台風一過で晴れた翌日は、真夏を思わせる暑さだった。
 朝練の時点で汗だくになり、シャツを着る前にタオルで汗を拭う。
「しっかし、あっちーなぁ!堪らんぜー」
「桃先輩、余計暑いんスけど」
「何だってー、越・前・君」
 汗みずくのTシャツのまま、がば、と後ろから抱き着かれて、思わず叫ぶ。
「ぎゃー!何するんスか先輩のバカ!」
「な・・・・バカはないだろー!このヤロ」
 頭を鷲掴みにされて撫で回され、髪がボサボサになってしまう。
「ああもう、大人気ないことはやめて下さい」
「ああ失敗した。お前の方が、体温高いんだもんなー。さすが」
 子供体温、と言いかける桃城を、リョーマはジロリと睨んだ。
 にやにやと笑っている桃城は、ふくれっつらのリョーマの鼻先を指でピンと弾く。
「むー。早く着替えないと、HR遅れますよ」
「判ってるって」
 鼻歌交じりに着替えている桃城に、リョーマは内心でやれやれとため息をついた。
 ここ数日、一緒には帰宅していない。あんな話をして、それから変にぎこちなくなっても困る
とは思っていたのだが、別にお互い変わった様子は見られないと思う。
「じゃあお先っス」
 バッグを肩に掛け、ドアの方へと歩き出す。一瞬、習慣で様子を窺い見た手塚と、視線がぶ
つかってドキリとする。
 視線が合うことなど、滅多にないのに。
 自分から先に逸らせて、そのまま部室を後にする。
 手塚の視線は、何故こうも痛いのだろう。そして、何故こんなにも自分の胸が苦しくなるのだ
ろう。
 ざわざわと木々の枝を揺する風に、見上げた瞳を射る木漏れ日は、夏の色を孕んでいた。



 放課後の野外清掃をしていたリョーマは、その窓辺に立つ人物に気付いた。
 そういえば、と思い返す。あの建物のあの部屋が、生徒会室だったと。
 その距離を隔てて、リョーマはしっかりとその視線を捉えていた。
「ねぇ堀尾、悪い。ホウキ片付けといて」
「あ、え?越前、どこ行くんだよ!」
 手に持っていたホウキをその場に投げ出し、リョーマは走り出していた。
 息を切らせて、部屋の前に立つ。一つ大きく息を取って、扉をノックした。
「越前か」
「・・・・はい」
 中からの声に、返事をしながらドアを開けた。
「他には誰も居ないから・・・・入れ。どうしたんだ、突然」
「部長が見てたから・・・・」
 小さく答えるのに、手塚は訝る表情を浮かべて首を傾げた。
 その表情が良く見えるまで近付き、見上げながら言う。
「俺、悔しいっス・・・・何で二年も遅く生まれたんだろう」
 唐突に言われて、一瞬驚いた顔を見せるが、手塚は少しだけ眉根を寄せて口を開いた。
「仕方がないだろう。だが、だからこそこうして同じ部にいられたのかも知れないぞ」
「そうだけど・・・・離れたくないのに。もっと、ずっと一緒に居たいよ・・・・」
 リョーマは一気にその距離を詰めて、手塚の方に自分の額を預けた。
「!?・・・・越前・・・・」
「テニスだけの話じゃないよ。判ってる?」
 そして、両腕を手塚の背に回して抱き締める。
「変かな・・・・でも、ホントの気持ちだから・・・・俺、アンタが好きだよ」
「越前・・・・」
 わずかに戸惑いを見せた手塚の腕が、ゆっくりとリョーマの肩を抱き止める。髪を梳くよう
に撫でた手に促がされて、リョーマは顔を上げた。
 近付いてくる顔の表情は既に見えない。震えそうになる息を飲み込んで、その唇を受け
止めていた。
 軽く音を立てて離れたそれに、背伸びをし腕を伸ばして更に求める。
 途端に、力強く口の中へと割り込んできた舌に、リョーマのそれも絡めとられ、吸い上げら
れる。身体が持ち上がりそうになるほどの腕の力に、息苦しさも覚えながら、激しく口腔内
を蹂躙する舌に溺れそうになる。
 強く吸われてちくりと痛み、かと思うと柔らかく絡み合う舌に、頭の芯が痺れるような快感
が走る。
「ん・・・・んんっ・・・・」
 気が遠くなりそうで、無意識に咽喉から声が洩れ出ていた。
 必死に手塚の首に回した腕で縋り付きながら、苦しさに喘ぐリョーマに、手塚はようやく唇
を解放し、その身体を優しく抱き締めた。
 そのままじっと動かない手塚に、リョーマはわずかに身動ぎをして様子を窺おうとする。
「全く・・・・お前には敵わないな・・・・」
 手塚の手の平が、ゆっくりと髪を撫でるのが心地好くて、リョーマはそのまま手塚の胸に頬
を当てた。
「だが・・・・今はこのままで、いてくれないか?済まないが・・・・」
「・・・・うん、判った・・・・」
 それ以上は何も言えずに、リョーマは身体を離す。手塚の手が、髪を離れ軽く肩に置かれ
て、促がすように押された。
「部活に遅れるぞ・・・・」
「ねぇ部長、一つだけ・・・・アンタは、どうなの」
 後ずさりしながら、手塚の目を見つめて問う。
「ああ・・・・好きだ」
 リョーマはようやく、晴ればれとした笑みを浮かべて、きびすを返した。
「じゃあまた後で!」
 お互いに好きならば、何も問題はないではないか。
 その時のリョーマには、そうとしか考えられなかったのだ。





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                            020721(021221UP)  波崎とんび
                            第1章はひとまずここで終わりです。
                                  続きはもう少し時間が掛かりそうです・・・
                                  オフラインの本に載せているのと、これは一緒です。
                                  本をお持ちの方は判ると思いますが・・・オンラインでは
                                  少々カットしていたりもします。でもそんなに大差は
                                  ありません・・・そんな訳で、第2章に続きます。





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