羅漢寺(大分県中津市) 2011年 1月
羅漢寺(らかんじ)は、大分県中津市本耶馬渓町にある曹洞宗のお寺で、 山号は耆闍崛山(ぎしゃくつせん)。 岩壁に穿たれた洞窟に安置されている五百羅漢で有名。
 筆者はこの1,2年でかなりの数の寺を巡ったが、 中でも羅漢寺はその環境がかなり異色の存在と言える。 一口に寺といっても都会の中にあったり、人里離れた場所だったり、山の中だったりしてまちまちだ。 羅漢寺は山の中にあるのだが、深山というほど山奥ではない。 しかし、険しい崖の途中にあり、しかも岩をえぐったようにして築かれているのが特徴である。 なぜこのような場所が選ばれたのか。興味の尽きない寺である。
 筆者が訪れたのは、2011年の冬だった。 中津駅に降り立ちバスを確認すると、中島というバス停まで行けば 羅漢寺入り口からそれほど遠くないことがわかった。 がらがらのバスに揺られて青の洞門を過ぎたところが中島バス停である。 バス停からは交通量の少ない道をのんびり歩くと、羅漢寺旧参道入り口に着く。 石畳の道が山の中へと続いていて、横に説明板がある。 よく整備されていそうなので、この旧参道を歩いて登ることにする。 杉や桧に囲まれ、途中に石仏があったりして、いかにも昔からの参道らしい雰囲気なのが 好ましい。 しばらく歩くと仁王門に出る。 石造りで、胴体が細くてずぶんと変わった形相の阿形、吽形が門を守っている。 ここからが本格的な登りになる。 まるで登山道のようだが、距離はそう長くない。 やがて頭上に岩が迫ってきて、山門が見えてくる。 岩壁に張り付くようにして建っている。 山門の先には、有名な五百羅漢を安置する無漏窟がある。 おびただしい数の羅漢像が並んでいて壮観でもあるが、多少不気味でもある。 それぞれの羅漢がいろんな表情の顔つきをしているのだ。 無漏窟を出て岩穴を抜けると、本堂が建っている。 戦争中に火災で焼失したのち、1969年に再建された建物だ。 2階に通じる通路は暗くほとんど手探り状態だが、 2階に出ると眼の前には陽光があふれる絶景が待っている。
 2階から下りて本堂を出、崖を回りこむと庭園がある。 昔は、いくつかの建物があったようだが、今は残っていない。
 羅漢寺の拝観を終わって参道を下り、青の洞門まで歩いてみることにした。 禅海上人による青の洞門掘削のかっかけが、羅漢寺への参詣客を無事に通すことで あったのは有名な話である。 このあたりの石は柔らかい凝灰角礫岩であるから、人力でも掘ることが可能だったことがわかる。 とはいえ、常識を越えた企てであったことに変わりはない。
 写真は、RICOH GX200で撮影。


 羅漢寺旧参道入り口
 今はあまり歩かれていない様子だが、 往時をしのぶには静かなよい環境の石畳の道だ。
 少し急な場所では、敷石に刻みが入れてある(写真上)。 滑り止めだろうか。
2011/1/27撮影

 仁王門
 この仁王門と山門は1943年の火災の難を免れた。 仁王門の前には、曼陀羅石が地面に埋め込まれていて、 この石から奥は、聖域とされていたそうである。
 仁王門の上の道は急こう配になる。
2011/1/27撮影

 山門
 岩壁にへばりつくように建てられている。
2011/1/27撮影

 山門をくぐると、五百羅漢が安置されている無漏窟がある。
 柵には無数の奉納されたしゃもじが架けられている。
2011/1/27撮影

 無漏窟から岩をくり抜いた先に本堂がある。 1943年に火災に遭い、1969年に再建されている。 崖の上に建っていながら、脇には池があり鯉が泳いでいる。 入場料を払って内部に入ると、2階まで上がることができる。 建物として独立しているというより、岩と一体となっているようだ。 本堂2階からの眺め。
2011/1/27撮影

 耶馬渓 競秀峰と山国川
 禅海上人は、羅漢寺を訪れる参詣客が安全に競秀峰の断崖を通行できるようにするため、 青の洞門を掘ったと言われる。
2011/1/27撮影

 耶馬渓橋
 青の銅門の少し下流に、アーチが美しい石橋がある。 通称オランダ橋と呼ばれているが、大正時代に造られた橋である。
2011/1/27撮影

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