「何と一週間以内に、恋人ができるみたいっすよ、手塚部長?」
 部活後の部室で1年ルーキー越前リョーマのなんとも無感動な託宣を与えられ、手塚は思わ
ず着替える手を止めて眉間にしわを寄せた。
 
 
 
 占星術的的中率
 
 
 
 事の起こりは部活後のリョーマが乾のノートパソコンを借りて何やら作業をし始めた事だった。
「乾先輩、ちょっと試したいソフトあるんでパソコンかしてください。ついでにモニターになってく
れません?」
「…何のソフトを使うつもりだい?」
 リョーマが1枚のCD−ROMが入ったケースを手に珍しく寄ってきたかと思いきや珍しい発言
をしたので少々驚きながら乾が問う。すると、
「astrology…日本語で何て言ったっけ?セン…?」
「占星術の事だね?星占い、黄道十二星座の占いでしょ?」
 頭を傾げたリョーマに不二が助け舟を出す。
 因みにその時部室に残っていたのはレギュラー以外は数人の平部員だったが、彼等は一様
に占いに詳しい不二に納得しつつも背筋に薄ら寒さすら感じリョーマの行動が気になる所だっ
たが早々に部室から出て行った。
 一方不二のそれを聞いたリョーマは頷き
「そう、それ。アメリカ(むこう)に占い師やってる友達が居るんだけど、horoscopeって一々最初
から作るの面倒だからbirthday入れたらぱぱっと作図してくれるソフトが欲しいからプログラミン
グしてくれって言われて試作品作ったんすけど試した事ないからついでに先輩達を占ってみて
験させてくれないかなーって」
 それを聞いた面々は一様に声を上げて頷く。
 乾もそれは面白そうだと自分のパソコンを鞄から取り出しつつ、ふと素朴な疑問をぶつける。
「それにしても越前もパソコンいじるのな?プログラミングもできるのか?」
 意外そうなその質問の仕方に同調するように海堂や大石も視線を寄越す。少しむっとしたが、
この程度のこと気にすまいとリョーマはパソコンを受け取ってテーブルにおくと、部誌を書いてい
る手塚の斜向かいにかける。
「占い師とは別口の友達に仕込まれたんで」
 そう一言だけ言って、パソコンを起動させCD−ROMドライブをあけてソフトをぱちん、と嵌め
込む。
 周りは「どんな友達だ」と内心突っ込みを入れつつもリョーマの行動に興味を引かれて一同が
視線を向ける。
 くくっとROMが回る音が響いたら、ぱっと12に区切られた二重の円が二つと表が縦に右端
に、グラフが下にと画面に現れる。
 ピコピコと明滅する左上のカーソルには『birthday』や『name』等、入力すべきことが指示され
ている。
 それを見た乾が思わず感嘆の声を上げた。
「へえ…凄いじゃないか、本格的だな」
「当然。友達は本格的にやってる人だしね。よく当たるらしくって学校内のみならずいろんなお
客さん居るみたいだし、量が多過ぎて大変みたい。そんな人から依頼されたものをいい加減
には作れないでしょ」
「…色んな…て?」
「何か、省庁関係者にも口コミで広がってるとか何とか。何か、この前はFBAに捜査協力依頼
が来たって、莫大な報酬で」
「「「マジかよ!!」」」
 カタカタキーを打ち込みながら平然とした口調で言うリョーマに菊丸・桃城・海堂の声がハモっ
た。
 それを聞きつつ後ろから画面を覗き込んでいた乾がリョーマのプログラムにますます感心した
ように声を上げた。
「へえ…中々のプログラミングだね。どんなものなんだ?」
「んー、過去200年分くらいの星のデータが入ってて、生年月日生まれた時間、生まれた場所
を入力すればぱぱっとhoroscopeが完成するようになってる、結構単純なプログラムだよ。でも
あれ、名前をアルファベットで入れるとnumerologyもできるようになってる」
「ふーん、じゃあ、験しに僕から占ってもらおうかな?…でも、越前君はホロスコープ判断でき
るの?」
「…簡単にはね、一応、仕込まれてるっすから」
 リョーマの説明にいよいよ面白そうだと不二がまず立候補する。
 それを受けてぱぱぱっとリョーマが必要事項を聞いた後に入力すると3秒も待たずに図が作
成された。
「…ふーん、ここでUranusが有るって事は、近々不二先輩にとってはかなり面白いことがありそ
うっすよ?しかも前々からある程度分かってた道だけど意外なこと、かな。先輩にとってはそれ
こそ面白いこと、のようっすね」
「へえ…それは楽しみだな〜」
 占いの結果を聞いて真底嬉しそうな顔をする不二に一部青ざめる。
「『不二の面白いこと』…て」
 きっととんでもないことに違いない、いや、とんでもなくない事なんてあるものかと悟った大石
は痛む胃を誤魔化すことはできなかった。
 しかしそんな恋人の様子はなんのその、えいっと後ろからリョーマに飛びついた菊丸が立候
補する。
「えー、面白い!おちびちゃん次俺ー!」
「あー、はいはい」
 突然の衝撃に辟易しつつもすっかり菊丸の扱いを心得たリョーマが軽くあしらいながら必要
事項を聞いていた。
「恋愛運とかって分かるの?」
「分かるっすよ?二人分のhoroscope重ねるだけっすし」
 等等言いつつパソコンをいじるリョーマを横目に斜向かいに座る手塚は観察していた。
 リョーマが突然やりだした作業は意外な事だったし、彼の口からでる言葉にも驚いた。プログ
ラミングなんて、予想したこともなかったような意外な特技をいくつも持っていることも。
 そう思いつつ、手が止まっている自分に気がついてはっとする。
 リョーマに抱きつく菊丸や、親密に話し込む連中に、ちくりと何かが痛んでストレスが募る。
 思い当たる節はある。
 手塚はリョーマの事が好きだった。
 いつの間にか、好きになっていた。
 リョーマの事が気になる。そう、あの試合から彼は心の端でリョーマの事を気にかけている事
に気がついていた。
 朝練でいつも遅れてくる彼にまたかと呆れ罰則を巡らす半面で何かあったんじゃないかとは
らはらしたり。
 部活中、妙にリョーマのプレーに目が行ったり。
 真剣な眼差しが、真っ直ぐ向けられる時の高揚感―――…あの試合の時に感じた視線。
 その前から怪我をしようと不利だろうと立ち向かうあの視線を自分に向けてみたいと思って
いた…いつからだろう。
 その目が、決して勝利に貪欲なものではないと、冷めた物で、父親のコピーに成り下がって
しまっているだけと気づいた時に、駆り立てられた感情…そのままに手塚はリョーマとの試合
の許可を求めて、試合をした。その視線が変化した瞬間、そしてその眸で見据えられた時、ど
うしようもなく体躯に熱が迸って、手塚こそ冷静になれず本気を出して無茶をした。
 あの試合の後…否、あの試合の前から、そしてその後知ったあの時から。
 事がある毎にリョーマを目で追っている自分を、手塚は知っていた。
 理由は分からない、けれど気になるその存在。何故なのか、手塚は首を傾げるしかない。
 最近は桃城と下校を共にしていることや菊丸が抱きついたり、不二がやたら近寄るだけで面
白くないと思っている。日常茶飯事なのに、苛々する。しかしどうすることもできずにただ鬱々と
自分の中に溜め込んでははけ口もなくストレスが溜まっていくばかりだった。
 そうして、ふと、彼は自覚したのだった。
 目の前で繰り広げられる遣り取りはいつものことと、何でもないと自分に言い聞かせて残りを
書いてしまおうとするが最後の1文が微妙に乱れて苛々させた。
 部誌を投げやりに閉じた手塚は占いそのものには興味がない為、もうさっさと着替えて帰っ
てしまおうとロッカーに向かう。
 そうして着替えている最中
 
 ごっ!
 
 何かがぶつかる音がした。
「だ…大丈夫かい?越前」
 振り返れば音の原因は一目瞭然、机の角にド派手に頭をぶつけているリョーマが居た。それ
におろおろと河村が声をかける。
 流石に驚いて海堂達は目を丸くしているし近くの不二や乾も慌てている。
「ど…どうかしたのか越前」
「大丈夫?そんなに凄いの?手塚の占いの結果」
「!」
 不二の言葉に思わず手塚は眉を顰めた。どうやら乾のデータノートより勝手に占われていた
挙句、何故そんな反応をされなければいけないのかと、手塚じゃなくても怪訝そうな顔になる
のは仕方あるまい。
 明らかに不快そうな表情の手塚に、よろよろと起き上がったリョーマは、手塚に目をやるとそ
れこそ憮然とした様子で言った。
「近況を占ってみた所、何と1週間以内に恋人ができるみたいっすよ、手塚部長。しかもその
人とはかなり長いお付き合いになりそうです」
 と、淡々と告げられた託宣は、妙に無感動なものだった。
 そうして冒頭に戻るわけである。が
「「「ええええ!?」」」
「………それは凄いな」
「手塚に恋人ー…しかも1週間以内?」
「手塚を落とせる女の子って、どんな子だろうねえ」
「んー…誰が一番確率的には…」
 周りはそうではないらしい、ものすごいリアクションである。
 そんな彼等の反応にか、リョーマにそんな事を告げられたからか、手塚は少し苛々しながら
身を翻した。
「馬鹿馬鹿しい」
 と。
 しかしリョーマは笑って言った。
「ふーん、もしこれ本当になったらプログラミング大成功だね。是非頑張ってくださいね、手塚部
長、もしホントに一週間以内に彼女できたらお墨付きってことで、安心して友達に売りつけれる
から」
 手塚の事など何とも思っていないと言うかのような、そんな、リョーマの様子は手塚を更に苛
立たせた。
「…荒唐無稽だな、占いは所詮占いだ。未来が決まっているわけじゃない」
「日本じゃ当たるも八卦、当たらぬも八卦って言うんでしょ?因みに職員室や資料室、図書館
とかがポイントみたいっすよ。…部長なら生徒会室も有るかもね。ガンバッテ現実にしてクダ
サイ」
 と、笑われて。
 一瞬眉を顰めた手塚は、ラケットケースを担ぎドアノブに手をかけた。
「馬鹿馬鹿しい話だ、俺はもう帰る。大石、鍵は頼むぞ」
「え…ああ、また明日な」
 戸惑ったように応えた大石の声の後でばたん、とドアが閉まった。
 そのまま消えた手塚は知らない。
 その後、もう一度その手塚のホロスコープを見たリョーマが誰にも気づかれずに小さく落胆の
溜息を吐いていた事に。
 
 
「ちぇ…」
 その夜、パソコンの画面を目の前にしてリョーマは短く呟いた。
 画面に展開しているのは夕方に作った手塚のホロスコープ。
 星の位置はどんなに足掻いた所で変わる訳がなく、線と記号は円の中で明滅を繰り返す。
 どんな解釈をしてみても、占い結果に変わりは無い。
「あーあ、やっぱ駄目かあ…」
 ひじをついて項垂れる。続いて落胆の溜息が落ちた。
 リョーマもまた、手塚が好きだったから、気分はとても憂鬱だ。
 占わなければ良かったと、今更後悔する。
「デモさ…ブチョーはもてるしね…」
 彼女候補は沢山いる。手塚はそれこそ選り取りみどりだ。
 あの試合を経て、好きになってしまった人。
 どう足掻いたって、リョーマはただの後輩。
 彼自身は少なくともそう思っていた。
「ほあら〜」
 ふっと、足元に柔らかい毛の感触を感じたと思ったら愛猫のカルピンが足に身を摺り寄せて
きていた。
 それを見て、ふっとリョーマは顔を緩めるとかがんで手を伸ばした。
「おいで、カル」
 呼ばれてその腕の中に飛びついてきたカルピンを抱きしめてリョーマは立ち上がるとぱっと
パソコンの電源を切ってベッドに一緒にダイヴした。
「一緒に寝よ、カル」
―――むしゃくしゃした時にはあっつい風呂に入った後でファンタグレープ飲んでさっさと寝る
に限るよね
 と言う、リョーマ独特の哲学に基づいて彼等はその日さっさと眠ってしまったのだった。 

 しかし、この日早く寝たにもかかわらず次の日リョーマが寝坊して遅刻していったことを追記
しておく。
 
 
 そして数日、一見何事もなかったかのように日々は過ぎていった。
「手塚〜彼女できたぁ?」
「…今日告白してきた子も断ったって聞いたけど…本命が来るの待ってる…?(クスッ)」
「ふむ…確率的には…」
 と、菊丸・不二・乾の3名(+アルファ)による質問が毎日繰り広げられつつも、概ね今までと
同じ日々が繰り返されていた。
「越前が言ってたリミットまであと何日だっけ?」
「え…と、あと2日かな」
 部室の端で着替えていた河村に問われて大石は手元のデジタル時計で日にちを確かめる。
 なんだかんだ言って、皆面白がって気にしているのだった。
 明らかに不機嫌そうに眉間に皺を寄せている本人以外は。
「でもさ、手塚」
「!」
 コートに向かう途中、唐突に不二に呼びかけられ、手塚は怪訝そうな目を向けた。
 あからさまに嫌そうな視線を受けるが気にも留めていない様子で不二はにっこり笑うと言っ
た。
「自分から行動するって言うのも、有りじゃないかな?」
「!」
 と、外面だけは花のように微笑む不二に手塚は驚愕したような表情を浮かべる。
「不二…お前まさか…」
 彼自身の気持ちに気付いていたのか?と続く言葉は声にならなかったが、しかしそれを了承
したのか不二は更に笑みを深めて言った。
「越前君の占い、今のところ面白いくらい当たってるよ?僕の周囲、最近かなり面白いことが
起こってるしね」
「!」
「逆手にとって、占いを本当にしちゃったら?あと二日あるんだしね」
 そう、意味深に言うだけ言って不二はコートの中にいる仲間達のところへ合流していった。
 残された手塚は彼を眼で追いながら呟いた。
「…だからって」
 視線で追った先にはリョーマがいて、リョーマは相変わらず菊丸達に構われていた。
 あんな占いを、平然と告げられて…何とも思われてないと言われたようなものじゃないかと手
塚は眉根を寄せる。
「俺から行動を起こしたって、応えてくれなければ意味がない…」
 ぎゅっと、手に持つラケットを握り締めて、手塚もまた、コートに向かって歩き出した。
「…所詮、占いだ」
 当る訳無いと、言い聞かせるように呟きながら。
 
 
 翌日。
 放課後、図書委員の当番に当たっていたリョーマはカウンターに山積みになっていた返却済
みの本を見て溜息をついた。
 青学の図書館はばかに広くそれ故に蔵書も多い。そろそろ本棚に戻さないと大変な事になる
なとリョーマは時計を見た。
「…この時間帯なら、もう人も来ないよね」
 そう呟いてリョーマはカウンターの上にある本を表記してある順に並べると小脇に抱えて立ち
上がった。
「ちょっとこれ、戻してくる」
「あ、うん、よろしく」
 一緒に当番をやっている相方にそう告げるとリョーマはカウンターから出て本棚を目指した。
そして順番に近い本棚から本を戻していく。
 それを繰り返しラストの3冊になったところで更に本棚の林の奥を目指す。
「…―――……」
 すると、なにやら話し声が聞こえてきた。
「!」
 珍しい、と思いつつ仕事を遂行する為に声がする方、目的の本棚の方へ向かったが
「手塚君、私貴方のことが好きなの」
 ありきたりな科白だったが、その、おそらく女生徒の声でリョーマはぴたりと足を止めてしまっ
た。
 何でこんな少女漫画お約束の展開に巻き込まれなきゃいけない訳?と殊の他苛々しながら
もリョーマは一個手前の本棚に身を隠して聞き耳を立てた。
 気になるのは、致し方が無いだろう。好きなものは好きなのだ。
 たとえあんなまじめ一辺倒の堅物だろうが老け顔だろうが(酷)。
「それでもしも…」
 占いの結果が当たったとしたら。
 …考えて、リョーマは落ち込んだ。
 当たった方が商売になるのだが。
 こうなったらあのソフト、めちゃくちゃ高く売りつけてやる!とリョーマは心に決めたのだった。
「すまないが…」
 本棚の一枚向こうで手塚はそう言って告白を断っていた。
 一々続く、生真面目な回答。
―――俺が告白しても、きっとこんな回答が返ってくるんだろうな…
 それ所じゃない、きっと気味悪がられそうだ。
 そして部にいることすら居た堪れない状況になるに違いない。
ばさ
 静まり返る中で、一冊本が音を立てて落ちた。
「「!」」
「げ…」
 リョーマは内心舌打つもここに誰かがいただろう事は奥の二人にばれてしまっただろうから、
淡々とした表情を作り浮かべて本を片手に彼等の前…目的の最奥の本棚に向かって歩き出
した。
「…越前」
「…ああ、こんにちは、部長」
 心底驚いたような顔…いや、何処かばつが悪そうな表情をしている手塚に淡々とリョーマが
そう挨拶すると、相手の女生徒の方は恥ずかしそうにあわてて駆け出していった。
 あれは…生徒会関係の人だっけ?とリョーマは横目に彼女の背を見て考えつつ、奥の方か
ら本を一冊戻した。
 そんなリョーマの淡々とした様子を見ながら眉根を寄せつつそのまま声をかけた。
「立ち聞きしていたのか?」
「…聞こえてきたんすよ」
「…悪趣味な奴だな」
 不機嫌そうに、溜息を吐くようにそう言われて、リョーマもちょっとむっとしながら言った。
「こっちは仕事中。聞かれたくないんだったらこんな所で告白劇なんてしなきゃいいじゃん」
 苛々した声で、かとん、と音を立てて本を戻す。あと一冊。
「ちぇ、これladder使わなきゃムリじゃん」
 本の並びからして、上から二段目の棚の本のようだと判断したリョーマは唇を尖らせ手塚の
そばにあった梯子に手を伸ばして少し引き寄せると上り始めた。
「デモ部長」
「!」
「今日が、ラスト一日でしょ?」
 上りながら言うリョーマが言わんとする事を鋭く察した手塚はリョーマを見上げながら眉を顰
めた。
「占い」
「それがどうした」
 どうにも茶化されている感が否めない手塚は苛々しながらぶっきらぼうにそう言い放つ。
「何で今の人も断ったの?あの人生徒会関係の人でしょ?何回か見たことあるよ?」
「だから何だ?」
「あの人なんじゃないの?占いの人って。何で断ったの?」
 どうしてそんな事を、リョーマに言われなければならないのか。
 手塚は内心荒波だっているのを抑えられなかった。
「お前には関係ない」
 ぶっきらぼうに吐き捨てる、手塚の内は何処か煮えくり返っているようだった。
 それを受けて、ぴくりとリョーマは肩を震わせる。
―――…ホント、ムカツク
 どん、と最後の本を乱暴に戻して、リョーマは梯子を降り始めて
「!」
 ふと、思いついて手塚の頭より一個分上になる位のところで足を止めるとリョーマはその上
で方向転換し、梯子を背にした。
 珍しく、手塚をリョーマが見上げ、リョーマが手塚を見下ろす構図となる。
 見上げてくる手塚は、何処か苛々したように怒っていて、獰猛な光がその眸には灯ってい
て。
 こんな、表情もするんだと思いつつ、見下す形で冷笑を浮かべながらリョーマは疑問を口に
した。
「何で、そんな怒ってんの?さっき言ったじゃん、こんな所で告白してるほうが悪いよ。生徒会
関係なんだから生徒会室でやればよかったじゃん」
「っ!」
「それにさ、こっちは商売がかかってるんだから、関係無い訳じゃないんだよね。今日までに
アンタに恋人ができればタイコバン押してあのソフト高く売りつけられるんだから。分かる?」
 珍しく見下ろしてくる視線は、正に見下すといった表現が相応しい。
 そんなリョーマに、ついに手塚は切れた。
 昨日の不二の科白が頭を掠めた。
 ガン、と梯子に両手をつき、リョーマを逃がさないように覆うように立つ。
 流石にそれには驚いたようにリョーマは目を見開いた。
 きょとん、とした表情のリョーマに手塚は堰を切ったように声を上げた。
「お前に何が分かる!?」
 と。
 間近に見上げてくる顔は、その美しい顔は怒っていて。それでいて、切羽詰っているかのよ
うなこんな表情、リョーマは見たことが無くてただ唖然とするしかなかった。
 そして同時に、何故彼がここまで怒るのかが分からなかった。
「分からないくせに」
 ぎゅっと、その顔を歪めたと思ったら、手塚はそのままリョーマの首筋に顔を寄せてその耳
元にささやいた。
「俺が好きなのは、お前だ」
「―――えっ!?」
 一瞬の告白。リョーマは理解できずに耳を疑った。
―――今、部長はなんて言った…?
 告白した手塚を、瞠目したままのリョーマに、手塚はクツリと小さく笑って言った。
「知らなかっただろう?…お前に、分かる訳が無い」
―――俺の事なんて、全くお前の中には無かっただろう?
 そして、眉を顰め、その顔をくしゃりと辛そうに歪めた手塚は呟いた。
「だから、占いなんて当たらないと…荒唐無稽だと言ったんだ」
 本当にくだらない、と、手塚は最後呟いてそのままリョーマから離れようとして梯子から手を
離した。
 そして踵を返そうとした時
「待ってよ」
「!」
 リョーマに、声で、そしてその首に手を回され抱きしめられて、手塚は呼び止められた。
「越前!?」
 これには驚いて声を上げるが手塚はそれでもこちらにそのまま体重を預けてくるリョーマを
支える。
 手塚に支えられたリョーマは、梯子の2段目に足をかけたままさっきやられたように手塚の
首筋に顔をうずめて囁いた。
「ねえ、占いの結果、本当にする気、無い?」
「?何を言っている、越前」
 ぴくりと眉間に皺を寄せつつリョーマに視線を向ける手塚を、リョーマも横目で見やる。
 うっすらと、頬を染めながら。
「俺も、アンタの事好きなんだけど」
 そう、リョーマがついに告白した瞬間
「うわ!?」
 いきなりバランスが崩れてリョーマは声を上げた。
 手塚の首に腕を回し体重を預けていたため、リョーマの告白に思わずバランスを崩した手塚
につられてリョーマの体は前方に傾いだのだ。梯子にかけていた足まで離れれば、そのまま
勢い手塚と一緒に床にダイヴするのは自然の成り行き。
 どん、と、本棚に囲まれた其処に鈍い音が響いた。
「いってー…」
「…悪い、大丈夫か?」
 リョーマを引きずってしまった手塚は自身に非があると、下敷きになった上体を起こしながら
すぐに謝る。
「俺は大丈夫。部長こそ、平気?」
「ああ…」
 手塚の上に乗っていたリョーマは乗っかって首に手を回したまま、そう訊ねた。とっさに受身
を取った手塚はたいしたことは無いと頷く。
 その答えを聞いてほっとしたリョーマは改めて、手塚の上に乗ったまま今度は覗き込むよう
にその大きな目で見上げた。
「おどろいた?」
「…バランス崩すくらいにはな」
 はあ、と眼鏡を左手の指で押し上げて直す手塚の頬が染まっているのを目敏く見たリョーマ
は自身の頬も染めながら、それでも彼らしく、強気な様子で笑うと顔を近づけた。
「でもたまには、占いを信じてみるのもいいでショ?」
「…そうだな…」
 リョーマの科白を受けて、漸く苦笑したように微笑むと手塚はリョーマの顎を取りそのままそ
の唇へと口付けた。

 かくて、ここに後に青学名物となるカップルが誕生したのである。


 同時刻。
「ほらね、やっぱり越前君の占いって良く当たるよね」
「?不二?」
 テニスコートでラケットを脇にくすくす不二は笑っていた。
 俄然、周囲は不気味がるが本人はどこ吹く風。
―――僕が前から気になってたのって、あの二人の関係なんだよね
「―――本当に、面白いことになってくれて嬉しいよv」
 と、心底嬉しがる不二を、ダシにされている二人は未だ知らない。


                                                   End



凌的評言
…久しぶりに書きました読み切りです。
本当は4月29日にあげる予定だったんだけどもさ…ははん。
お約束なお話でごめんなさい;
今回は女性化なのか、BLなのかわかりませんが(珍しい…)まあ、お好きな方で。
読みきりって、俺はお約束しか書けません。てか、寧ろ読み切り書けない(爆死)
と、言うわけで遅くなりました、『die Qualitat』前サイトと合わせて通算2周年記念小説。
こちらは期間限定でDLフリーです。
どうぞお持ち帰りしてくださいませ(誰ももって帰らんか;)
ただし、著作権は手放しておりませんのでその辺だけはご了承を。
占星術って…面倒くさくて忘れちまったさ…(滝汗)
今回書き始めてからその事に気付き、おかげで深く掘り下げられませんでした。
すみませんでした(情けない)
ではでは、皆様これからもお付き合いよろしくお願いしますm(_ _)m



二周年記念&もうGWも終わりだね、記念ということで
die Qualitat 様より頂きましたvv

冰凌様、ありがとうございます♪これからもよろしくお願い致しますvv



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