6月の村雨  
 テニス部の1年は、夏まで基礎練のみ。それはここ、青春学園テニス部の、昔からの
伝統らしいけど、今年はその伝統を打ち破って、4月からレギュラー入りを果たした人が
いる。
 名門だけあって1年生は20人近くいるけど、僕、加藤勝郎はその彼、越前リョーマくん
とは割と仲がいい方だと思っている。クラスは違うけど、僕と水野くんと堀尾くんの3人は、
部活の時いつも一緒に練習していて、ちょっと他の人とは違うリョーマくんが、一応友達と
いうか、仲間みたいに接してくれているのが僕ら3人なんだった。
 都大会での優勝を決めて、今度はいよいよ関東大会。それに出場するレギュラーを決
めるのが、6月の校内ランキング戦だった。
 1年の間でも、ランキング戦は楽しみなものの1つだった。何しろ、凄い先輩達の本気
のプレイがたくさん見られる。そして今回もきっと、リョーマくんは多分負けなしで、レギュ
ラー入りを果たしてくれるはずで。
 レギュラーになってから、練習中は全然リョーマくんは別メニューなので、ちょっと淋しい
気もするのだけど、一応練習の準備と後片付けは一緒にやってくれているので、それが
僕達には嬉しかったりもしている。何かと生意気な言動やマイペース振りで、下手をする
と嫌われそうな感じもするのに、意外と仲間思いだったり自分に素直な彼のこと、僕らも
含めて皆凄く気に入っていたりするのだった。
 その日も練習が終わって、人一倍ハードなメニューをこなしていたリョーマくんは、すぐ
に僕らに合流して片付けを始めていた。
「なぁなぁ、いよいよ明日、ランキング戦の組み合わせが発表になるんだよな」
 堀尾くんが、興味津々といった感じで、リョーマくんに話し掛ける。
「・・・・ああ」
「今のレギュラーが2人ずつ4ブロックに分かれるってことはさー、乾先輩の入ったトコロが
どうなるかで、レギュラー変わっちまうかも知れないんだよなぁ」
「・・・・そーだね」
 リョーマくんは全然関係ないって顔して、コート整地用のトンボを持って歩いて行く。相
手をしているだけ、まだいい方なんだけど、なんだかんだ言ってあの2人、クラスも同じだ
し上手く付き合ってるって感じなんだ。
「グループの割り振り考えてるのって、部長だよなぁ。きっと悩んでつけてるんだろうなぁ〜
・・・・」
「・・・・そうかな」
「越前は気になんないのかよー。もしそのグループに入ったらって・・・・あ、でも越前なら
今んとこ負けなしなんだし、大丈夫かぁ」
 そこでリョーマくんはピタリと立ち止まったんだ。
「いや・・・・やってみなきゃ分からないよ」
「ええ?でもリョーマくん、乾先輩には勝ってるじゃない」
 意外な言葉に、思わず僕も口を挟んでしまった。
「そうじゃなくて・・・・絶対勝つとは、言い切れないから」
 そしてまた、スタスタと歩き出した。でも顔は前に向けたまま、言ったんだ。
「でもまぁ、簡単に負けるつもりもないけどね」
「・・・・うん!そーだよね、頑張ってね、リョーマくん!」
 僕は嬉しくなってそう言った。
「それにしても明日の発表、楽しみだなぁ。ドキドキだぜー」
 自分は関係ないのに、堀尾くんはやっぱり興奮していた。


 次の日、部活開始前のミーティングで、まず部長から口頭でグループ分けの発表があっ
た。リーグ戦の表は部室にも貼り出されるから、僕らも後からゆっくり見ることが出来た。
 乾先輩の入ったブロックは・・・・何と、手塚部長と桃先輩のブロックだった。
 でもリョーマくんは、自分は激戦区に入らなかったのに、何だか不満そうだった。ていう
か、はっきり、何かに怒っているみたいだった。
 その日の練習が終わって、いつも通り片付けを済ませて、部室で着替える。大抵リョーマ
くんが一緒に帰ってる桃先輩が、いつも通りに誘ってたけど、リョーマくんは用事があると
言って断っていた。
 2・3年はほとんど帰っていて、部室に残っているのは部長・副部長と僕達くらいになる。
 さすがに先輩達に聞こえないように、堀尾くんが小声で言う。
「越前、このブロックならお前、レギュラー決まったも同然だな」
 そうしたら、リョーマくんは見ていたこっちが驚くくらい、はっきりと怒った顔で言い返してき
たんだ。
「そんなの、全然嬉しくない!」
「え、越前・・・・」
「リョーマくん・・・・」
 何だか彼の逆鱗に触れてしまったようで、僕達は他に掛ける言葉もなく、その場から動こ
うとしないリョーマくんを置いて、先に帰ることにした。
 でも気まずい雰囲気から逃げるように慌てて出てきたせいで、僕は着替えの時カバンか
ら出していた辞書を、ロッカーの中に忘れてきてしまったのだった。
 校門を出ようとした所で、明日までに英語の宿題を出さないといけないのを思い出し、僕
は仕方なく1人で部室に戻ることにした。
 部室のドアを開けようとした、その時。
「どうしてそうやって、俺から逃げんの!?」
 リョーマくんが、怒鳴っている声がした。初めて聞く、リョーマくんの激しい口調に、思わず
ドアから手を放してしまった。
「そんなに俺と試合すんの、嫌なの」
 さっきよりは少し和らいだけど、でも大きな声で。誰かと話してるみたいなんだけど、相手
の声は低くて聞き取れなかった。
 何だか少しやり取りをしていたみたいだけど、しばらくしてから。
「こんなんで俺、誤魔化されないからねっ!」
 また大きな声がして、足音も荒くドアの方へ向かってくる気配がした。僕は慌てて、一歩
二歩とあとずさる。
 ガチャ、とドアが開いて、少し紅潮した顔のリョーマくんが出てきた。僕がいるのに気付い
て、ギョッとしたように目を見張る。
「あ、えと・・・・忘れ物取りに来たんだ」
 何故だかつい言い訳してしまった。
「ふーん・・・・じゃあね」
 すぐ顔を俯けて歩き出そうとしたけど、僕ははっきりと見てしまった。見間違いじゃなく、リョ
ーマくんの目には涙が溜まっていて、今にもこぼれ落ちそうな感じだったんだ。
「あ、リョーマくん待って!良かったら一緒に帰らない?」
 何だか放って置けないような気がして、そう声を掛けてしまった。
 リョーマくんは少し足を止めると。
「・・・・校門まで、ゆっくり歩いてるから」
 そう言ってくれた。つまりはOKってことだよね。
「すぐに追い着くよ!」
 そして急いで部室に入って・・・・すっかり忘れてたんだけど、もちろん中には人がいたん
だった。それも・・・・手塚部長!
「お、お疲れさまです!」
 慌てて頭を下げて、ロッカーに走った。
「どうした、忘れ物か?」
「あ、はい!」
 部長は少しため息をついて、帰り支度を始めたようだった。
「もう鍵を閉めるぞ」
 しっかり手に辞書を持って、僕は急いで頭を下げた。
「もう帰ります、失礼しました!」
 緊張して少し手が震えてしまったけど、どうにか部室を出て走り出した。走りながら、よう
やく気が付いたんだ。
――――さっきリョーマくんが怒鳴ってた相手って、もしかしなくてもあの・・・・部長だった
の!?――――


 校門まで行く前に、リョーマくんに追い着くことが出来た。
「あの・・・・リョーマくん、ごめんね?」
「何が?」
「さっき、怒らせちゃったみたいだから・・・・」
「別に、加藤は悪くないでしょ。それに・・・・そんなの気にしてないから」
 もうリョーマくんはいつも通りの表情で、いつも通りの声で話していた。少し安心して、僕は
リョーマくんと一緒に歩き出した。
「あの・・・・もしかして、部長と何かあった?」
「え・・・・」
 もう涙の跡は見えなかったけど・・・・部長と喧嘩するなんて、さすがリョーマくんとも思った
んだけど、何だかそれが原因でずっと機嫌が悪いみたいだったから、つい訊いてしまったん
だ。
「何か、言い争ってたみたいだったから、気になって・・・・」
 関係ないだろ、とか突っぱねられるかとも思ったんだけど。
「・・・・どこまで聞いてたの」
「え?いや、あの・・・・その・・・・」
 上手く説明出来なくてうろたえていると、リョーマくんは大きく1つ、ため息をついた。
「あの人さぁ、ずるいんだよ・・・・俺が対戦したいってお願いしてるのに、それを承知であん
なグループ分け決めたんだよ?ね、酷いと思わない?」
「う、うん・・・・そっかぁ、リョーマくん、まだ部長と対戦したこと、ないもんねー」
 そう言ったら、リョーマくんはちょっと苦笑いのような顔を見せて俯いた。
「・・・・まだ、敵わないって、判ってるけどさ・・・・」
 小さな声で、でも何だか嬉しそうな声で言うから、僕は不思議な感じがしてリョーマくんの
横顔を見つめてしまう。
「そ、そんなことないよ!だってリョーマくんは、本当に強いもん!」
 何だか落ち込んでいるように見えて、僕はいつもの調子でそう力説した。
 するとリョーマくんはちょっと笑って、言ってくれた。
「・・・・サンキュ」
 通学路の分かれ道で、じゃあまた明日、と手を振って。
 ふと、リョーマくんがこの2ヶ月で、ずい分大人びたように感じた。
 レギュラーだから、というのとは、何だか違うような気がする。
 さっきまでは何か一杯いっぱいで分からなかったんだけど、あの部室でのやり取りは(リョ
ーマくんの声しか聞こえなかったけど)ただ事じゃないというか、単なる先輩後輩の会話じゃ
なかったような気がして・・・・そして、ドアを開けて出てきた時のリョーマくんの顔を思い出し
て、ドギマギしてしまった。
 うーん、これ以上考えないようにしよう。さわらぬ神に崇り無し、っていうか、ちょっと恐い
考えになってしまいそうだったから。
 他の人には誰にも話していない、6月のちょっとした事件だった。
今日いきなり思いついて書き上げました。
ていうかランキング戦の頃はまだWJ買ってな
かったので、詳しいことが分かりません(−−;
だから間違ってる所あるかも・・・単行本で確認
したら、直しますけど(^^;
こんなの勢いないと書けませんね・・・
私にはすっごく珍しい一人称。しかもカチロー。
これでも塚リョのつもりなんですが・・・許して
もらえますか?当事者バージョンは、書くか
どうか分かりませんが・・・リクエストあれば(^^;
2002.03.06.   波崎とんび