「部長! なんだか今日は花火大会らしいので18:30にオレ宅集合ね!!」
「は?!」
 部活帰りの道端、唐突にそんなことを言われてオレは思わず前につんのめりそうになった。
「今日……18時?!」
「違う。18:30」
「今何時だと思ってるんだ……!!」
「18:20ちょい過ぎ」
 越前は太陽の角度を拳で測りながらそう断言した。
 その行動にいささかの不安を感じながら、バッグから腕時計を取り出す。
 ――18:23。
「……本気か?」
「部長、走らないと間に合わないよ」
「いや、まだ行くとは言ってな――」
「あー! ほらもう1分過ぎた!!」
「えちぜ」
「じゃ、待ってるから!!」
 ちょうど彼の家の前。越前は笑顔で門を開けて手を振り、優雅に姿を消していった。
「……はあい」
 なんかもう物凄く決定事項のようだったので、仕方なく素直に返事をする。
 物凄い形相で走った。



「オッソイ! 10分遅刻!!」
「お……」
 前かなり無理な注文をしておいてそれはないんじゃないか、と言おうとしたが、肩で息をしているこの現状を鑑みてもそれはかなり無理難題だった。腰を曲げて膝に手をつっかえ、ぜーはーと息を整えている頭上から越前の辛辣な言葉が振ってくる。
 彼が近づいてくるのにカラコロという可愛い音が伴っていることにやっと気づき、オレは不審に思って顔を上げた。
「え……ちぜ?」
「うわっ!!」
 素っ頓狂な顔をして明らかに好意的ではない声を上げる越前の心情はさて置き、思わず越前を上から下まで眺めてしまう。
 淡いモスグリーンの浴衣。
 濃い紺色の帯。
 白い鼻緒の下駄。
 手には小さなトロのうちわ。
「和装……」
 そうなのだ。彼は見事にお祭ルックで登場したわけである。
「ど、どうしたんだ? その……、浴衣」
 いつもと違う君に会えるってのはデートの醍醐味のひとつなのだが……、コレはちょっと破格だ。
「あ?」
 そんな可愛いルックスとは裏腹に、越前は不機嫌そうな声を上げる。
「あー、これね、菜々子さんが着てけって着せてくれた。変?」
「いや、変ではない」
 変なわけあるか!! ばか!! 可愛い!! むしろ萌え……!!!
「てかね、変なのは部長!!」
「――えっ?」
「どーゆーつもりでそんな変な格好してんの?! オレへの遠まわしな嫌がらせ?!」
 意気込んでビシィと指差される。オレはそれに従って自分の服装を見下ろしてみた。
 赤系のアロハシャツ。
 からし色のパンツ。
 いつものスポーツシューズ。
「何か……悪いか?」
「ああもう信じらんない!! 部長色彩感覚ゼロ!! 一応一緒に歩くんだからさあ、もっと外見気にしてよね!!」
 嫌悪感丸出しで眉を寄せてそう当り散らしてくる。おつりとして背中に強烈なパンチまでもいただいてしまった。
「そんなの、だって、お前が急かすから……」
「派手なシャツってシュミなの?! ヘンタイ!!」
 ……うるさいな。
 唐突にポポーンと告知の花火の音が響く。
「あーほら! もう! 遅刻したら部長のせいだからね!!」
 そう断言して、越前はひとり足早に歩き出した。
 てか、オレ……?



 河のほうへ行くにつれてだんだん人が増えてくる。さすがに河原にまで行く気はないのか、越前はちょいと曲がって公園に入っていった。急に曲がられたので運悪く越前とぶつかってしまう。
「邪魔! 部長!!」
「……こ」
 うえんで見るなんてお前一言も言ってなかったじゃないか!!
 そう叫ぶ前には越前、公園の端にいくつか並んでいた出店に走り去った後だった。
 小さく溜息をついてその小さな背中を追う。
「リンゴ飴!!」
「……買うのか?」
 ひょいとその屋台を覗いてみて、越前の耳元で囁く。彼はコクンと頷いて、並んでいるリンゴ飴のどれを取ろうか迷っている風だった。
「買うのはいいが、服につけたりす」
「お嬢ちゃんいらっしゃい! 安くするよ!!」
 ――出店のおっちゃんにセリフを遮られた。
「安くしてくれるの?」
「おっちゃん景気いいからね!!」
「本当にそうだよね。もっと考えて商売した方がいいと思うよ」
「ぐっ……、言うね」
「あっ! あっちから揚げ!! から揚げ食べる!!」
「おいおい、そこまで言っておきながらこっち買ってくれないんかい?」
「うん、リンゴは買う」
「300円だよ。どれでも好きなものドウゾ」
「じゃあコレ」
「毎度!!」
「じゃ、部長、オレあっち行く」
「へっ……?」
 セリフを遮られたことを期にすっかり傍観者になっていたので、突如会話を振られたオレは自分でもかなり間抜けだと思うような声を上げてしまった。
「から揚げ! あ! ちょこばなな!!」
「えっ、ちょ、えちぜ――」
「300円」
 走り去った越前のはためく浴衣の裾なんかを眺めていたら、出店のおっちゃんに冷静な声をかけられた。
 頑張って財布を取り出した。



「お嬢ちゃん、から揚げは好きなだけカップに入れていいからね!」
「色はピンクでいいかい? お嬢ちゃん」
 他に客が見あたらないのもあってか、300円払い終えて越前のところまでとぼとぼ歩いていくと、彼はから揚げとちょこばななの間に仁王立ちして片手を腰に当てていた。
 ちなみにうちわは帯刺し、リンゴ飴を反対の手に持って。
「あ、部長」
「……お前、オレに金を払わせるな……」
「へ? なんで?」
「なんでって……」
「安くしとくよお嬢ちゃん!!」
「ほら、呼んでるよ部長」
「オ」
「から揚げいっぱい詰めるね! ばななはもちろんイチゴ味!!」
 レか?! オイオイ、お嬢ちゃんってオレかよ!!!
 そんなツッコミも儚く、越前の満々なセリフによって遮られた。



「ありゃ。全部持てないや。から揚げクンは部長持ってきて。噴水とこで待ってるからね」
「おい!」
「200円ね」
「あ、こっちは300円」
 またオレが払うのか?! てか屋台のおっちゃんもなんか言ったらどうだ! オレだけツッコミは正直きついんだぞ!!
 カラコロと駆け出して行ってしまった越前を眺め、ちょっと泣きそうになった。



 から揚げの詰まった(楊枝が1本だ。嫌がらせなのか……)カップを持って噴水まで歩いていくと、越前は噴水の縁によいしょっと乗っかって立ち上がったところだった。
「あぶ」
 ドン!!
 ないぞ越前、と忠告する前に、夜空に綺麗な花火が上がる。その唐突な音にビックリしつつもひどく徒労を覚えながら越前の横に腰掛けると、彼は「わー」と間延びした声を上げながらちょこばななを頬張った。
 パラパラとチョコレートが降り注いでくる。
「えち」
「ばなな美味しいー」
 ……いいからこっちの話も聞いてくれ。
「うーん、ちょっと木の陰が邪魔かなあ。部長、肩車してよ、肩車。おとーさーん!!」
 ……もう、だいぶ、アレだぞ。
「聞いてんの部長? ――あ!」
 ぼとっとばななが落ちてくる。脳天でワンバウンドして、そのピンク色は地面に情けなく落っこちた。
「ああああ!! 部長のバカ!! サイアク!! てかリンゴ飴服につくし!! サイアク!! もう!! なんでなんとかしてくんないの部長!! へたれ!! だからばんびちゃんとか言われるんだよ!! 喉乾いたし! 部長ファンタ買ってきてよ!! あ、花火!! 早く肩車!! のろま!! ウスラトンカチ!!!」



 ……うるさい!!



「いい加減にしたらどうだ越前!! オレはお前の下僕でもなんでもないんだぞ?! いちいちいちいちごちゃごちゃごちゃごちゃうるさい!! 一体オレのことなんだと思ってるんだ!! ええ?! 対話ってものができないのか!! 全くいらいらするな!! お前の迷惑な注文でこっちは大迷惑してるんだってこと分かってるのか?! 分かってやってるんだろう!! ふざけるなちょっと黙ってろ!!!」



 そこまで一気に捲くし立て、オレははっと我に返った。
 い、言い過ぎたか……?
 不安になってチラッと越前を見上げると、彼は驚いたようにこちらを見下ろしている。
 いや、でも、たまにはこれくらい言っておかないと……、オレの男としての威厳が……。
「……分かった」
 数瞬経って、越前は搾り出すような声で呟いた。
 ちょうど花火が上がって辺りが明るくなる。
 彼は、何かに耐えるようにキッと口を一文字にしていた。
「もう何も言わない……、部長のバカッ!!」
 越前はそう叫んで、縁の上を走り出そうとする。
「危ない! 越前!」
 花火の音が止み、暗くなった周囲に気を配りながら彼を止めようとひょいと縁に上がる。腕を伸ばして浴衣を掠め、もう一度抱きしめようと両手を伸ばし――
 爆裂音がした。
 強烈に驚いて足を滑らせる。
 カランッと越前が無事地面に着地する音が聞こえた。
 ところでオレはというと。
 お約束どおり、割と綺麗に水面へダイブしたのだった。



 やたら派手な水音がしたのは、自分が当事者だったからだろう。
 卓越した諸行無常とは、と意味のないことをぼんやり考えながら体を起こし、夜空を見上げれば鮮やかな2尺玉。
 あーあ……、綺麗だなあー……。
「部長」
 声のする方向を見やると、縁からひょこっと顔を出して越前。明らかに不機嫌な眼差しで、こちらを見据えている。
 オレは急に弱気になって、情けなく目線を逸らした。
「……すまない。言い過ぎた」
「部長」
「……だから、その……」
「――ぶは!! あっははは!! もー駄目!! ホントお約束なひと! 部長のバーカ!!」
「えっ」
 ころっと打って変わって大爆笑しだす越前に驚いてきょとんとすると、彼は「しょうがないひとだね」と肩を竦めてリンゴ飴を無理に頬張り、両手をこちらに差し出してくれた。オレは誘われるままその手を取り、ぐいっと引っ張られて立たされる。滴る水音に何やら悲しいものを感じたが、とりあえずむせ返りそうになっている越前の口からリンゴ飴を抜いてやると、彼は構わず再び笑い出した。
「越前……」
「んん、んんん、え、なに」
「……笑いすぎだ」
 まあ、でも。
 越前が笑っているなら、それはそれで、いいか……。
 なんちゃって……、ああほら、駄目だ。全然駄目。
「だって部長サイコウ!! 大好き!!」
「……分かってるよ」
 リンゴ飴に歯を立てて、そんな越前からそっぽ向いた。
 駄目になってしまったから揚げのお咎めがないことにささやかな奇跡を感じながら。



「あのさ、オレが我侭言うの、部長にだけだから。ちょっとくらいは許してよね」
「ちょ」
「ただいまー!!」
 っとなのか?! アレ、ちょっとなのか?!
 ……という重要な疑問もかなり無視されつつ。
「おか――あっ! リョーマさん浴衣!」
「ただいま彩菜さん! 菜々子さんに着せてもらった」
「よく似合ってる。おかえりなさい」
「どういたしまして。ところでさっきの部長ったらね――」
 そんな具合に先刻の出来事を颯爽と母さんに話し出す越前の嬉しそうな後姿を見やって。


 威厳なんてくれてやる。
 分かってるよ。
 オレがお前を好きなのは。


 とか思っちゃう夏の夜だった。







少年ジュース」山崎さまより頂きましたvv 暑中見舞いのお話です♪

ああ・・・!リョマさん浴衣!!見たいよー(><)
部長の私服が色彩感覚おかしいのが好きです。(はい?)
本当にもう・・・リョーマさんが可愛すぎて犯罪です。

暑中見舞い、ありがとうございました♪


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君はうるさい