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「…サニー、サニー、サニーちゃぁん?」 豪奢なソファに凭れた白いクフィーヤの男は妙な節を付けて傍らの少女に声を掛ける…が、そんな男に目をやる事もなく---少女は花を活けていた。 「…まだ、怒っているのかい?」 その言葉にぴくりと肩を震わせて、ようやく少女は男に向き直る。 「いいえ。わたくし怒ってなどいませんわ、セルバンテスのおじさま」 「…そうかい?」 顎下で指を組んで肘掛けに肘をつき、その男には珍しく----本当に珍しい事だが----困ったような顔で少女に微笑み掛けた。 「確かに…アルがパーティーに参加出来なかったのは残念だったけどね。 ボンボン・ショコラのアソートボックスだっけ?いつものだけれど---- 「…わたくし、もうお菓子を戴いて喜んでいるような子供ではありませんわ」 つん、と少し拗ねたように視線を外した少女が子供っぽくて。 「解っているよ。 「ええ、それは」 勿論。 少し慌てたように向き直る。そんな少女に男はにこやかに笑い掛ける。 「…では、もう赦してやってお呉れ。 仕方なかったのだよ----- 「でも」 少女は、俯いて唇を噛む。 「あの日、父様はお休みだったのですわ。 急な問いに詰まった少女を見て、父親は珍しく、こう提案した。 ---急には決まらんか。ならば、明日見に行くか。 天にも昇る気持ちだった。 目を覚ますと、父親は出動した後だった。 「仕方が無い事なのは、解っているのですわ…でも」 でも。 やっと戻った父親は、全身に傷を負い大量の出血をし、輸血されながらストレッチャーの上----だった。 「…死んでしまうかと…思っ……」 ぼろぼろと、大粒の涙が少女の頬を伝う。 「…おいで」 男に促されるままに、少女は男の肩口に顔を押し付けた。 「…サニー、大丈夫だよ。 頑丈だからね。 「安心していい---そう、我がBF団の医療班は国警よりもずっと技術が上なんだ」 元より紅い目をもっと紅くして、少女はくすんと鼻を鳴らした。 「…本当ですか」 「勿論だとも!」 詐欺師の微笑みで男は少女の涙をそっと拭い取る。 「それにね、アルは本当に強いんだ」 今回はちょっぴり不覚をとったけれど------ 「それはそれは、強くて。見ていて嬉しくなる位なんだよ」 男は目を細めて実に楽しそうに、嬉しそうに笑う。 「いつか、君にも見せてあげたいな----アルの闘いはとても素晴しいからねぇ。 連れていってあげるよ。 くすりと、泣き顔のままで少女も微笑む。 「…狡いわ」 「うん?」 「だって、おじさまったら----」 本当に父様の事お好きなんですもの。 「あぁ、そうだねぇ。好きだねぇ--- それはBF団に、と云う事か---それともこの世に、と云う事なのか。 「だからね、サニー」 約束しよう。 「私が生きている限り、アルを死なせたりはしないよ」 男の思いも掛けぬ真剣な眼差しに、少女も知らず顔を引き締める。 「…本当ですか」 「誓おう」 そして、しめやかに契約は成されたのであった。
「サニー」 おじさま… 「契約は果たされたよ」 ええ。 「しかし、済まないな。 ええ。 「済まないな…」 いいえ、いいえ…!
そして、微笑みの気配を残して白い残像は、晴れた空に消えた。
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