お か え り
未確認生命体第0号 ― ダグバ ― とクウガが決着を着けたのは、つい9ヶ月前の事だった。
未確認生命体第4号ことクウガ ― 五代雄介 ― はそのまま冒険へと旅立った。誰にも挨拶をしないで、重い荷物を背負ったままたった1人で……。
あの後、俺は未確認生命体関連事件の報告をまとめ、世話になった人達に挨拶をした後、東京を離れて長野に戻ったのはそれから3ヶ月してから。
東京にいた時よりも事件の数は圧倒的に少なくて、それが逆に困った。仕事に追われていれば、何も考えてなくて済んだのに、時々ぽっかりと時間が空いたりするから、そんな時に思い出してしまう。
……いつも笑顔だったあの男の事を……。
しかも彼に出会ったのはこの長野で。季節もこんな頃だった様に思う。
長野に出向して1年も経たないうちのあの事件。そして彼に出会い、一緒に闘ってきた。
あれだけの被害者を出した事件なのに、9ヶ月も経つと人々の記憶から薄れていくものらしい。これだけ情報が氾濫している世の中だ。いつまでも古い情報に捕われていてはいけないのだろう。
しかし、あの事件でまだ傷ついている人達がたくさんいる。愛した人を亡くした人の心の傷は、そう簡単に癒されるものではない。
それに……あの優しい男が、自分の笑顔を削ってまで手に入れたこの平和じゃないか。そんなに簡単に忘れられるものなのか?
俺は今でも休みがあると、あの九郎ヶ岳遺跡にたった1人でつい行ってしまう。亀山が俺に付き合うと言うが、誰にも来て欲しくはなかった。誰にも邪魔をされたくなかった。五代と出会った場所なんだ。
今ではただの遺跡になってしまった九郎ヶ岳遺跡。もう誰も……五代がいる訳がないのに。
そしてぼんやりと時間を過ごす。五代との思い出を反芻しながら……。
今日は珍しく仕事が忙しかった。お陰で……という言い方も可笑しいが……五代の事を考える余裕もなかった。仕事が一段落し、今日は帰ろうと、皆に挨拶をして部屋を出る。コートを羽織りながら、会議の前に携帯の電源を切っていた事を思い出した。その後はバタバタしていて、電源を入れるのを忘れていた。電源を入れるとメッセージが入っている。
駐車場へ向かいながらメッセージを再生してみて、思わず携帯を落とすところだった。聞えてきたのは……聞きたくて仕方がなかった声。優しく囁くような甘い声。
「……ご……だい……?」
『もしもし、一条さん、俺です。五代雄介です。久し振りです。元気ですか? 長野に帰っちゃたんですね。俺、日本に帰ってきたんですよ。お土産もあるんで明日そっちに行きますね。長野には朝の8時頃に着く電車で行きます。一条さんの出勤前に出きれば会いたいし。よければ迎えに来てください』
そしてしばらく沈黙が続く。その後、ためらいがちな五代の声。
『あの……俺が冒険に行く前に一条さんに言った……』
そこでメッセージは切れてしまった。
何だ? 君が俺に言った? しばらく考えていたが、すぐに思い当たり、顔が赤くなるのを感じた。
『俺、一条さんのことを愛しています。このまま冒険に行きますが、もし帰って来たら、その時は、ずっと俺の傍にいてください』
何も言えず俯いた俺に、五代は慌てる。
『いや、今すぐに答えて貰わなくって良いんです。ただ次に会う時に答えを下さい』
マンションに帰り、冷えた身体を風呂で温めたが、眠る事は出来なかった。ベットに入っても五代の言葉が俺に圧し掛かる。
眠るのは諦め、電気もつけないまま床に座りこみ、ベットを背にしてぼんやり考えた。言われた直後は後の処理に追われ、じっくり考える暇もなかったのだ。
五代にどう返事をするつもりなんだ? 五代にどうしてもらいたいんだ? いや、それよりも……。
俺は一体どうしたいんだ? 五代に、どう返事をしたいんだ?
答えは出ないまま夜が明けて行く……。
電車の到着時間よりもずっと早くに着いてしまった。結局昨夜は一睡も出来なかった。キンと張り詰めた冷たい空気が気持ち良い。
五代に対しての答えを、考えれば考えるほど顔のあたりに熱が篭って行く。頭を冷やすのにはちょうど良かった。やがて電車の到着を告げるアナウンスが聞える。俺は自動販売機で温かい缶コーヒーを2つ買うと、両手で握り締めた。
本当なら五代が入れてくれたコーヒーを飲みたかったけれど……。
そう考えて、やっと答えが出た。
ああ、なんだ、そうなんだ。そんな簡単な事だったのか。分かったらずいぶん気持ちが楽になった。これで晴れやかな顔をして五代に会える。
ゆっくりと、まるでスローモーションの様に、時刻通りに電車がホームに入って来る。俺はまるで好きな人を待つ女子高校生の様に、爪先立ちをして電車が止まるのを待った。
手の中のコーヒーはまだ温かい。
ゆっくりと電車が止まり、扉が開かれる。早朝の為か、降りる人は少ない。キョロキョロと五代を探す。すると後方から俺を呼ぶ声が聞えた。
「一条さ〜ん」
その声に振り返ると、少し伸びた髪、変わっていない優しい笑顔を浮かべた五代雄介の姿があった。
俺は満面の笑みを浮かべると、五代に駆け寄っていった。
そして彼の前に立つとコーヒーを差し出して言った。
「おかえり、五代雄介」