まるやまだけ 標高1820m。
丸山岳は、会津地方でももっとも奥まった新潟県に近いところにある山である。
日本二百名山にも三百名山にも入っていないので、
筆者の当面の山行予定には入っていなかった山である。
丸山岳の名前をはっきり意識したのは、
「岳人」の2002年4月号でマイナー12名山という特集記事で紹介されたときであった。
そしてその年の秋に会津朝日岳に登り、10km南にりっぱな山体を横たえた実物の丸山岳を見たとき、その頂に立ってみたいという気持ちが抑えがたくなった。
2年後の2004年に、丸山岳の頂上を踏む機会がやってきた。
登山道がないので、残雪期に縦走するか夏に沢を詰めて頂上に達することになる。
沢を登れば途中でイワナ釣りができるし、頂上一帯の池塘をちりばめた草原を逍遥できるので、選択の余地はなかった。
あとはメンバーである。
数人の山仲間に声をかけたが、
怪我や家庭の都合などで参加できない者が多く、
結局付き合ってくれたのは古くからの山友達であるE君だった。
9月の3連休を利用して山中2泊で登る計画を立てたが、連休をまともに使うと他の登山者や釣り人と顔を合わせる確率が高くなり、せっかくの秘峰も人くさくなる。
そこで連休の始まる1日前に入山することにした。
木曜日の晩、阿佐ヶ谷駅でE君を車に乗せ、関越自動車道を小出に向かう。
小出からは、只見線に沿って只見へとひた走る。
只見駅前の広場に車を止め、車の中で仮眠。
車のシートを倒して横になると間もなく雨が降り出した。
幸先の悪い出だしである。
あたりが明るくなっても降ったり止んだりのはっきりしない天気である。
天気予報によれば、頂上を狙う翌日は天気が回復するはずなので、とりあえず入山することにして大幽沢に向かって車を動かす。
ゲートで入漁料を支払い奥へと進む。
大幽沢入り口に架かる橋は青いペンキに塗られているのですぐにわかった。
車数台分の駐車スペースがある広場に車を止め、朝食のうどんを作って入山の準備をする。
渓流靴を履いて遡行に備える。
相変わらず雨が時折ぱらつくので、雨具は上着だけ着用して出発。
大幽沢橋を渡り、山腹を巻くようにつけられた作業道をたどる。
45分ほどでダムに到着。
ここからは大幽沢の河原歩きとなる。
水量は少なく、水温が高い。
水につかっても冷たくない。
久しぶりに履いた渓流靴を通して足裏に感じる岩の感触が心地よい。
西ノ沢との合流点を過ぎても、おおむね淡々とした渓相の流れが続く。
いよいよ山奥まで入ったと思っていたら、大きなリュックを背負った中年の男女が下山してくるのに出会い、
少々驚く。
連休の前に下山できるとはうらやましい人たちである。
サブウリと呼ばれる左岸の大高巻きを終えると窪ノ沢との出会いで、ここにはいいテント場がある。
すでに昼を回っていたし、天気も芳しくないのでこの日はここにテントを張るのに二人とも異論がなかった。
テントを張り終え、昼食の麺をゆっくりと食べたのち、釣りを試みた。
雨粒が時々落ちてくる空模様なのでカッパをつけて釣り糸を垂らす。
窪ノ沢に糸を垂れるとすぐに、27cmと24cmのイワナがかかった。
これで晩のおかずの品数が増えるはずだった。
しかし夕食時にE君がずいぶん粘ったにもかかわらず雨で濡れた薪に火がつかず、
天然イワナの塩焼きがお預けになってしまったのは誤算だった。
(結局2匹のイワナは家で冷凍になり、冬に我が家を訪れた山仲間に骨酒として振舞われることになる。)
翌朝は高曇り。
濡れたシャツとズボンに履き替えても、冷たいと感じないほど気温は高い。
簡単な行動食を持って丸山岳の往復に出発する。
ヨシノ沢は快適な沢歩きが楽しめる。
登山道を歩く場合、原則として道をはずすことは許されないが、沢登りはその点が自由だ。
自分の責任でルートを選んで歩けるから束縛感がないのが魅力だ。
1046mの二俣が近くなると稜線の一部が見えてくる。
二俣から右手の西俣に入ると、とたんに傾斜が増すとともに水量もどんどん減っていく。
ところどころでトリカブトの青い花が迎えてくれる。
1450m付近の二俣でどちらに進むべきか迷ってしまい、行きつ戻りつしたため1時間以上も時間をロスしてしまった。
結果的には向かって右側の沢を登ってさしたる難場もなく詰め上げることができた。
最後の背丈を越す笹の藪こぎも大したことはなく草原に出られた。
あとは踏跡をたどれば山上の楽園と称えられる丸山岳の頂上部だった。
広い草の原の周囲にはオオシラビソが点在し、景色にアクセントを与えている。
草の中に刻まれた一条の踏み跡は、かって会津朝日岳からの登山道を切り開いたときの傷跡なのだろうか。
この草原の中の道も笹の部分はほぼ野生の状態に戻りつつあり、植生により自然の復元力に大きな違いがあることがわかる。
南側には双耳峰の燧ガ岳が霞んで見え、北側に目を転じれば会津朝日岳がごつごつとした岩肌をまとって周囲を威圧している。
夏の名残りの蝶でも飛んでいないかとあたりを見回しても、目に付くのはトンボばかりだった。
草の上で横になって楽園の雰囲気に浸りたいところだったが、もう昼を過ぎているのでそうもいかない。
一通り周囲の景色を眺めた後、頂上を後にして往路を戻ることにした。
ゆっくり下ったのでテントに帰りついた時には、もうあたりが真っ暗になっていた。
翌19日は下山するだけ。
朝方に小雨が降り、憂鬱な一日が始まるのかと思いきや、やがて青空がのぞいてきて、谷間に明るい日差しがあふれるようになった。
天気によって沢の印象は大きく変わる。
二日前の入山時とは打って変わって光に満ちた沢を、充実感を味わいながらのんびりと下った。
水温は高くても吹き抜ける風はさわやかな秋のもので、肌に心地よかった。
大幽沢橋に戻ると5,6台の車が停めてあり、釣り場として人気がある様子が伺えた。
フライフィッシングの人が多いようだ。
黒谷林道を車で下って山間の田畑が現れてくると、蕎麦の畑が多いことに気がつく。
白い清楚な花が一面に広がっているのを見ると、新そばの季節も近いようだった。
帰りがけに「深沢温泉 むら湯」の赤褐色の湯に使って3日間の汗を流した後、関越自動車道経由で帰京した。
山行記録 2004/09/17〜19
黒谷川にかかる大幽沢橋。
この橋を渡ると大幽沢沿いにつけられた作業用の道がダムまで続いている。
けっこうアップダウンの激しい疲れる道である。
写真は、すべてKONICA MINOLTA DiMAGE A2で撮影した。
窪ノ沢との出会いにある快適なテント場。
天幕2張り分のスペースがある。
最初の晩は我々のテントだけだったが、
丸山岳を往復して帰ってみると、
隣に別のパーティーのテントが張られていた。
このあたりは標高900m。
ということは大幽沢橋から250mしか登っていないことになる。
ヨシノ沢上部、1046mの二俣のすぐ近く。
このあたりは穏やかな渓相が続く。
ヨシノ沢から西俣に入るとすぐに勾配が急になる。
おおむね明るく開けた感じの沢である。
池塘の点在するピークから見た丸山岳頂上。
まさに山上の楽園。
ここは東ノ沢から登った登山者がかならずカメラを構える場所だろう。
ここまでくれば頂上は指呼の距離で、
直線距離にして200〜300mである。
頂上から北側の眺め。
ごつごつした岩肌をまとった会津朝日岳の稜線が横に延びている。
丸山岳がその名のとおり丸い頂を持っているのと対照的に、
すぐ隣の会津朝日岳は急峻な崖に囲まれている。
手前に広がる色づき始めた草の広がりは、秋の田のようにも見える。
西ノ沢との合流点にある大きな苔むした岩の上に誰かが積んだ小ケルンがあった。
人面に似た石をてっぺんに置いてあるので、
お地蔵さんのようにも見える。
周りの白い花はダイモンジソウ。