黒石寺(岩手県奥州市) 2010年 7月
 妙見山黒石寺(こくせきじ)は、8世紀初めに創建されたと伝えられ、東北地方で最も古いとされるお寺だ。 その後、9世紀になって円仁が再興し、天台宗のお寺となった。 名前も蛇紋岩の色に由来する黒石寺に改められたという。
 筆者が訪れたのは、2010年7月の週末。 前日に盛岡に用事があり、一泊した翌日である。 盛岡に出かける前までは天気がはっきりせず、直接帰京するつもりだったが、 当日の朝になって予報を見ると、天気は悪くなさそうだ。 せっかくなので、途中下車してどこかに寄ってみる気になり、 黒石寺が岩手県にあることを思い出した。
 新幹線を水沢江刺駅で途中下車し、ほかに交通手段がないようなので、タクシーで黒石寺に向かった。 たどりついた黒石寺は、思ったほど大きくはないお寺だった。 杉の林の間を本堂に向かって石段を登ると境内を掃除している女性が出迎えてくださった。 前もって駅から電話をしておいたので、すぐに収蔵庫の鍵を開け、 中にある本尊の薬師如来を拝観しながら、その由来やお寺の歴史などを説明していただいた。
 薬師如来坐像は、桂の一木造りだそうだ。 像内に貞観4年(862年)の墨書銘があるというから、平安時代初期にあたる。 如来像を見てまず感じるのは、大きくて量感があり、まことに厳しい表情であること。 パンフレットの説明にあるように、「素豪で雄大」で、見る者に忘れ難い印象を残す像だ。
 次に本堂に通され、中に入ると薄暗い堂内に四天王像が眼に入る。 この4体の像もほかのお寺のものとはずいぶんと違う雰囲気を持っている。 頭部が小さく、下半身ががっしりとしていて、ちょっと変わった体型である。
 本堂から外に出て、本堂の前の狛犬を見ると、前足が非常に長い。 離れてみるとテナガザルのようにも見える。 砂鉄を原料にした鋳鉄製というのも珍しいそうだ。 地元で作られたものらしい。 近くの羽田地区は、鉄器製造が盛んなところだ。
 本尊の阿弥陀如来坐像といい、四天王像といい、とてもユニークで強く印象に 残る姿であった。
 あらためて黒石寺の位置を確認すると、中尊寺は北上川をはさんで南西の方角、直線距離にして 10数kmしか離れていない。 当然北上川からも近いことが考慮されて黒石寺の位置が決められたのだろう。 戦前までは山を越えて歩いて参拝に来る人もいたというお話だったから、 はるばる三陸海岸方面からの徒歩の参詣者もいたのかもしれない。
 平泉の中尊寺と比べると、こちらは華やかさやきらびやかさとは縁がなく、 全体として無骨な印象を受ける。 東北地方らしいと言える。
 お寺を辞するとき、案内してくださった女性からどちらに向かうのかと尋ねられ、 正法寺と答えると、車で送っていただけるという。 水沢江刺駅で確認したとき、勘違いして黒石寺と正法寺が駅から見て同じ方角だとは気がつかず、 帰りのことまで考えていなかった。 正法寺まで車では大した距離ではないが、炎天下に歩いたら上り坂なのでこたえることだろう。 正法寺の門の前でお礼を言って車を降りたとき、案内していただいた女性は住職ではなかったかと思い当った。 確か黒石寺の住職は女性であると読んだ記憶が、突然よみがえったのである。 拝観後に他の宗派のお寺まで車で送っていただくなんて、恐縮しきりである。 正法寺を拝観したあと、拝観券を扱っている女性にこのことを話すと、 黒石寺の住職は積極的にいろんな機会に情報を発信されているということだった。 地元でも知名度の高い女性住職のようである。 黒石寺は、日本三大奇祭の一つに挙げられる蘇民祭が有名だけども、お寺自体もなかなかに魅力のある存在である。
 写真は、「写ルンです」で撮影。 カメラを持ちあわせていなかったので、盛岡駅の売店で「写ルンです」を購入して、撮影した。

 黒石寺を訪問して5年後の2015年、東京国立博物館で「みちのくの仏像」展があり、 黒石寺の薬師如来坐像と再会することができた。 勝常寺(福島)や双林寺(宮城)の薬師如来坐像など東北を代表する仏像と同じ部屋に並んでいたが、 存在感では決して引けを取らない。 それは、チケットやパンフレットに黒石寺の薬師如来坐像の写真が使われていることでも明らかだ。
 5年ぶりに拝観した印象は、2010年のときと基本的に変わらない。 今回は横方向からも像をじっくり見ることができたので、新たに気づいたことがある。 胸と腹部の前方へのせり出し方が他の同種の像と比べて大きいようで、 これが顔の表情とともに全体の峻厳で堂々とした雰囲気を醸し出している一因になっているのではないか、とい点だ。
 それに今は大部分の金箔がはげ落ち、全体に黒っぽい色合いになっていることが、 いっそういかめしさを強調しているように思える。 もし金箔が全面に貼られた状態だったら、受ける印象も変わるかもしれない、と想像しながら拝観した。
 博物館での仏像鑑賞についてひとこと。 仏像を博物館で見ることにいろいろ利点はあるけれども、やはり仏像は本来あるべき場所で拝観するのが基本だろう。 黒石寺の薬師如来坐像の場合、あの静かな杉林に囲まれた境内の中でこそ、仏像を作り、拝んできた人たちの思いをいくらかでも 共有できるのだと思う。
(この項2015/3/10追記)

 1000年以上の歴史がある黒石寺の蘇民祭が、2024年2月の実施で最後となるとなることをテレビのニュースで知った。 全国から多くの参加者を集めていたお祭りだが、その準備にあたる地元の人たちの高齢化と担い手不足が理由として挙げられていた。 伝統のある行事が継続できなくなるのは、寂しいかぎりだ。
(この項2024/2追記)


 本堂の前で一対の狛犬が迎えてくれる。
 カメラを持ってきていなかったので、盛岡駅で買った「写ルンです」で撮影した。
 この「写ルンです」は27枚撮りのため、 デジカメのように気に入ったらいくらでもシャッターを切るというわけにもいかず、 結果的に無難なアングルからの写真しか写っていなかった。
2010/7/31撮影

 近寄ってみる本堂は、質朴としていて華やかさはまるでない。 北国の厳しい気候に晒されてきたせいかもしれない。
 現在の本堂は明治になって再建されたもの。
2010/7/31撮影

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