ミッションインポッシブル・・(2003年7月20日)

この日の心配事は天候だけのはずだった。昨日までの天気予報は降水確率70%と厳しい見込みを示していた。

今日は横浜みなと祭りの花火大会である。我々は去年に続き、瑞穂埠頭にある米軍基地ノースベースにて、鑑賞する予定であった。米軍基地は普段関係者以外立ち入り禁止であるが、この花火大会の日は例年一般開放されるのである。いや、「あった」

「天気何とかなったね」
「夏の日差しってわけには行かないけど、待っている間は曇りのほうがいいもんね」
天候は曇りで時々日も指してくる。日頃の行いがいいからではないだろうがともかく天気の長期予報は外れた。唯一の心配事だったはずの天候の問題が解決したことで、参加者の顔には笑みが浮かんでいた。
一方その頃、幹事K氏は一枚の案内ポスターの前で呆然としていた。

困惑の表情を浮かべたK氏は参加者の前に来てこう言った。
「今年から米軍基地には入れなくなってしまった」
案内ポスターには今年は米軍基地の開放はありませんと告知されていた。
「はっ」
「え〜!本当?」
動揺は一瞬で伝播した。
「どうするか」
とたずねても誰も何も言えない。困惑の表情も一瞬で伝播した。

これは予想外の展開であった。例年開放されてきたので今年も当然と思っていた。実は事前に電話案内で確かめようとはしていた。電話案内では確かに、「瑞穂埠頭の一部では鑑賞できません」と案内していた。しかし、その一部というのが特定されていなかったので、基本的に楽天家である幹事はそこが我々の目的地の米軍基地であるとは思っていなかったのだ。
「Kさん、ここで途方にくれていても仕方がないよ。花火が見えそうな場所を探しに行こう」
とO氏が提案した。K氏は、
「そうだね行こう、まだ来る人がいるし、全員で動いても大変だから、みんなはちょっとここで待っていてくれ」
と買ったばかりの帽子をかぶりなおし動き出した。
こうして、K氏とO氏は場所探しという当てのない過酷な旅に出たのであった。

早めの集合時間を設定していたため、時間に余裕はある。とはいえ、30人を超す人数をいつまでも集合場所である東神奈川駅改札口のせまいエリアに待たせておくわけには行かない。時間がたてば鑑賞できるポイントも他の鑑賞者で埋まっていく。
曇り気味の空だが、湿度は大変高い。少し歩くだけで汗がにじんで来る。歩くには過酷な状況である。しかし、もはや否応は言ってられない。考えている間にも時間は刻々とたっていくのだ。

「とりあえず、瑞穂埠頭まで行ってみよう」
とのK氏の提案にO氏は
「そうだね、もしかしたら開いているかもしれないし、入り口付近なら花火も見れるかもしれない」
と同意した。
しかし、それは淡い期待にすぎなかった。瑞穂埠頭のゲートは固く締められ、そして厳重に警備されていた。ゲートの脇には一組だけ席取りをしているグループがいた。
「ここから花火が見れると思う」
とたずねるO氏に対し、K氏は首を横に振りながら答えた。
「見れると思うけど、ここからではとても小さくしか見れないと思うよ。去年は埠頭のかなり先まで行ってみてちょうどいいくらいだったからね。それによく見れるなら席取りしている人が一組なんてことないと思う」

「ちょっとあのバーで話を聞いてみよう」
瑞穂埠頭の米軍基地の入り口脇には、湾に突き出るようにしてアメリカ風のバーが2軒ある。スターダストとポーラスターである。その店のテラスはみなとみらいの夜景が綺麗なことで知られる人気のスポットであった。
「今日は何時からやっているんですか」
「5時からだよ」と店のマスターは愛想良く答えた。
「30人とか入れますか」
「余裕で入れるよ、花火のあとなら」
それでは意味がない。

二人は落胆しながらも、あたりの花火を見れそうな場所を探した。湾には数多くの突堤があるが、その全てが立ち入り禁止である。どうする。二人はふたたび途方にくれた。

「よし、湾沿いに歩いてポートサイド公園へ向かおう。その途中でいい場所があったらそこにしよう」
実は集合場所から場所を探しに出る前に、駅にある駅付近エリア図を見て、あたりをつけておいた場所があったのだ。
しかし、その場所までは歩いて30分近くかかる。たどり着いてもそこから花火が見れる保証はない。すでに場所は鑑賞者で埋まっているかもしれない。ましてや30人を超えるスペースを確保しなくてはならないとなると難題である。
時間が迫っている。ぎりぎりである。考えている暇はない。これが最後のチャンスだ。二人は気力を振り絞り、ふたたび歩き始めた。足はすでに重かったが、みんなが待っていると思うと体は動いてくれた。

途中にある中央卸売市場までたどり着いた。しかし、このあたりは道が入り組んでおり、道に不案内な二人はここで道に迷ってしまった。
「しまった。あと少しのはずなんだが」
「右か左か、どっちだろう」
時間は待ってくれない。悩んでいる暇はない。かと言って、間違った方向へ行くと取り返しのつかない事態に陥る可能性が高い。
「地図があったらなあ、そうだ、駅で待っている仲間に電話で聞いてみよう」
ぎりぎりの選択を迫られると、人は時としてすばらしい能力を発揮する。

正しい道が判明した。二人は最後の力を足に込め、ポートサイド公園へ向かった。
「あっあそこじゃないか」
「そうだ。急ごう。花火見れるかな、まだ場所は空いているかな」
果たして、公園ではすでにかなりの人が場所取りをしていた。しかし、30人のスペースは確保できそうである。
「やった。ここなら大丈夫だ」
「これだけの人がいるなら、花火が見れる場所なはずだしね」
駅で待機している仲間に連絡して場所を教えると、二人は場所取りをしたウッドデッキ上に座り込んだ。もはや立ち上がる気力は残されていなかった。

程なく、仲間は到着し、花火まで宴会モードに入った。
よかった。後は花火が始まるのを待つだけだ。ビールを飲みながら、安堵するK氏から試練はまだ立ち去ってくれてはいなかった。
花火までもう少しというところで、先ほどまでもっていた空が我慢しきれず、雨がぱらつきだしたのだ。花火ではなく傘の花がそこかしこに咲き始めた。このまま雨が本降りになったら花火はどうなるのか。
「チキショー、あと少しなのに、頼む、天気よもってくれ」
と祈るK氏の願いが通じたのか、雨は断続的にぱらつきながらも本降りになることはなく、いつしか止んでいった。ついに試練は去った。

そして19時30分ついに一発目の花火が上がった。歓声も湧き上る。
「よかった。本当によかった」
花火に浮かび上がる仲間の笑顔を見ながらK氏は独り言をぽつんと言った。と同時にそれまでの苦労と疲労が掻き消えたような気がした。

花火に歓声を上げながら仲間は、満足顔で花火を感慨深そうに見つめるK氏とO氏に対してあらためて感謝するのであった。