極楽寺(鎌倉市) 2013年 4月
 極楽寺(ごくらくじ)は、山号を霊鷲山(りょうじゅさん)と称する真言律宗の寺院。 創建は13世紀のことで、開山は北条重時で開山は忍性である。
 忍性は境内に施薬院、療病院などの福祉施設を置くとともに、橋を架けたり 井戸を掘るなど社会事業に力を尽くした人物で、極楽寺坂切通しを最初に開いたとの言い伝えがある。
 私が最初に極楽寺の地名を知ったのは、鎌倉のお寺を巡り始める以前のことで、 松本清張の小説「点と線」によってである。 小説の中では、殺人事件の犯人夫婦の妻が、肺結核のため鎌倉の極楽寺で療養生活を送っているという設定になっている。 別に極楽寺そのものは事件に重要な意味を持っていない。 だが、「極楽寺」というちょっと変わった地名が、治るかどうかわからない病気を抱えて生活し、 殺人事件を計画する犯罪者の住む場所の名前として相応しい、と作者は考えたのだと思う。
 実際に江ノ電の極楽寺駅に降り立つと、今でも静かなところだが、小説では「まだ藁屋根があった」と書かれているから、 1950年代当時は今よりもっと鄙びた場所だったのだろう。
 地名としての極楽寺の元になったと言われる寺のほうの極楽寺だが、本尊の釈迦如来立像の公開は4月7日〜9日に限られていて、 忍性塔の公開は4月8日だけとなっているので、4月8日が拝観の好機となる。 2013年の4月8日は、ちょうど時間の都合がついたので、出かけてみた。 着いたのが昼近くで混雑を心配したが、本尊が安置されている転法輪殿(宝物館)に10人程度の行列ができている程度だった。 頭上にはちょうど「八重一重咲分桜」(北条時宗お手植えとされる)が花をつけていて、待つ時間も苦にならなかった。
 宝物館の中は狭い。 したがって仏像との距離は近いのがいい。 中央に清凉寺式として知られる本尊の釈迦如来立像がある。 なるほど写真で見る清凉寺の像に似ている。 像高は160cmに満たないからそう大きくはない。 両側には、十大弟子像が並んでいて、左端には不動明王坐像が、右端には釈迦如来坐像が安置されている。 この釈迦如来坐像の印が変わっている。 転法輪印なのだが、左手は手首をひねっていて外側を向いている。 つまり、両方の手の平とも左側を向いているのだ。 具体的に文章で表現するには難しいので、実物か写真を見てもらうほかない。
 宝物館の次は、本堂に移動。 ここでも靴を脱いで中に入り、諸仏像を拝観。 中央に不動明王像、左側に文殊菩薩坐像、右奥には忍性像が安置されている。 忍性は多方面に活躍した人物らしくがっしりとした体躯で、意志の強そうな容貌である。
 本堂を出て、次は忍性塔。 いったん境内から出て、住宅街の中の坂道を登るとグランドがあり、その近くに大きな五輪塔(忍性塔)が建っている。
 拝観を終えての印象は、やはり4月8日に来てよかったということ。 多くの仏像が重要文化財に指定されていることからもわかるように、これらの仏像は一見の価値がある。
 なお、境内は写真撮影禁止である。

 2016年の秋に、横浜市の金沢文庫で「忍性菩薩」特別展があり、極楽寺蔵の諸像や文書を見学する機会があった。
 特別展の題名通り、忍性に焦点をあてた展示なので、忍性との関わりが深かった極楽寺からの仏像も多く出陳されていた。 筆者にとって極楽寺の仏像を拝観するのは、2013年に続いて2回目だったが、展示に博物館らしい工夫がされていて、興味深かった。 その時の印象を記しておく。
 まず、清凉寺式釈迦如来立像が2体。 一つは極楽寺、もう一つは称名寺(横浜市)の像。 同じ清凉寺式釈迦如来立像ながら、受ける印象はかなり異なる。 称名寺像は、頭部が大きく面長で前方に突き出ているように見える。 手も大きい。 お顔の表情も含めて、極楽寺像のほうがすっきりとしていて親しみやすく感じた。
 もっとも、2体の像の摸刻にかかわった仏師集団が異なっていたようだから、違いがあって当然なのだが。
 極楽寺からは、両手が複雑な形の転法輪印を結ぶ釈迦如来坐像も来ていた。
 また、十大弟子像も極楽寺と称名寺の両寺から来ていて、これらも印象がだいぶ異なる。 極楽寺の像のほうが、より重々しい感じだ。
 こういう異なる寺院に所属する仏像同士の比較は、個々のお寺の中ではできないし、細部をじっくり鑑賞できるのも博物館ならではなので、 大変興味い企画だった。
(この項、2016/1追記)
 写真は、PENTAX K-5・DA★16-50mmF2.8ED AL[IF]SDMおよびDA50-200mmF4-5.6ED WRで撮影。


 江ノ電の極楽寺駅
 関東の駅百選に選ばれている。
 江ノ電は、海と結びついているイメージがあるが、ここは山間の寒村といった風情だ。
2013/4/08撮影

 茅葺屋根の山門
 幕のミツウロコ紋は、北条氏の家紋でもある。
2013/4/08撮影

 山門
 本尊の釈迦如来立像が公開されるのは4月7日〜9日、忍性塔(五輪塔)が公開されるのは4月8日のみのため、 この日(4月8日)は月曜日にもかかわらず、かなりの数の人が訪れていた。
2013/4/08撮影

[TOP]