江島神社(藤沢市) 2013年 1月

 江島神社(えのしまじんじゃ)は、藤沢市の江ノ島にある。
 江ノ島は、首都圏の行楽地として古くから知られている。 もちろん筆者も子供のころに出かけているが、最近は足が遠のいていた。 2013年になって久しぶりに訪れてみる気になったのは、この年が巳年だからである。 江島神社には弁才天があり、ヘビが弁才天の使いとされている。 しかも江島神社の弁才天は、日本三大弁天の一つに数えられほど有名だ。 ただし、明治以降は神仏分離により、江島神社の主祭神としては、宗像三女神を祀っている。 もともと弁才天は、インド起源の仏教の守護神だからだ。
 訪れたのは1月の晴れた日で、島につながる江ノ島弁天橋からは富士山も見えて眺めがよかった。 さすがに昔から人々を引きつけてきた景勝地だけのことはある。
 島に渡って最初に目につくのは、青銅の鳥居だ。 200年近く前に再建された鳥居で、見るからに年月を感じさせる。 そして、両側に土産物屋さんなどの店が並んでいる参道(弁財天仲見世通り)は、いつも人通りが多い。 いかにも観光地といった光景だが、派手派手しさがなく好ましい。 しばらく坂を歩けば、眼の前が瑞心門だ。 たいていの人はここでまず記念撮影をする。 竜宮城の形をしていて絵になる。
 さらに石段を登れば、辺津宮(へつみや)。 ここは参拝客が多い。 江島神社の中心的存在なのだろう。 ここまでで引き返す人も多い様子だ。
 辺津宮の脇には、八角形の奉安殿(ほうあんでん)がある。 この中にお目当ての弁才天が安置されている。 拝観料150円を払って中に入る。 あまり広くはない部屋に、二体の弁才天像が安置されている。 向かって左側に裸の妙音弁財天、右に八臂弁財天だ。 同じ弁才天像でもずいぶんと違う姿形だ。 どうしてもまず妙音弁財天のほうに視線が行ってしまう。 そして弁才天の使いとされるヘビの置物もある。 意外なのは、巳年にも関わらず拝観者が少ないことだ。 例年と比べて多いのか少ないのかわからないが、辺津宮の行列に対し、こちらは時折人が入ってくる程度である。 有料というのが理由なのか、それとも弁才天の威光にも時代によって浮き沈みがあるのだろうか。
 弁才天のあとは、中津宮、奥津宮を通って島の南側にある岩屋に向かう。 階段がいたるところにあり、歩いているだけで適度な運動になる。 海岸近くまで下りると岩屋は近い。 入場料を払って洞内に入ってみた。 洞窟は2つあり、長い方は奥行き152mというからけっこう長い。奥に入ると、温度が少し高いのがわかる。 係りの人の話では、季節にかかわらず洞内の温度はほとんど一定なのだそうだ。
 こんな細長い洞窟が波の力でできてしまうというのは、昔の人でなくても不思議だ。 神秘性を感じて神社が造られるようになり、源頼朝が戦勝祈願に訪れたというのもうなづける。
 今回ずいぶん久しぶりに江ノ島を歩いたのだが、島の様子は昔と大きくは変わっていない様子で、 ほっとしたというのが感想である。
 写真は、CANON 5D Mark U・EF-24-105mm F4L IS USMで撮影。


 参道の下から見上げると、手前に青銅の鳥居、上方に瑞心門が見える。
2013/1/13撮影

 赤い鳥居越しに見た瑞心門
 鳥居の前に置かれた琵琶は、もちろん弁才天の持ち物である。
2013/1/13撮影
 辺津宮(へつみや)
 江島神社に3カ所あるお宮の一つで、田寸津比賣命(たぎつひめのみこと)を祀っている。 ここでは参拝客が列を作っていた。
 ほかの2つのお宮(中津宮、奥津宮)の参拝客はずっと少ない。
2013/1/13撮影

 奉安殿
 辺津宮の隣にある八角形の建物で、この中に八臂弁財天と妙音弁財天が安置されている。 2つの像は、同じ弁財天像でもまるで姿形が違う。 妙音弁財天のほうは裸で琵琶だけ持っているので、目にした時一瞬ドキリとしてしまう。
 なお、鶴岡八幡宮所蔵の弁才天坐像(鎌倉国宝館で展示)は、同じ裸の像でも着物が着せられている。
2013/1/13撮影
 岩屋から見える海(写真左)
 岩屋とは島の南部にある洞窟で、江島神社発祥の地といわれる。
 岩屋入口でくれるパンフレットの表紙には、広重の浮世絵「相模江ノ嶋岩屋ノ口」が使われている。 それを眺めると、洞窟内にはすでに遊歩道のようなものがあり、茶店らしき小屋が見える。 (上の写真はその部分を拡大)
 江戸時代には多くの物見高い人たちが訪れていた様子がわかって興味深い。
2013/1/13撮影

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