わびとさび  2001.12.01



絵画には画家特有の画風というものがある。建築もまた然りである。特に今回rekisanで訪れた自由学園明日館を設計したフランク・ロイド・ライトはその典型だ。大谷石のようなライトストーンを使った装飾、その周りに巧妙に配置された木工、微妙なバランス感覚、などなど。戦後すぐ位までの日本の建物には明らかに影響を受けたと思われるものが少なくない。10月に訪れた“たてもの園”にあった前川邸も今回の明日館を意識した建物だった。

さて、今回は“東京歴史散歩の会”一周年記念。思えばなんとなく始まった集まりだったのにはや一年。ここまで順調に来るとはマティ様でも思わなかったに違いない。えっマティ様って誰かって。rekisanに来て誰かに聞いてみて。新しいメンバーも増え、ここまで盛り上がるとは、感謝感激秀樹感激。秀樹は西城秀樹じゃないよ(笑)

冗談はさておき、記念すべき一周年は前述の明日館。設計者のフランク・ロイド・ライトは超有名建築家。だが実はその建物は本国アメリカとカナダ以外には日本にしかない。現存するのはアメリカと日本だけだ。ライトの時代を先取りした先鋭的なデザインは当時アールヌーボー全盛のヨーロッパでは受け入れられなかったのだろうか。裕福ではなかったライトは当時アメリカの建築家の間で流行であったヨーロッパへの留学が出来なかった。それが固定観念に囚われない発想を生んだとおもわれる。日本文化をこよなく愛したライトの建築物を観ていると明らかに浮世絵の影響を受けている。(ライト自身は否定しているけど) 大胆な構図、簡略な表現、微妙なバランス感覚と繊細さ。

メンバーのひとりIさんが明日館を観て畳が思い浮かんだと言ってましたが、“畳”とは思わなかったけれど、私も、ライトは“わびとさびの美的感覚”を理解していたのではなかろうかと思った。わびとさびの建築として私が代表だと思っている桂離宮のたてものたちとライトの建物は感覚的に大変似ている。(残念ながら私は桂離宮を見たことはない、写真で見ただけであるが。来年は是非行きたい。)時代的にライトのデザインがバウハウスに影響を与えていたことは間違いない。すると、バウハウスのブルーノ・タウトと桂離宮の運命的な出会いは必然的な出会いだったことになる。歴史って本当におもしろい!

さて、明日館。明治学院に行った時も思ったが、学校建築っていつの時代のどのような建物も同じような雰囲気を持っている。(もしかして幼少期のトラウマかも? 小さい頃から落ち着きのない子供だった私は、学校時代机に座ってじっとしていなくてはならないのが苦痛だった。いまでもそうだけど…)

しかし、さすがはライト、光が効果的に入る開放的なデザインは自由を感じさせる。なにせ自由学園だからね、ここは。黄色と緑で統一された外観は幾何学的なイメージでモダニズムを演出し、石や木など素材を活かした装飾は派手さがなく、居心地のよさを増幅させる。芸術的価値は認めるけど、見学料400円はちと高いような気が…

あっという間に一周年となったrekisanの記念パーティはrekisanらしく、湯島の居酒屋シンスケである。有名処なだけあり、事前調査で料理がお高いことが判明。これは会費が高くなりそうと思ったら、さすがは居酒屋、料理に比べてお酒は安かった。よかったよかった。

いったいどこが一周年記念パーティだったのか。普段とどこが違うのか皆目検討のつかない単なる飲み会であったとは口が裂けても言いたくないが、とにもかくにも一周年!みなさんありがとう、また来年もよろしくと言うことで次回は忘年会で会いましょう。