絵画からスライドへ

小林宏道
(多摩美術大学美術館学芸員)

画家が自らの作品を素材として、映像作品を制作することは、現在ではさほど珍しいことではない。
しかし、何故富山さんがそのような表現に至ったかを考えると、その方法論は必ずしも安易なものではない。
絵画という一つの完成された表現システムあるいは制度を、
もう一度別の映像表現のために解体し再構築するという作業には、
単に技術的な労力や作品形態を変化させるだけでは済まないポテンシャルがある。
それは、絵画という形式への批判であり、ひいては近代美術という概念と
それを形づくる近代社会の価値観や道程への批判と再検討でもあるからだ。
画家が既成の画題や技法を用いて描くことへの執着は、ある意味楽な作業であり、
絵画や美術の世界の制度や権威に保護されるということを意味する。
しかし、これに対して、富山さんは自らの体験と価値観から、
モノづくりの根源的な衝動を疎外する、そうした枠からの脱却をめざし、
描くべき対象をより社会的なテーマへと模索、展開し続けてきた。
そのために画家としての実績や技量を積むという部分よりも、
そのようなテーマにどうやって肉薄し、かつ作り手としての客観性を
どこに求めるかというスキルを高めてきたように思える。
それは実際に富山さんが描くテーマの存在する「現場」やそれを形跡として遺す「場」への
フィールドワークによって得られた賜物である。
富山さんが数十年かけて様々な地域や状況を歩いてきたことは、 それだけでも貴重な現代史でもある。
しかし、それ以上にそこで見て感じ取ったことや、様々な人々との交流から、
画家富山妙子というレンズを通した社会への視点や語るべきメッセージが絵画に収束してきている。
それらは単なる人道主義的な観念や資料の集積だけでは決して形成できないイメージである。
それらは表現する手段として様々な試行錯誤を経て、絵画の解体とスライドによる再構築へと至ったのである。
また絵画という形式や近代美術、純粋美術という概念への懐疑と危惧は、
音楽や言葉という異なるジャンルとの結びつきにも積極的に取組むこととなった。
スライドにすることを前提とした絵画の制作、そしてクローズアップ、 ズームバックして
変幻自在な世界を見せる画面やモチーフの構成。これらは生々しく突きつけられる、
より社会的なテーマを巧みに変容させると同時に、本質的な問題点をゆるぎないものにする方法論にもなっている。
この絵画から派生した、人間の視聴覚へ立体的に訴えかけるスライドによる表現は、
創作者としてのモジベーションを昇華させた「絵画を越えた絵画」ともいうべき作品になっている。
初期のスライド作品では、ドキュメンタリー性の強い社会的告発を主軸とした物語調で
社会的メッセージを明確に託すという点の機能に優れていた。
しかし、そうした表現に少しずつ変化が起こり、メッセージをより普遍的にするため、
寓意性の強い抽象的な作風へと推移していった。この変化により音と映像を通じて、
よりダイレクトに鑑賞者の感覚に訴える表現になり、鑑賞者自身の感覚を拡張、覚醒させる、
作者と鑑賞者、そして社会を結びつける、最も原初的で本質的な芸術衝動を体現させるようになった。
この四半世紀以上にわたる富山さんによる火種工房の活動とスライド作品の制作は、
まさに21世紀を迎えた現在にこそ更なる評価と展開を得るべきだと考えたい。
昨今のマルチメディア、インターネットブームに煽られた様々なメディアアートや テクノロジーアートの隆盛に対しても、
発達した技術や機器に組み込むコンテンツをどうするか という議論が常に付随している。
すでにその分野でのソフト不足が憂えられて久しいし、まだまだ模索の状態といえよう。
しかし、25年前から富山さんが取組んだ、既成の美術の制度や表現に対する挑戦は、
マルチメディアとネットワークを活用した表現の本質を実に見事に予見していたのではないだろうか。
現在のようなコンピュータ技術や情報インフラが整うだけで表現の場が形成できるわけではない。
そこに表現者による確固たる洞察と先見的なビジョンが反映されることが不可欠である。
それには新旧の時間差は関係ない。この21世紀のハイテク指向においても、
富山さんのスライド作品には、まだまだ託すべき表現の可能性と本質を見出す余地が大いに潜んでいる。
そこから新しい時代の表現へのヒントもまた導かれるのではないだろうか。