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囁く砂

 

アルベルトが組織の医療室で目覚めたのは、戦闘から2日後の事であった。
白く明るい部屋に、病室独特の薬品臭。
砕かれた肋骨は内臓を損傷させており、動くと鈍い痛みがはしる。
左腕を見ると半透明の管が通され、点滴が電子音と共に落ちていた。
視界に違和感があり、右手で右目に触れる。
そこは、包帯が幾重にも巻かれていた。

―――やはり、な・・・

もう片方の眼を閉じ、闇の中に視線を置くと、瞼の裏に浮かび上がるあの光景。
野獣のような表情の、強敵の攻撃。
右目に襲い掛かる、脳まで焼け付くような痛み。
赤く薄れゆく意識の端で、盟友の白いクフィーヤが・・・。

暫しの後、アルベルトが目覚めたとの報告で部屋の外が騒がしくなり、混世魔王・樊瑞がアルベルトの娘サニーを伴い現れた。
娘の安堵する声と、樊瑞の慰労の言葉。
其のどれにもアルベルトは応えず、残った赤い隻眼を薄く開き、盟友の名を口にした。
二人は其の名を聞いて身を凍らせ、沈痛な表情をした。

起き上がり、身支度を整えようとするのを樊瑞が押し留める。

行かなければ・・・
あれの、仇を・・・
死には死を・・・
それが、殺しの、掟・・・

再び意識を失ったアルベルトは樊瑞に抱きとめられ、病室のベッドに横たわった。

・・・その夜、アルベルトは乾いた砂が積もってゆく夢を見た。

 

 

* * * * *

数週間の後、アルベルトは死亡が確定した盟友の邸宅に買い手が数人付いている事を知った。
街から少し離れた、砂漠の中にある豪奢な宮殿。アルベルト自身、何度も宿泊したことのある馴染みの場所だ。
其れが遺産の相続人が居ない事を理由に、邸宅ごとオークションに賭けられると言う話であった。

右目に触れる。
其処には失った眼球の代わりにモノクルが嵌め込まれていた。
勿論、ただのモノクルではない。こめかみから右耳にかけて、グラスの一部と連結したメカが埋め込まれており、其れが視覚的映像を視神経に伝えるだけでなく、レーダー追尾装置、外部端末への接続等々・・・。BF団の科学技術が其処に詰め込まれている。
しかし、まだ慣れない所為か、時々砂嵐のような耳鳴りがする。
アルベルトは己の手の平を見、機械眼の視点を合わせた。
画像が揺れて定まりにくい。・・・が、動けないほどではない。
幸いに他の身体の損傷は、もう殆ど回復されている。

ネクタイを締め、ジャケットに手を通す。
アルベルトは誰にも告げず、外出をした。

 

 

* * * * *

数時間の後、飛行場から足を踏み出したアルベルトを乾いた空気が包み込んだ。
ダークスーツの上に、傾き始めた灼熱の太陽が容赦なく降り注ぐ。
何時もの光景。何時もの街。

―――何時もの・・・。だが・・・

ただひとつを除いては。

 

街を少しはずれると、あとは一面の砂漠。
あの夜から幾度も夢に出てきた景色が其処に広がっていた。
盟友が死んだと知ったところで涙も悔恨も無い。いや、実感が湧かないだけかもしれぬ。だからこそ、此処に来た。
世界の全てを確かめに。
あるいは、己の気持ちに区切りをつけるために。

 

主の居なくなった砂漠の宮殿は、赤い黄昏の中で寂莫と建っていた。
使用人は全て引き払ってしまっており、アルベルトの他に人の気配は無い。
堅固な石造りの広大な屋敷。元は滅亡した王国の後宮であったという。
其の地下には、更に古い時代の失われた街が存在する。

アルベルトは門を打ち壊して中に侵入した。
伽藍とした内部。
何も変わっていないのに、迎え入れる建物は酷く余所余所しく感じられ、アルベルトは眉を顰めた。

僅かな違和感を纏いながら、ドームに響く硬質な靴音が屋敷の奥へと向かってゆく。
清めの池と噴水のあるパティオを横目に回廊を渡り、深部に入る。
幾重にも絡まった蔦のレリーフが施されている大きなドアを開けると、白と黒の幾何学文様の床が広がる部屋があった。
蜜蜂の巣のような多角形の文様を描くドーム型の高い天井。
中庭から差し込む光のお陰で、内部は黄金に照らされている。
クリーム色の絨毯の敷かれた一角には重厚な机が設えられており、その側には西洋風の黒いソファがある。

アルベルトは部屋の中央に立った。
静謐で幻想的な部屋の下には、古代に滅びた街が眠っている。
ただ、この部屋の主の気配は、無い。

―――なのに・・・何の感慨も浮かんでこないのは何故だ?

果たして、あの男が存在していたのは現実の事か。それとも夢の中の出来事だったのか・・・。
まるで蜃気楼のようだ。辿り着けそうだった場所は、ほんの手前で消え失せてしまった。

耳の奥でまた砂の落ちる音がする。
積ってゆく砂に自分の意識が埋もれてゆきそうであった。

アルベルトは床に両手をついた。
陽炎が身体から立ち昇り、周囲の画像が揺らめいた。

「ぬおおおおおお!!」

空気を震わせる雄叫びと共に、ついた両手から衝撃波が幾つも発せられ、モザイクの床に亀裂が走る。
強烈な衝撃波は地下空洞を破壊し、其の上に建つ堅固な宮殿は忽ち崩れ始めた。
アルベルトは落ちてくる巨大なブロックをかわしながら更に衝撃波を放ち、細工の美しいアーチやラピスの嵌めこまれたモザイクの壁を破壊してゆく。

規則正しく積み重ねられた石が発する歪んだ悲鳴。
砂煙と轟音。

アルベルトは門の外に飛び出した。

眼を閉じれば昨日の事の様に浮かび上がる光景。

豪奢な回廊と、至る所に施された華麗なモザイク。
月光に照らされる銀盤の沐浴泉。
薔薇の花弁と香りで満たされた広い浴室。部屋に焚かれた伽羅香。
パティオから聞こえてくる噴水の音と、掠れ声に似た衣擦れの音。

金糸と銀糸に縁取られた繻子に覆われる甘美な、夜・・・

―――全て・・・

砂に還る。

崩れゆく砂漠の宮殿を背に、アルベルトは元来た方向へ歩き始めた。
風に煽られる乾いた砂の囁き声が、耳の奥で何時までも響いていた。

 

 

Fin・・・

male様から頂きました。
お題リクエストOK!との事だったので、
「囁き」とリクエストさせて頂きました。

すんごく、ぐっと来るんですが…!

衝撃の大きな喪失感が、
ひしひしと伝わってきて涙を誘います。

失ってこそ、人は幸せに気付く事ができるのですね。
もう、なんだか本当に、
読む度に胸がいっぱいになってしまいます。

小説って、本当に凄いなあ…。

素敵な作品をありがとうございました!
心の底からファンです!!<こんなトコに書いてどうする