良く在る、朝の解決方法 |
深と其処は静まっていた 長く続く廊下、其処は学校の廊下だ よく、リョーマが三年一組の教室に行く時に小走りに駆けて行く其の長い廊下 しかし、其れを把握するのに、リョーマは其処に10分程佇んだ 普段は壁よりは一段落された色で認識していた というか、認識するしないではなく確実に其の廊下は灰色をしていて、何故全て一緒の色じゃないのだろうと普段から思っていた 其れなのに、常にそう思っていたのに壁の白い色と同じ色をした廊下が目に入っている リョーマの疑問は其処で、持つ意味すらなかった事になってしまう 只白い一面は、平衡感覚すら失いそうな其の非現実的な場面で、まるで白色のペンキを誰かが掃いていった様だ 当然、驚いたリョーマは其の先に在る三年一組に駆けていった 足が滑る事に、やはりペンキなんだと思う しかし、其れをペンキの色だと理解しても滑った足が止まる筈も無く、転んでしまう ガクンと崩れた足を辛うじて其の左手で押さえて、顔面衝突を免れる 然して、気付いた 視線の先には、三年生の上履き 目を上に上げていけば、其の、目指していた男が目に入って、リョーマは口を開いた 「部長、これ何?」 しかし、目の前の只立ち尽くす男は答えない、只リョーマの向こうを眺めている 手に、白く塗られたペンキが乾いていく 其れにリョーマは驚いて、又目を上げた 「部長、手が…」 けれども、彼は答えない まるで聴こえていない様な素振りに、リョーマはムッとして、其のペンキの付いた手で其の男の服の裾を引っ張った 「聞いてるの?」 其のリョーマの行動と言葉に、漸く男が視線を下に落した 緩く眼鏡の縁が光って、酷く褪めて見える目でリョーマを認識し、然して面倒そうに目を瞑る リョーマは、其の目が開くのを待ったのだけれど、開くのを見る事は出来なかった 其の前に、目が、醒めてしまったから 其の日、朝、手塚が登校の準備を済ませて階下に降りていくと、其処には何故かリョーマが居た 然して何故か朝食を食べている 其れに、手塚は溜め息を吐きたくなった しかし、吐いたって其の事実が吐かれた息に因って飛んでいくかと云ったら、飛んでいきやしないのである だから其れを堪えて、手塚は普段通りの朝の挨拶をした 「おはようございます」 「おはよう、国光、リョーマ君来てるわよ」 そうのんびりと朝の挨拶を返して、彩菜はリョーマの方を軽く指し示す 「そうですか、おはよう、リョーマ」 一番最初に目に入ったのだから、来ているの位云われなくても分かっている しかし、其れで済ませては親子のコミュニケーションは正常には働かない そう頷いて、手塚はリョーマの方を見ると、何故か不機嫌な顔をしている 「オハヨウゴザイマス」 其の不機嫌を全面に表した顔の侭、片言で挨拶の言葉を紡ぐリョーマに、手塚は訝し気な顔をした 其処に、彩菜が思い出した様に口を挟む 「そうそう、朝食なんだけど国光の分、リョーマ君が食べてるから」 「そうですか」 自分の座っている席で朝食を食べているのだけを見て、そう判断するのは難しいが、其の食事しかテーブルには無いので常識的に考えればそうだろう 昨日家に寄りすらしなかったリョーマが朝一番に朝食を食べに来るなんて、想像するのは難しい事だ 「今日はどうした?」 取り敢えず母親と交渉して、新たに朝食を作ってもらう事になった手塚が、そう云って隣に座るのを眺めて、リョーマがムッとした様に口を開いた 「シラジラシイですよ!」 「…何が?」 唐突にそんな風に云われてしまっても、手塚としては困惑するばかりだ しかし、リョーマは一度口火を切ってしまってはもう怒りは止まらないらしく、ご飯茶碗と箸を持ったまま叫んだ 「昨日は俺の事無視してた癖に!」 手塚は、其れに更に混乱する 無視していた覚えはないし、そんな事をする筈もない しかし、何かしていて気付かなかったのだろうかと、一応手塚は確認を取ってみようと口を開いた 「…?何時?」 其れに、又白々しいと思ったのか、リョーマは語気が荒いまま答えた 「夜!」 「夜って、…部活の帰りの時か?」 夜、では無い様な気がする 手塚がリョーマを家迄送っていって、然して帰った時も午後6時位で、リョーマと居た時なら夕方では無いだろうか しかし、言葉の差違を争っても仕方ないと、手塚はそう訊ねた 答えは返って来なかったけれど 何故なら、怒りの主張に一生懸命だったリョーマは、咽が乾いたのか詰まったのか、牛乳を飲んでいたので 「しかも、俺が困ってたのに助けてくれなかったし…」 コップを元に戻すと、ぶつぶつと文句を云いながら、リョーマは意外にきちんとした箸の持ち方で、しかし零しながら、もぐもぐと朝食を食べ続けている 「食べながら喋るな」 「なら喋らせないで下さい!」 「…」 ハア、と手塚はとうとう溜め息を吐いた 此の事態は飛んでいかないかも知れないが、段々疲れて話の続行を放棄したくなる此の気持ちは一応少しは飛んでいってくれるから 「よく分からんが、俺がお前を無視する筈も、助けない筈も無いだろう」 よく分からない癖に大した自信である が、意外に手塚の本音かも知れない其れに、リョーマは漸く普通に話す気になった様だ 「…でも昨日夜に、俺転んでペンキが付いて大変だったんです…無視されたし」 「ペンキ?」 更に謎を呼ぶ単語が出てきて、其れでも云いたい事は分かった 何時かは分からないが、転んでペンキが付いた時に手塚が無視して助けなかったと云うのが怒りの原因なのだろう しかし、本当に覚えは無く、見えない所で転んでいたのだろうかと考えて、でもそうだとしたら確実に後で分かるはずだと思い直す 本人からにしろ、周りからにしろ、リョーマの行動に関する情報は無闇矢鱈に手塚に報告されるのだ 何故かは、よく分からないが しかし、そんな勝手な思考を始めた手塚を気にせずに、リョーマは頷いた 「うん、起きたら付いてなかったから、寝てる間に取れたかも」 「寝る前にペンキを付けたのか?」 其れじゃ分かるはずがない、と、そう思ったものの、どうやら勝手に続きを話して一人で怒っている事で、リョーマの怒りは確実に発散されている このまま暫く流して聞いておくか 手塚がそう思った時に、リョーマは手塚の問に明確な答えを漸く返した 「ううん、寝てる時」 「…寝てる時?…にどうやって転ぶんだ?」 段々分かりかけてきた其れに、其れでも手塚は根気良く訊ね返した 「夢で」 「…夢でか」 朝から疲れる会話だな、と、もう既に手塚の意識は何処か他人事の様になっていて 其れでも疲れているのが彼だと証明する様に、自然と脱力して、深く溜め息 「そう、なんで無視したの?」 そんな、リョーマが勝手に見ている夢の責任迄は取れない 取れないのだけれど 「はい、出来たわよ」 コトリと、そんな丸聴こえな会話を気にする様子すらなく、彩菜は手塚の朝食を目の前に装って出した 「部長、そのオムレツちょっと大きくないですか?」 一瞬途切れた会話にリョーマの疑問が逸れたのを見た手塚は、自分の皿から其のリョーマの興味と食欲を惹いたらしいオムレツを半分に切りながら、こう云った 「何でかはよく思い出せないんだがな、すまなかった」 「…ええ?」 未だ不満そうなリョーマの空になっていた皿に、其のオムレツの半分が乗る 「お詫びに此のオムレツを半分遣ろう、悪かったな」 「…もう、今度だけだからね」 本当に、そんな夢を見るのは今回だけにして欲しいものだと思いながら、手塚は棒読みになりそうな口調で、其れでも頷く 「ああ、ありがとう」 「早く食べなさいね」 其れの一連、聞き流していた彩菜は、やはり先程と変わらない笑顔で、さっきからどうしようもない話に興じていた二人をそう促した End |
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アトガキ 今回、五万打感謝企画「配布と質問企画」に参加して下さった方、本当に有難うございました! テニス/塚リョで「良く在る、朝の解決方法」をお届けします 少しでも楽しんでいただければ幸いです 別に、こんな事が幾ら何でも良く在る訳ではなく、解決方法が良く在る事なのであります …悪くない事をあっさり謝る姿勢はどうなんでしょうとか思ったのですが、手塚ならでは、等と根拠のない自信を抱いたのも事実 円滑な人間関係を形成するにはたまにはそんな事も必要です<嘘吐 SAKURAドロップスを聴いていて、実は冒頭の雰囲気のパラレル話を書くつもりだったのですが 長くなりそうなので止めました<微妙な理由 20020602/Kazui.Kotoh ダウンロード、転載可、ということで、頂いて参りました♪ こちらのリョーマさんがとっても好きです。 |