Divertimento T   
「何で青学って、中学と高校の校舎別なんスかね」
 一貫校ならせめて同じ敷地内にあっても、よさそうなものなのに。
「生徒数が多いからな。キャパシティが足りないだろう」
 真面目な答えを期待して言ったわけでもないのに、2つ年上の恋人はそう答える。
 昼休みに図書室へ調べ物に来ていた手塚の向かいに、図書委員でカウンターの係
についていた越前リョーマが座って、声を掛けてきたのだった。
 恋人、というのは語弊があるかも知れない。
 自分達の関係を言葉で表すなら、同じテニス部の元部長と1年。そして共にレギュラー
として活躍をしていた仲間。共通点は、二人共左利きであるという点くらいだろうか。
 それでもお互いに、ただの先輩後輩だとは思っていない。出会ってから9ヶ月余りを過
ぎて、相手の才能への憧れや尊敬を超えて、恋愛と言える感情を抱いているということ
は、それぞれが認めている所であった。
「もう高校の方の部に顔出してるって聞いたんスけど」
「ああ・・・・うちは中学の先輩方が殆ど残っているしな」
「そうなんだ・・・・」
 リョーマはそのまま席を立って、カウンターに戻っていく。手塚は少し目で追ったが、先
に調べ物を終わらせるべく、手元に視線を戻した。
 2学期までで3年生は部活動を引退し、3学期は高校進学への準備期間とされている。
青学は中高一貫校なので、外部からの受験生と同じ試験を受けるわけではないが、学
年末考査はそのまま高1からの進度別クラスに振り分ける基準となるので、成績の良し
悪しに拘わらず、世間並みに受験勉強をするような気分なのである。
 もちろん、余程悪い成績でなければ、殆ど全員が進学し、一部問題のある生徒も、追試
や補習を受けて無事進学していた。
 そして手塚のように成績の良い生徒にとっては、その先の大学受験に向けて、少しでも
環境の良い、つまりグレードの高いクラスに入るべく、しのぎをけずり合っている時期なの
であった。手塚の場合高校の先の進路など、まだ考えているわけではなかったが、勉強
の出来る生徒には教師から寄せられる期待も大きく、勉強は必要ではないかも知れない
が出来るのでやっている、というような状態であった。
 気分が顔に出やすいリョーマが、怒るか拗ねるかしているのは気が付いていた。それが
何に対してのものなのか、手塚にはまだ判らなかった。
 昼休みも残り10分を切り、手塚はノートを片付け、本を書棚に戻した。
 リョーマは返却された本を抱えて、元の場所に戻す作業にかかっていた。
 他の生徒達が次々とそれぞれの教室へ帰り始める中、書庫の奥へ姿を消したリョーマの
後を、手塚は追った。
 数冊の本を手際良く収めながら、きびきびと動き回る姿からは、やはり何か苛立ちのよう
なものが感じられた。
 最後の1冊は上の方の棚に戻したいらしい。手近に踏み台がないか見回して、それが手
塚の後ろにあると見ると、その存在を無視するかのように、背伸びをしながら無理やり本を
押し込もうとする。
 途中まで入ったものの、それ以上動かせなくなってしまった様子に、見かねて手塚は歩
み寄り、本をきちんと棚の中に収めた。
 腕の下から擦り抜けようとする身体を、腕を掴んで引き戻す。
「越前・・・・何を怒っている?」
「・・・・別に。怒ってないっス」
 しかし見上げてきた目は、明らかに手塚を責める光を帯びていて。
「でも・・・・たまにはうちの部の方にも、顔出してくれたっていいんじゃないスか?」
 乾先輩とかは良く来るのに。ソッポを向いて、そうつぶやく。
「そりゃ高校の先輩達に比べたら、来たって面白くないのかも知れないけど」
 言いたい事は言ったとばかりに、身をひるがえした越前の肩をつかまえて、腕の中に閉
じ込めるようにして引き止めた。
「今の部はもう、桃城の下でまとまっているだろう。俺が顔を出しても、いいことはない」
 言いながら、本音を隠している自分に気が付いた。自分が見たくないだけなのだ。桃城
や、他の仲間達と、リョーマが作り上げていくチームを。
 リョーマは胸の前に回された腕に、顎を乗せるようにして下を向いている。
 入学したばかりの頃より、少しは背も伸びてきたとはいえ、まだこれからという伸び方で、
手塚はそのつむじを見下ろしながら、逃げ出されないように腕に力を込める。
「桃先輩は関係ないよ。部長・・・・手塚先輩とやりたいと思ってるの、オレだけ?」
 リョーマは呼び方をすぐには変えられなくて、今でもつい部長と呼んでしまう。
「アンタは俺と打ち合いたいって、思ってくれないの」
 同じ部にいた時でさえ、直接打ち合ったりしたことは数える程しかない。試合となると、片
手の指で足りる位しかしていないのに。
 授業開始5分前の予鈴が鳴る。もう図書室の中に、他の生徒は残っていなかった。
「ホラ、教室帰んないと・・・・先輩」
 身動ぎをしたリョーマの肩を掴んで、体の向きを変えさせる。そのまま身体が持ち上がり
そうになるくらい、力強く抱き締める。
 リョーマのテニスは、自分の独占していいものではない。いつか自分も追い越していくの
かも知れない彼と、本当は誰よりも一緒に向かい合いたかった。
 しかし自分の立場ではそれを望んではいけないと、諦めなければならないと、そう思い込
んでいて。
「誰よりお前とやりたいと思っている・・・・越前」
 少し身体を離して見上げてくる瞳は、気持ちまで見極めようと真剣で、手塚は自分の思い
過ごしを悟って詫びた。
「すまない・・・・俺が我が儘を言ってはいけないと思っていた」
「何だ・・・・気にしなくていいのに。手塚だって、俺にだけはワガママ言ってもいいんだよ」
 そう言って笑うリョーマを、もう一度抱き締める。今度はリョーマも背伸びをするように、手
塚の背に腕を回して応えてきた。
「休みの日には・・・・迎えに行く」
 二人が初めて試合をした、あのコートを借りて。
「うん、待ってる」
 リョーマの艶やかな髪を指で梳き、手塚はその額に軽く口付ける。顔を上げたリョーマは、
そこじゃなくて、と背伸びをした。
 柔らかい唇を二度三度、角度を変えて味わいながら、やはりこの年下の恋人にだけは敵
わない、と思う。自分は口付けをするのにさえ、躊躇いを感じているというのに。
 まだ子供のあどけなさを残した、透きとおる肌に、薄く綺麗な紅色の唇。はたして自分がそ
の花を手折っても良いのかと、止まる手を引くのはリョーマの方だった。
 そのリョーマは、手塚の腕の中で、二人で出かけるのもいいし、たまには自分の家のコート
でやるのもいいな、等と考えながら、楽しみに胸を躍らせていた。
 ひとしきりの抱擁の後、手塚ははたと気付いて腕時計を見る。
「越前、授業に遅れるぞ」
「じゃあ、また後で」
 ひらりと身をひるがえして、リョーマは先に駆け出した。
 手塚はその場で一度眼鏡を外し、片手で目元を覆いながら、一つ大きく息を吐き出す。
 軽い口付けだけでも自分がこんなに翻弄され、抑えがたい衝動と闘っていることに、リョー
マは気が付いていないだろう。
 鳴り始めた本鈴に眼鏡を掛け直して、手塚は書棚の間を抜け、荷物を持って教室へと歩き
出した。





                              Tonbi Hasaki      02.01.25.UP 
初書き塚リョ。まだまだ不慣れという感じですが・・・
1月というのに初々しい2人です。中学生だしね。