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かあん、かあん。 遠くで鐘が鳴っている。 それは、弔いの鐘だった。
「…側に居てやらんのか?」 少し困ったような渋い顔をして、樊瑞は眼前に立つセルバンテスに切り出した。セルバンテスは平気な顔で、受け取った文書をブリーフケースに仕舞い込んでいる。 「この作戦を私に任せたのは、君じゃぁなかったのかい?」 悪戯っぽい微笑みと供に云われて、樊瑞は益々渋い顔をした。 「違う。お前が適任者だと指名したのは、孔明だ。 「いや、今からすぐに発つよ。これは私の仕事だ」 そう云って踵を返し、セルバンテスは軽い足取りでドアへと向かう。樊瑞は勢い良く立ち上がり、セルバンテスの背に焦れたような声を投げかけた。 「何故だ?…アルベルトは今、一番…」 辛いはずだ。 「…お前に、一番親しいお前に、居て欲しいのではないのか?!」 ドアに手を掛けたままの姿勢で、セルバンテスはくすりと笑う。 「いいや?彼は、それを望まんだろうよ」 「…?!」 意外そうな樊瑞にウインクを返して、セルバンテスは云った。 「哀しむ彼を前にして、力を使わずにいられる自信はないからなぁ。 あまりにもありそうな事なので、思わず樊瑞は唸った。 「そんなのは厭だから我慢するとして、でももしそのまま側に居たら。 寧ろ、付け込んで流してしまえる自信はあるが。 「いっその事、抱き締めて甘い言葉を囁きながら優しく背を撫でて、 「な、何を云って…!」 顔を赤らめて狼狽える樊瑞をしり目に、セルバンテスは続ける。 「そうすれば、きっと彼は自分を許すまい。 だから、側には居られない。 「私はね…扈三娘の事を気に入っていたよ。 故人の記憶を呼び起こされて、樊瑞は哀しげに微笑んだ。 「ああ、そうだったな----」 「こんなに早く、逝ってしまうとは思わなかった」 独り言のように、セルバンテスが呟く。 「全くだ」 樊瑞は溜息混じりに頷いた。 「…今は、憎いよ」 彼を哀しませる彼女が。 「こんな事なら、彼と出会う前に殺してしまえば良かった----」 ぎくりと、樊瑞は目を上げる。 ドアの陰の薄暗がり、ぞろりと白い闇が振り向いた。 口許が、にいと笑いの貌に引き攣れる。 「あぁ、アルベルトには、内緒にしておいて暮れ給え。 ぱたん。 返事を待たずにドアは閉じられ、禍々しい気配は霞んで消えた。
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