃなんだ、もっと軟らかいもんの上にしようぜ」
自分の膝の上の京一をするりと立ち上がらせるとその腰を抱いて奥の部屋へといく。
フローリングに直置きされたマットレスの上に敷きっぱなしのシーツと、
わだかまる様に置かれた薄手の毛布。
その上に崩れ落ちるようにして転がった。
先を急くように京一の肌を求める智幸の手を少しだけ反らすようにしながら、
剥ぎ取られていくのに身をよじり、じれったそうに自分の服に手を掛ける智幸に手を貸す。
「ガキみたいに焦るな」
「ふん。焦ってねぇよ」
やっと触れた京一の熱さに智幸は丹念に愛撫の手を伸ばしていく。
その動きを京一は快楽として受け止め、耐えることなく甘い声をあげてやる。
ねっとりと施される智幸の手管に京一は全てを明け渡してその時間を楽しむ事にした。
「・・・トモ・・・・・ともゆき・・」
「そんな派手に啼くんじゃねぇよ。我慢がきかなくなんじゃねぇか」
長い間触れていなかった肌にはここしばらく誰にも触れられた痕がなく滑らかで、
そこにきつく紅い痕を刻んでいく。
きゅっと吸われるたびにくっと肌の下で京一の体がきしむ。
深く銜え込まれた智幸のモノはそのたびに京一の内に翻弄されイきつきそうになる。
それを無理にやり過ごして更に京一を追い上げていく。
何度も何度も交わり、やがて智幸は京一の背をぎっちりと抱きしめながらその意識を薄れさせていった。
つけっぱなしだった部屋の灯りの下で自分を散々に好きにした男の顔をゆっくりと眺める。
突然に現れて好きな事を言って、存分なことをして意識を飛ばして眠る男。
昔のままの振る舞いに自分を任せてしまったことに少しだけある後悔。
でも、どこか満ち足りた体はこんな事も有りかと思っていたりする。
「・・・またこの熱さを忘れた頃にやってくるんだろうな」
ぽつりと呟いた言葉は京一の耳にだけ浸みていった。
fin.
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