『スペースダンス・イン・ザ・チューブ』のご案内「デジタル化された世界に取り巻かれて生活する現代の人間は、空間世界を体全体で認識し進化してきた生命活動の源泉にある感性を枯渇しつつある。スペースチューブを使った体全体による空間の自覚体験、それによる表現の試みは意識下に埋もれている感性を蘇らせ、集団で共有できる新たな冒険となるに違いない。多くの皆さんの体験的参加を呼びかけたい。」 「私たちの体は、地球の重力に縛られています。ヒトは、二本足で立ち上がったことで、手の自由を得た代わりに腰痛や肩こりを背負い込んでしまいました。階段を上がるときなど、否応なく、自分の体重を意識してしまいます。水中で開放感を覚えるのは、そんな重力の縛りから一時的に逃れられるからなのでしょう。宇宙遊泳もそんな感覚に似ているのかもしれません。『スペースダンス・イン・ザ・チューブ』は、宇宙に行かなくても、海に潜らなくても体験できる半重力状態のデモンストレーションです。伸縮性のある新素材の繊維で作られた特殊なスペースチューブに入って身体を動かすことで、無重力に近い状態を体験できます。一度体験すれば、自分の身体を再発見できること間違いなしです。」 ◎タイ・バンコク 2009年1月10日〜25日 会場:パトラバティ劇場・シラバポーン美術大学・Roong Aroon School・他 ■後援・協力 国際交流基金、日メコン交流年認定事業(外務省・アジア大洋州局)、日本大使館、シラバポーン美術大学 ◎ウガンダ・カンパラ 2009年2月13日〜3月1日 会場:国立劇場・Ashinaga Uganda・Mulago School for the Deaf・他 ■後援・協力 国際交流基金、日本大使館、JICA、国連ウガンダ事務所 現代社会を生きるために必要な「21世紀を生きる知恵」とは何でしょうか? 私たちは、その知恵に少しでも近づくことができるように、『スペースダンス・イン・ザ・チューブ』を開発しました。 『スペースダンス・イン・ザ・チューブ』は、スペースチューブを使った身体コミュニケーションです。身体・空間・情報に対する斬新な発想に基づく体験型展示・ワークショップ・スペースダンス公演として、教育(情報社会・宇宙時代における科学的センスの育成)、健康(新しい健康開発と、リハビリテーション体験の導入)、福祉(高齢者文化と障害をもつ人の文化の開発)、表現(コミュニケーションの促進と、アート&デザインの体験)、環境(「身体と環境は一体」という視点による環境デザイン)、宇宙(想像力の育成)、の各テーマの実施にとって最適と思われます。 私たちは、『スペースダンス・イン・ザ・チューブ』を、日本発の新しい文化ソフトとして、内外の美術館・科学館・劇場・アートセンター・地域センター・図書館・大学・小中高校・福祉施設等において、自治体・政府・関連企業・財団・新聞社・TV局・ネットTV等の参加を得て、「アート、教育&健康、社会デザイン」プロジェクトとして実施することを計画しています。 世界中で急速に進む情報化の波のなかで、リアル(現実)とバーチャル(仮想)の判別が誰にも困難になりつつある現代の社会状況において、『スペースダンス・イン・ザ・チューブ』は、参加者〜子どもたちから大人・高齢者・何らかの障害をもつ人たちまで〜の身体を直接に刺激し、自分がいかにリアルな身体的存在であるかを教え、人間として持っている本来の豊かな身体感覚を覚醒させることができます。 『スペースダンス・イン・ザ・チューブ』は子供たちに役立つだけではなく、大人たちにも役立ちます。スペースチューブを家の中に設置すれば、「癒しの空間」や「思索の空間」としても使用できます。大人たちには、過酷さを増す現代社会のサバイバルレースを生き抜くために、新しい休息や、新しい思索が必要になっているでしょう。家の中にあるそのための手段や場所は、これまでと同じで足りるのでしょうか? スペースチューブの中でゆっくりしていると、新しい想像力や新しい元気が湧いてきます。 そして、今年1月・2月のバンコク・カンパラ(ウガンダ)において最初の成果を挙げることができたように、『スペースダンス・イン・ザ・チューブ』は、戦争孤児やエイズ孤児に対して、或いは自閉症や学習障害などの心的障害を負う子供たちに対して、その身体と心をケアするためにも有効な役割を果たすことができます。バンコクとカンパラでは、いままでにない種類の子供たちによる大きな笑いの渦が湧き上がりました。バンコクではその様子はバンコク・ポストに『身体の再発見』として大きく報道され、カンパラでは国連ウガンダ事務所より以下のように評価されました。 「『スペースダンス・イン・ザ・チューブ』は、ここウガンダにおいて、実にユニークなプロジェクトでした。それは、国立劇場において、ウガンダの現代舞踊家たちに対し、その芸術的レベルを国際的水準にまで高めるための創造的機会を与えていたという興味だけではありません。それはまた、いくつかの学校において、紛争地域に特有に見られるさまざまな『傷』に対する癒しのツールとしても機能していたからです。それは、武装兵士に脅かされ心的障害を負ったリハビリを必要とする子供たちや、戦争孤児になった傷つきやすい若者たちに対して、その『心』を立て直すための新しい機会を提供できたのです。」 私たちは、このような可能性をもつ『スペースダンス・イン・ザ・チューブ』を、世界100都市で開催することを目指します。世界中のミュージアム等と連携し、地域の学校や福祉施設にも出張して、子供たちや人びとにスペースチューブ体験の機会を提供したい。その成果をミュージアム等で発表していけば、ふだんミュージアム等に来ない人たちも動員でき、きっと面白いことになります。世界周遊だから、人種もバラバラで、人間の移動が面白くなります。 コンセプトは、「身体は世界66億人の毎日の関心事」。スペースチューブを通して世界中の人びとに「新しい身体」を届けます。ミュージアム等を拠点として展開し、世界中の家庭にスペースチューブを普及させることが目標で、お風呂場の隣で使う設計です。子供にも大人にも面白い、新しい遊びや癒しや思索のための空間。バブルつきお風呂のように、体験したい感覚をいろいろ調整できます。この感覚をもとに、健康開発のための新しい方法も、家具や家の設計も、コミュニケーションや地域の設計も、考え直せます。これは、世界中の家にスペースチューブを入れるという大仕事で、新しいタイプの地域開発事業です。 私たちは、現代世界にはこのような「身体」に根ざした「新しい物語」が必要であると考えています。 いま世間を騒がす子供による親の殺害事件等も、子供たちの世界でも現実の仮想化が進み、リアリティ感覚の欠如の問題がその原因の背景にあることが予想されます。大人たちの世界でも、最近のイラク戦争等におけるハイテク兵器による戦争のゲーム化に象徴されるように、殺人も夢の中での出来事のように映像上で実行され処理されており、現実は軽くなる一方で、その仮想化が一段と進んでいます。 そして、21世紀社会はロボット社会として実現されることも時代の趨勢です。家事・介護・コミュニケーション等を担うロボットや、また危険地域で人間の代わりに働くロボットや戦争を担うロボット兵士などが現実世界に登場してきます。その時には、子供たちがロボット利用により現在よりもさらに痛ましい犯罪を犯すことも、大人たちがロボット兵士をあやつり「夢の感覚の中での殺人」をさらに拡大させることも、充分に想定しておく必要があります。 したがって、子供にも大人にも切実に必要なテーマとは、いかなる仮想(夢)の登場に対しても正しく対処できるための新しい能力としての「21世紀を生きる知恵〜新しい科学的センス」を育成することであり、リアリティを保証する身体感覚はそのための「最後の拠点」となり、またその「最初の出発」になります。 全身的な身体感覚の回復。リアルな身体的存在であることの認識。しかも、リアルとバーチャルのどちらかにつくのではなく、両者を分別し、両者の必要な配合を調整する能力を育てるための教育。この点が、子供たちの今後の教育を考えるにあたって、きわめて重要になると考えられます。 それは、今後に求められるものも、単なる新しい興味の喚起ではなく、科学技術が社会技術として調和的に人間生活のデザインをリードできるように、そのために役立つ新しい興味の喚起であって欲しいからです。その意味おいて、現代の情報社会とテクノロジー社会の予想される両刃性を考える時、まずは探求対象に向かう子供たち自身の身体感覚を覚醒させるということは、非常に時機に適ったふさわしい方法であると思われます。 大人たちや高齢者、福祉・介護・医療の世界でも、現代ほど自己の身体が不安になっている時代はなく、身体性の回復が社会全体の欲求として要請されつつあります。高齢者のための健康維持やリハビリテーションにおいても、誰にも同じメニューが施されるのではなく、それぞれの個人において特徴的な歩行と姿勢形成を支援できる新しいプログラムが必要とされていくと思われます。 そのような要請に対しても、スペースチューブ体験は、身体と空間の親和的な関係に対する感覚の回復をバネとして、何よりも個人が大切にする感覚に根ざした個人のための新しい身体ケアの方法を考えさせ、大人や高齢者たちに対してこれまでにない健康開発のための発想を提供することができます。 私たちは以前、東京都・世田谷区における高齢者プロジェクトとしてスペースチューブを使用したリハビリテーション訓練を実施しましたが、足があがらなくなっていた一人の半身不随に近いおばあさんの足があがり、一時的でしたが自分で歩くことができました。それは、スペースチューブ効果と共に、その時の自分の行為が人に見られ、人に褒められたことにも大いに関係がありそうでした。 スペースチューブ体験では、何らの障害をもつ人たちの振る舞いが特にユニークではないかと思われます。たとえば、視覚障害をもつ人は触覚・聴覚・臭覚などに優れていることが多く、スペースチューブに仕込まれたテクスチャー・音・匂いなどの情報に対し、バランスの回復や「姿勢」の形成にあたって一番利用する情報は何か、それを調べ、体験後に話しを聞くと、さまざまな有益なデータが得られます。 私たちは、視力を失くした舞踊家と共に、スペースチューブを使用したダンス公演を開催したことがあります。彼女は、目が見えない分だけ触覚を中心にスペースチューブを体感するそうで、スペースチューブの中での動きは私たち健常者よりも遥かに大胆かつ繊細で、そのダンスには非常に美しいものがありました。しかし私たちは、観客に彼女が視覚障害者であることを知らせませんでした。同情票を集めることを避けたかったからですが、彼女のダンスは自然に注目を集めるため、終演後にそれを知った観客はとても驚いて帰りました。 私たちは、このような可能性は、障害をもつすべての人がもつと考えます。彼女の場合では、視覚を失った分を触覚・聴覚・空間知覚等の他の感覚を総動員して補っているように思われ、スペースチューブという媒体に出会うことで、結果的に周囲から高い評価を受ける素晴らしいダンスを実現しています。スペースチューブは、障害をもつ人が自分の知覚上の特徴を積極的に生かして、自然なやり方で自己の潜在的な身体能力を再発見し、自信を高めることに役立つ一つの新しい方法になりそうです。 何らかの障害をもつ人が、ある局面においては健常者よりも優れた能力を発揮すること。それを、自分自身でも確認し、人びとも確認するならば、その人の自立意識はよりつよいものとして育っていくことが期待されます。 それは「<高齢者>対<若者>」の関係においても同様です。高齢者には、長い人生の中で培ってきた知恵と大切にしている記憶の蓄積があります。その核心の感覚を自信をもって表現すれば、若者には手が届かない味を出すことができます。たとえば、スペースチューブの中では、ゆっくりやわらかく振舞うことが出来るほど、かえってスペースチューブは体験者の身体の拡張として身体化され、奥行きをもったダイナミックな形態として自らを表現します。ゆっくりやわらかく振舞うことの大切さを知るのは、何よりも高齢者の知恵のはずです。 私たちは、2007年1月、東京・西東京市保谷小学校において全校生徒とともに『スペースダンス・イン・ザ・チューブ』を実施し、記念すべき経験をしました。 440人の子供たちが、まだ寒い冬の体育館の中で、スペースチューブで遊び、全身をつかって自分を表現しました。子供たちは、スペースチューブの内と外から友だちとつかみあい、怒涛のように走り、轟音をあげ、笑いあい、ヒラりヒラりと妖精のように宙を舞いました。子供たちはスペースチューブを「ブラックホールみたい!」と言い、この日はブラックとホワイトの二つのホールが限りなく接近していたようで、スペースチューブの中に大量に去り、大量に出現しました。つながった大きなヒモのように、蒼いままの若い星々の誕生のように。スペースチューブの中でどんな体験があったのか、皆すごい笑顔で私たちに笑いかけてきます。「うちの子がいつもと違う動きをしていた」と口々に証言してくれたお母さんたち。宇宙少年と宇宙少女を演じていた保谷小学校の子供たち。 この経験だけでも、いま日本の子供たちに元気がないというのは間違っていることがわかります。それは表面だけのことで、スペースチューブのように一皮剥く装置が登場すれば、子供たちはこのように破竹の勢いです。大人のつくった装置が古くなり子供たちの元気を隠しているだけです。ならばその装置を少し交換してみたらいいのでは? 冬の体育館には思いがけず凄まじい子供たちのエネルギーが満ちたので、さすがに管理側の校長先生も最後には「感動しました」と皆の前でスピーチしてくれました。これで、先生たちも、子供や親が動くと素直な生き物になることがよくわかります。明日から、世界中の古くなった装置を新しいものに取り替えよう! 単純にそう思えたことが何よりも嬉しい経験でした。スペースチューブは新しい装置の役割を果たせるようです。 そして、女子美術大学での特別授業でも、保谷小学校と同様の経験をしました。学生たちがあげるキャーキャーという歓声も、保谷小学校の子供たちの「あの歓声」にそっくりでした。学生たちにスペースチューブ体験の感想を聞くと、「からだがつながっている感覚」「なつかしい感覚」「お母さんの胎内みたい」「動物に戻ったような気持ち」というものから、「ふつうの子をダンサーにしてくれる装置」「自分の動き方をはじめて知った」「いつもの自分と違い大胆になれた」「新しい感覚をつくれる気がする」などがありました。 スペースチューブの中で「擬似的な無重力体験」をしていると、「身体と環境の関係」について忘れていた重要なことがわかってきます。それは、「身体と環境は一体で、身体を環境から切断して扱うことはできない」という事実です。21世紀は、誰もが知る通り、「環境」がキーワードになる時代です。私たちは、その「環境」に対して、「身体」からのアプローチを試みます。身体と環境を一体と考えるアプローチから、これまでにない新しいデザインが誕生します。 現代社会では、生存自体がおびやかされています。日本でも年間自殺者が3万人以上と聞くだけで、誰もが惨憺たる思いになります。しかし、自分一人で自立し、日々孤独な闘いを続けている大人こそ、スペースチューブに身を委ね、そこで味わえる「環境」に対する懐かしい一体的感覚を取り戻す必要がありそうです。近代と現代において、人間は「環境」から独立し過ぎてしまったために、いままさに「環境へのリターン」が始まっているのではないでしょうか? スペースチューブはそのリターンを可能にするツールの一つです。 子供たちは「委ねることの天才」です。それをさらに自覚して、「身体」のレベルから「環境」に配慮できる大人になって欲しい。大人たちも、スペースチューブの中でしばらく休み、ゆっくりして欲しい。 スペースチューブは「癒しの空間」や「新しい思索の空間」とも言われています。ここから出てくる発想は、「環境」の重要な一部である「身体」を傷つけるような行為を奨励することは決してありません。 このように、今後の社会は、「身体と環境に根ざした社会」の実現に向かうべきであり、豊かな身体感覚に裏づけられた発想こそ、次代の社会デザインを担う可能性があります。スペースチューブ体験により、子供たちをはじめとする体験者は、その体験の第一歩を味わうことができます。 いま、私たちは、一般の人間も宇宙に行くことができる宇宙旅行時代を迎えようとしています。現在は高額でも、やがては飛行機のように庶民にも手が届く対象になるでしょう。そして近い将来には、宇宙居住も身近な話題になり、宇宙で生まれる子供たちと地球との関係も重要なテーマになるでしょう。 しかし、宇宙環境における人間生活を想定した場合、科学技術だけでは解決できない特有の身体・脳問題が発生することが予想されます。それは、身体の劣化の問題、「姿勢」喪失による所定動作の困難化の問題、「脳」がアタマのある方向を「上」と判断することによる空間認識の混乱の問題、それに伴う対人認識の混乱とコミュニケーションの困難化の問題。つまり、フィジカルな人間的能力の衰退と文化的諸力の停滞の可能性、という大問題です。 「宇宙生活」に必要なものとは何でしょうか? 宇宙の無重力環境では「足」も不要で、やがて「手」になる? 四手人間が誕生する? 二足歩行をやめた人類は人類といえるでしょうか? 少なくとも「脳」は、変形や機能変更などの重大な選択を迫られることになるでしょう。地上の一重力の条件下で生まれた地球文化も、そのままでは宇宙では役に立ちません。宇宙で生まれる子供たちと地球の子供たちの関係は? 宇宙戦争が始まったりしないのでしょうか? その時、スペースチューブ体験は、これらの問題に対しても解決の方向を示唆することができ、宇宙についての新しい想像力を養うことができます。何よりも、スペースチューブの中では、人間には「姿勢」構築が生存のために不可欠であることを身をもって学べます。その類推から、「宇宙生活」においても人工重力と空間やモノからのサポートが必要であることを想像できます。宇宙でいつまでもプカプカと浮いている体験は、人間に大きなダメージを与える可能性があるのです。 子供たちはスペースチューブが設置された空間を「宇宙への出発基地みたい!」と叫び、いつまでも遊んでいます。スペースチューブの中では、「宇宙」を発見することができます。さぁ、あなたもあなたの「宇宙」を発見して、人間にとっての宇宙はいまだ何も書き込まれていない白紙に近い状態にあることを確認しましょう! スペースチューブは、東レの弾力性のある布を使用した「やわらかい空間」です。床から一定の高さに6本のロープにより宙吊りで設置され、ダンス公演用として、また一般体験用として発展してきました。2001年4月に、スペースチューブは、ニューヨークの国連本部におけるダンス公演において社会的にデビューしました。 スペースチューブはバウンダリー・オブジェクトとして評価されています。バウンダリー・オブジェクトとは「境界に存在するオブジェクト」の意味で、子供も大人も、一般の人も専門家も、理系分野の人も文系分野の人も、男も女も、国籍に関係なく、共通に関心を示すことができるモノであり、スペースチューブはそのような空間モデルのひとつであると言われています。 @閉じた空間 「閉じた空間」の中に入ること自体が面白いです。「蚊帳(かや)」に似ているかも知れません。この「閉じた空間」が、布で出来た「やわらかい空間」であること、外部が透けて見えるので恐怖感がないこと、しかも「宙に浮かぶ空間」であることが面白いです。子供たちはよくスペースチューブが設置された空間を「宇宙への出発基地みたい!」と表現します。 A多様な姿勢 スペースチューブの中では、「浮く」こともでき、「思いがけない多様な姿勢」を形成できます。お母さんたちが自分の子供たちの動きを見て、「うちの子は天才かしら?」とよく聞きに来ます。それは、子供たちが日常では見られない少し違う動きをしていて、子供たちを毎日一番よく観察しているお母さんたちがその差を発見するからです。 Bなつかしい感覚 スペースチューブの中では身体と空間が1対1で対応しているため、どう動くかで空間のかたちが決まり、「お母さんの胎内」のような「なつかしい感覚」がします。そのため、強制されなくても、「ここ」から「向う」へ、 「なつかしい感覚」に誘われて前方に進みたいと、自然に思えます。感情移入することが可能で、「なつかしい感覚」の向こう側に自分が大切にする「記憶」が存在するようにも感じます。そのため、「リハビリにおける新しい歩行訓練」としても有効と言われています。 C意外性 このように、スペースチューブの面白さとは、「見た目では想像できない感覚を体験できるという<意外性>」にあります。「意外性」がスペースチューブの最大の特徴です。「意外性」のないものは硬直してしまった「感覚の扉」を開くことができません。デジタル化が急速に進行する現代の情報社会では、「全身的な身体感覚」を回復させることはそれほど容易ではありません。そのためには、このような「意外性」により「感覚の扉」を開くことが必要なのです。 スペースチューブは、体験者の身体のバランスを奪う空間であるとともに、体験者の身体の動きがスペースチューブ空間の形状を決定するために、体験者に「なつかしい感覚」を与える空間です。 そこでは誰もがやわらかく「姿勢」を崩され、アンバランスの状態からいかにバランスを回復するか、そのやり方が人により大きく異なるため、自分で試みても、見ていても大変に面白いものです。 要は、ムリをせず、与えられた環境のなかに身体を投げ出し同化する人が一番うまく、スペースチューブも左右と下方からのつよい反力により身体に柔軟に対応してきます。 体験者は、「なつかしい感覚」に誘われて空間の先に進み、人間の基本的姿勢である「立つ・坐る・寝る」にまつわるさまざまな流動的姿勢を発生させ、或る時は魚のように、宇宙遊泳のように、胎児のように、未知の生物のように、さまざまな「姿勢」を取って遊ぶことができます。 体験者はスペースチューブの中で、「姿勢」の構築のためには空間からのサポートが不可欠であること、自分らしさの発揮のためには自分らしい「姿勢」を維持する必要があることを、身をもって学習できるのです。 さらに、体験者は、ビデオカメラによって撮影されスペースチューブに投影される自己の映像に、内部から触れることができます。右手に右手を重ね、左手に左手を重ね、外部から見られた自己に内部の自己を重ねていくと、スペースチューブが隔てる内部と外部の境界が溶け、自分が限りなく外部に向って吸収されていくような感覚を体験できます。 それは、癒しの体験に近く、このような感覚の拡張はこの世とあの世を往来するような感覚で、現代人が最も求める感覚の内の一つかも知れません。記憶の中に存在している自分の一番会いたい人が向こうからやって来るような感覚にも似ています。 そして、この様子は外から見ている見学者にとっても奇妙なものです。見学者は初め、体験者をスペースチューブの右側にスポットライトで照らし出される影絵として見ています。次に、体験者がビデオカメラによりスペースチューブの左側に投影されると、リアルな体験者は右側にいると認識していても、つい左側を見てしまいます。 これは脳のいたずらです。脳にとってはリアル(現実)とバーチャル(仮想)の区別は必要なく、情報量の多いものがリアルです。 現在のビデオカメラの精度は高く、人間の目よりも遥かに高い精度で体験者の姿を捕らえます。そのため、脳は躊躇せず、スペースチューブの左に投影される体験者を見るのです。ここに、意識との乖離が生じています。意識はあくまでも、右側の体験者をリアルとみなして右側を見ています。したがって、最後にスペースチューブの中の体験者がバーチャルな自己の映像にリアルな自己を重ねると、見学者は思わず心の中で驚きの声をあげてしまいます。 こうして、体験者と見学者は、脳の即物的な判断と、脳のもう一つの機能である意識の判断が、互いに分裂する場面に出会うことができます。そして、脳の即物的な判断も間違いではなく一つの事実であること、そのためどちらかを選択するのではなく、リアル(影絵〜現実)とバーチャル(映像〜仮想)の両者を分別する必要があることを学ぶことができます。 入場者のための体験型展示です。スペースチューブによる「4つの部屋」を構成し、誰にでも自由に体験していただけます。 @「バランスと姿勢の部屋」〜スペースチューブは擬似的な無重力環境です。身体をゆだねることで、失ったバランス感覚を回復できます。そして、スペースチューブの反力を利用して身体を浮かせ、魚のように、宇宙遊泳のように、胎児のように、未知の生物のように、さまざまな「姿勢」をとって遊べます。 A「闇と光の部屋」〜闇の中でスペースチューブを体験し、全身的な身体感覚に目覚めることができます。また、光の中で、スペースチューブの内と外の境界が溶けて無くなる感覚を味えます。 B「鬼ごっこの部屋」〜スペースチューブの内と外から、相手のバランスを崩し、或いは支えて、遊びます。空間を入れ替わったり、相手と遠ざかったり、新しいコミュニケーションの方法を発見できます。 C「リアルとバーチャルの部屋」〜自分のバーチャルな映像にリアルな自分を重ねて遊びます。重ね方の違いにより、リアルとバーチャルの割合を調節でき、不思議な感覚をつくれます。 会期中、小学生&父兄・中学生・高校生・大学生・大人・高齢者・要リハビリ患者・何らかの障害をもつ人たちより参加者を募集し、講師とともにスペースチューブ体験の面白さについてサイエンスとアートの両面から学習し、最後に@〜Eのいずれかの宇宙ダンスに挑戦していただきます。 @教育版〜新しい科学的センスを養う ○多様な姿勢をつくって遊び、姿勢形成のためにはスペースチューブにからだを委ね、空間からのサポートが必要であることを学ぶ ○自分(バーチャル)に自分(リアル)を重ねて遊ぶ A健康版〜健康開発のための新しい発想を得る ○二足歩行が奪われるぎりぎりの縁(ふち)を探して歩き、ゆっくりと、何度も倒れる ○スペースチューブと一体化し、居心地のいい空間をつくり、揺れ、自分が「身体をもつ存在」として生まれてきていることを心ゆくまで楽しむ B福祉版〜個人の個別的な感覚に覚醒する ○スペースチューブにからだを委ね、少し痛くても、懐かしい感覚や懐かしい記憶が甦る動きを探す ○A点からB点に、ムリして歩くことをやめ、 大切にしたい感覚や記憶が維持される歩き方を探し、それを「自分の歩き方」と定める C表現版〜新しい表現を構成する ○スペースチューブがはずれない限度内で最大の動きをつくり、スペースチューブを自己の「第2の身体」として表現する ○自分の動きがスペースチューブの形状を決定していることを味わい、この幸福感が増幅される自分なりの動き方をつくり、それを自己の「個性的表現」と定める D環境版〜エネルギーを環境から循環させる ○車の運転時にタイヤを通して地面のテクスチャを感じるように、スペースチューブを揺らしてロープを感じ、ロープで支えられているスペースチューブの空間内部の強度を知る ○「個性的表現」がうまく行っている時には、その表現のエネルギーは「自己」ではなく「環境」から来ることを感じ、スペースチューブをもって外部の空間と交信する E宇宙版〜新しい想像力を養う ○スペースチューブの反力を利用して「斜めに立つ姿勢」や「自由に浮遊する姿勢」をつくり、魚・両生類・鳥・サルと感じられる姿勢をつくって遊ぶ ○「宇宙生活」について想像し、「人間の次の姿」、「人間のコミュニケーションの相手」、「人間の行き先」について、自由にイメージする 各都市の東京スペースダンスメンバーによりスペースダンス公演を開催し、スペースチューブ使用の一例として芸術的に提示します。 HOME |