筑波山(茨城県)

  つくばさん 標高877m。

 最初に筑波山に登ったのは1990年、その後、2008年、2014年、2016年にも登っている。
 ここで紹介する記録は、2008年の年末の時のものである。  2009年の正月休みは、取り立てて旅行などの計画がないまま休みに入った。 しばらく冬型の気圧配置が続き、関東地方は連日晴天の予報。 家にじっとしているには休みが長いので、 休みに入ってすぐに日帰りでゼフィルスの採卵に出かけた。 しかし、まだ日にちがある。 そこで、日帰りで気軽に登れる山のうちから筑波山を選んで、 2008年の大晦日に出かけることにした。
 1990年の時は、常磐線で土浦駅まで行き、 そこからバスを筑波山口(旧筑波鉄道の筑波駅)まで乗り、 あとはバスの便が良くないので筑波山神社まで歩いた。 神社から上は、御幸ヶ原コースを上り、白雲橋コースを下った。
 それから18年が経ち、東京からの交通手段は大きく変わった。 2005年に「つくばエクスプレス」が開業したからだ。 今回も、行きは迷わず「つくばエクスプレス」を利用し、歩くコースとしてつつじヶ丘から女体山に登り、 御幸ヶ原コースを下りに選んだ。 地図上の赤い線がルートである。
 つくば駅からは、8時発のシャトルバスでつつじヶ丘まで乗った。 大晦日なので、バスはガラガラで、乗客は私を含めて4人だけ。 2人は筑波山神社入り口で降り、 終点のつつじヶ丘まで乗ったのは2人だけだった。 道路もすいていたので、時刻表では50分かかるところを40分でつつじヶ丘についてしまった。 つつじヶ丘のバス停は広い駐車場の中にあり、 周囲は遊園地を思わせる派手な色づかいの施設が取り囲んでいる。 風が強くさすがに寒い。 すぐに歩き始め、登山道に取りつく。 季節のよいときは、大勢の人が歩くのだろう。 登山道は幅広く、露出している岩の表面は、登山者の靴で磨かれている。
 振り返れば、霞ヶ浦の湖面が太陽を反射して輝いている。 やがて樹林帯の中に入ると巨木や巨岩、奇岩が出てくる。 信仰の山らしく、祠も目につく。
 約1時間歩いて、女体山の山頂に着く。 筑波神社の女体山本殿裏手の狭い岩場が、頂上の展望台となっている。 遠く富士山も見えているが、霞んでいて、期待したほど鮮明ではないのは残念だ。 けれどこうやって関東平野を見渡すと、ずいぶん広いという印象を受ける。 写真を撮り、女体山本殿に参拝して、男体山に向かう。
 高さは女体山の877mに対し、男体山は少し低い871mとなっている。
 途中にケーブルカーの山頂駅のある御幸ヶ原を通るが、 観光客はまばらだ。 男体山に登った後、小休止してから御幸ヶ原コースを下ることにする。
 こちらのコースはもっぱら林の中を通るので、展望は得られない。 中腹あたりまでくると、登ってくる人が多くなる。 子供づれの家族も多い。
 11時半、筑波神社拝殿に到着。 境内は静かで、お正月の参拝客を迎える準備をしている。 山頂より風が強く、冷たく感じる。
 東京への帰りは、シャトルバスでつくば駅に出てから、高速バスに乗り、東京駅経由で帰宅した。 大晦日らしく、高速バスの大半の乗客は大きな荷物を持っていて、これから帰省あるいは旅行に出かける様子だった。
 歩行記録  2008/12/31 登り 1h05m

 上記で紹介した登山の6年後の2014年6月14日に、3度目の登山を行った。 ウォーキング仲間と一緒の登山で、筑波山神社から美幸が原コースを登り、 白雲橋コース(地図上の緑の線)を筑波山神社に下山した。 季節が6月で天気を心配したが、幸運にも梅雨の中休みにあたって好天に恵まれた。 大量の汗はかいたけれども、頂上からは関東平野を見渡せて、十分に楽しむことができた。
 土曜日で久しぶりの晴天とあって、登山者が多く、 子供連れの家族や大人数の団体などで山全体が賑やかだった。 特に女体山頂上の狭い岩場では、絶景を楽しもうという人たちで、肩が触れ合うほどの混雑ぶりだった。
 ウォーキングのメンバーで歩くときは、終了の締めはいつもだいたい蕎麦屋さんだ。 今回も筑波山神社周辺で適当な蕎麦屋を探したが見当たらず、結局つくばセンターまで戻ってから 打ち上げを行った。
(この項 2014/6/19記)

 2016年には、再度ウォーキング仲間と筑波山を歩いた。 筆者にとって4回目の筑波山である。 10月末の日曜日で、紅葉には少し早く上空には雲が広がっていたが、行楽客でにぎわっていた。 登りは御幸ヶ原コースを歩き、復路はつつじヶ丘へと下った。 もっとも、この日は私の腰の調子が悪く(軽い腰痛)、登りは何とか歩けたものの、 下りは大事を取って一人だけロープウェイを利用するはめになった。
 というわけで、登山については取り立てて書くこともないので、ここでは、登山から離れて筑波山のことを考察してみよう。
 筑波山は関東平野の東部にポツンとある山で、関東平野の広い範囲から見える。 富士山と並んで古くから信仰の対象となっていたのも当然で、万葉集にも筑波山を歌った歌が取り上げられているし、 百人一首にも陽成院の歌が採用されている。
 だが、その陽成院自身は、当時は辺境であった筑波山を見たことはなかったらしい。 つまり、見たことはなくても、平安京にまで筑波山の名前は広く知られていたことがわかる。
 筑波山は深田百名山にも選ばれている。 標高が900mに満たず、登山の対象としては面白味に欠けるけれども、特徴的な双耳峰の姿は遠くからでも目立ち、 神話の時代から知られていたことが評価のポイントになっている。
 さすがに高層ビルの林立する最近の東京の市街地から筑波山を見るのは難しそうだが、 例えば関東平野の西のはずれの高尾山の上部にある霞台や稲荷山からは、空気が澄んだ日であればはっきりと見える。
 一例として右に載せた写真は、2014年2月16日に稲荷山から撮影したものだ。 前々日の14日は関東地方が大雪で、2日後の16日でも平野部は見渡す限り雪化粧して白っぽくなっている。 おかげで、空気が澄んでいて見通しがよかったのだ。
 中央の目立つ山が筑波山で、その手前にさいたま市の高層ビル群が見えている。 写真の左手、筑波山より低い山は加波山(かばさん)と思われる。
 なお、筑波山と高尾山は、直線距離にして102kmくらい離れている。 参考までに、高尾山からよく見える富士山までの距離は55kmで、筑波山よりはるかに近い。 しかも富士山の標高(3776m)は筑波山(877m)の4倍以上あるから、高尾山から富士山をはっきりと見える日が多くて当然だろう。
(この項、2016/11/7追記)

 弁慶七戻りの大岩。 大地震でもあれば、落っこちそうに思えるけど、 大昔からこのままというのは、それなりに安定しているのだろう。
 以下の写真はすべて2008年の山行時のもので、 PENTAX K10D・DA★16-50mmF2.8ED AL[IF]SDMで撮影。

 山頂近くで振り返ると、寒空の中、霞ヶ浦が太陽を反射して輝いていた。 足元は凍っている部分もあり、日蔭には少しだが、雪も見られた。 数日前に雪が降ったようだ。

 女体山の頂上からの眺め。 右側のピークが男体山。 その手前の鞍部にケーブルカー駅がある。 写真中央左寄りに富士山も見えているのだが、 この写真の倍率でははっきりしない。
 こうやって関東平野を見渡すと、ずいぶん広いという印象を受ける。

 大晦日の筑波山神社境内は、 翌日に迫った元日の準備も終わっている様子で、 人通りも少なく静まり返っていた。

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