キリシマミドリシジミ飼育 2009年


箱根町産の卵。大きさは直径約1mm。白くてよく目立つ。 この写真には2つ写っているが、この産地では通常1つの休眠芽に1つの卵である。 今回採集した15卵のうち、卵が2個ついていた休眠芽は2つあった。 産み付ける場所は休眠芽の基部で、小枝との隙間などに多いようだ。 天敵からの防御を考えているのかもしれない。
1月1日撮影

 2009年の春、キリシマミドリシジミの飼育に挑戦した。 これはそのときの記録を、日記風に時系列で並べたものである。

 過去にも、箱根にハイキングに行ったついでに数個の卵を見つけて、 飼育しようとしたことがある。 しかし、いろいろな事情で成虫まで育てることができなかった。
 その反省を踏まえて、 2008年末に今度こそは成虫になるまで飼育してやろうという気になった。 それにはある程度の数の卵が必要だ。 全部の卵が孵化するとは考えにくいので、安全を見込んで最低10卵を目標に箱根町に出かけ、 幸い15卵を採集できた。 2008年12月29日のことである。

 次の問題は、冷蔵庫で保管していた卵をいつ取り出すかである。 まず食草の芽吹きの時期に合わせなければならないし、 ほかにも春はなにかと予定がある。
 4月の初め沖縄を旅行して数日留守にしたので、 その直後に卵を冷蔵庫から取り出すことにした。 実際に取り出したのは4月10日である。
 キリシマミドリシジミの孵化は、だらだらと長期間続くことが知られている。 一斉に孵化してもらわないと食草の確保やらの手間が大変だ。 孵化を促進させるため、卵を入れた容器を毎日数時間温めたり、 蝶研出版の「スーパー採卵術」に記載されている温浴法を試みた。

 4月14日に最初の孵化が始まった。 これ以降次々と孵化しだしたが、 やはりだらだらという印象である。 最後(まだわからないけれど)の9卵目と10卵目が孵化したのが、5月1日である。 つまり、最後の孵化は、最初の孵化から19日もかかっている。 (後述するが、本当に最後の卵が孵化したのは5月9日だった)
 おかげで、5月連休中も餌の補充などの世話で、 長期間家を留守にできないでいる。
 食草はどうしているかって? 庭にクヌギはあるが、本来の食草であるアカガシの木はない。 近くの公園にもシラカシやマテバシイの木はあるが、 アカガシはないようだ。

 4月18日に足慣らしがてら箱根を歩いたついでに、 アカガシの新芽と若葉を取ってきて、 庭のクヌギの新芽と合わせて、幼虫に与えている。 アカガシの新芽は冷蔵庫で保管しているが、 それも2週間くらいが限度のようだ。 毎週のように遠出してアカガシを調達するのもおっくうなので、 自然とクヌギの若葉を与えることが多くなっている。 幸い、途中でアカガシから代用食のクヌギに代えても、 幼虫が特に嫌がる様子は見られない。
 庭のクヌギは4月初から芽吹いて、 日に日に葉が大きく延びてくる。 このままでは新芽が足りなくなるのではと心配していたが、 それは今のところ杞憂になりそうだ。 5月に入っても枝の先端から若葉が出ているから。

 5月5日、4月14日に孵化した最初の幼虫が蛹になった。 これで一安心だ。(5/5 記)
 その後、1匹が病気になり、死んでしまった。
 5月1日に孵化した2匹のうち、1匹の姿が行方不明になっている。
この写真は、飼育用のプラスチックケース(通称丸バコ)に、 幼虫を1匹ずつ入れて飼育中の様子。 このときはまだ8匹だった。 蓋の上の紙は、個体を識別するために貼ったポスト・イット。 (4月25日撮影)

 5月9日、飼育中の2匹が無事、蛹になった。  5月9日午後、なんと、放置していた5卵のうちの1卵が孵化した。 こんなに遅く孵化するとは予想外の出来事だ。 幸い、まだ庭のクヌギに新芽がついているので、 これを与えた。 計算上はあと4匹がまだ孵化していないことになる。

 5月11日現在、4匹が蛹になり、4匹が幼虫、1匹は行方不明、 1匹が病死、1匹が蛹化不全で蛹にならず。

 5月12日、新たに1匹が蛹になった。 これで蛹になったのは合計5匹。

 5月14日、さらに1匹が蛹になった。 あと2匹が幼虫で丸バコの中にいる。

 5月21日、幼虫2匹のうち1匹が蛹になり、 残る幼虫は1匹である。

 5月22日、最初の成虫が誕生。 最初に孵化(4月14日)、蛹化(5月5日)した個体が今日羽化した。 メスだった。 2日ほど前から蛹が黒ずみ、羽化が近い様子だったので、 容器ごと真っ暗な場所に移しておいた。 夜に帰宅後覗いてみたら羽化していた。 朝、見たときにはまだ羽化していなかったので、 昼間のうちに羽化したことは間違いない。 暗い場所に置いていたおかげで、あまり飛び回った様子もない。 翅もきれいなようだ。
 これで、飼育も一応成功したようで、ほっと一息といったところ。 あと何頭の成虫が生まれるか楽しみだ。
左の写真は、飼育の食草として使った庭のクヌギ。
このクヌギを山から取ってきて植えたのは、 たしか2000年ごろのことで、 今や大人の背丈ほどもある。
周りの葉は濃い緑になっているが、 枝の先端からはまだ新芽が顔を出している。 最初の新芽が出てから2カ月経っても新芽が出続けるとは、 何年も見ていながら今まで気がつかなかった。 こんなに長く新芽が出続けるなら、 クヌギの葉を餌に使用するかぎり、 孵化する時期に神経質になる必要はないようだ。 (5月24日撮影)


 5月25日(月)夜に帰宅したら、1個体が羽化していた。 オスだった。 4月19日に孵化、5月9日に蛹化した個体だった。
 実はこの日の朝、別の個体が殻の背が割れて、羽化しかけているのに気づいた。 出勤前に1時間ほど見守っていていた。 羽化の瞬間を撮影できると思いカメラも準備していたのだが、 なかなか羽化しないので痺れを切らせて家を出た。 夜、帰宅しても変化がなく、どうやらなにかがうまく働かず、 羽化できずに終わってしまったようだ。

 5月26日、帰宅したら、最後の幼虫がクヌギの葉の上で静止していた。 体長が縮み、色が赤茶色に変わったので、前蛹になったらしい。 これで、餌の補給や糞の掃除など毎日の幼虫の世話から解放されるので、 一息つくことができる。

 5月28日の昼間に、1個体(4月22日孵化、5月12日蛹化)が羽化。オスだった。

 5月30日、さらに1個体(4月24日孵化、5月14日蛹化)が羽化、メスだった。

 5月31日、孵化せずに残っていた卵4個を廃棄。 最後の卵が孵化した5月9日からすでに20日以上が経過。 これから孵化する可能性は低いし、もし孵化しても飼育する気力がないのが理由。

 6月1日現在、5月27日に羽化しそうに見えた蛹がまだ羽化しない。 この個体は羽化に失敗したようだが、なにが原因なのかわからない。

 6月6日、1個体が羽化した。メスだった。 この日はちょうど土曜の休日で、 朝から羽化の瞬間を観察して撮影しようと待ち構えていた。 ところがなかなか羽化しないので、近くにおいたパソコンで作業をしながら、 いつ羽化がはじまってもいいように身構えていた。 そして12時近くになって、蛹を入れたプラスチックケースを振り返って見たら なんともう成虫になって、ケースの内壁に止まっている。 たぶん10分くらい目を離した隙のできごと。 せっかくの羽化の瞬間を見られず残念。

 6月13日、最後の幼虫が羽化しそうな気配だったので、 朝から待機していた。 こんどこそ羽化の瞬間を見逃さないようにと。 だが、今回もちょっと目をそらしていた隙に羽化が始まってしまった。 朝9時ちょっと前のことだ。 しかし直後に気がついたので、 翅が延びる過程は写真に撮ることができた。 それが、左側の3枚の写真である。 ファインダーを覗いているうちにもどんどん翅が延びていった。 実際に飛んだのは、羽化後、一時間くらい経ってからである。
 残念なのは、幼虫がプラスチックケースの内壁に登って翅を伸ばし始めてから 羽化に気がついたので、写真としての背景まで考慮する余裕がなかったことだ。
 この個体が最後の幼虫だったので、羽化の日がちょうど休日の土曜日と重なったのは 幸運だった。 しかも、オスだったので、翅がきらきら輝きながら伸びる過程を見ることができた。 なにしろ、翌日から2週間の海外出張に出かけたので、 もしもう1日羽化が遅かったら、今年はもう観察ができなかったのだから。

 ホームページの更新に間が空き、 羽化の写真を載せるのが遅くなったのは出張で家を空けていたためで、 ようやく7月4日になって更新作業を再開した。

 前述したように、今回飼育の用いた卵は全部で15個、そのうち孵化したのは11個、 最終的に羽化できたのは6個体だった。 オス3個体にメス3個体。
 以下がそのまとめの表である。

キリシマミドリシジミ飼育結果(まとめ)

 幼虫期間は20日前後で、蛹期間はほぼ16日だった。 「原色日本蝶類生態図鑑(V)」(福田晴夫ほか、保育社刊)によると、 幼虫期間は平地の飼育で24〜33日、蛹期は飼育で17〜22日となっている。 これらの数字と比べると、今回は幼虫期間がだいぶ短めで、 蛹期間も少し短めである。 自然状態と違うのは、食草にクヌギを使ったことと、 幼虫と蛹の全期間を室内に置いていたことくらいである。
 成虫の大きさについてはどうだろうか?
 今回飼育した個体を展翅したあと、静岡県愛鷹山山系で以前に採集した成虫数頭と比べてみると、 翅の大きさに差はなかった。
 下の標本写真は、5月25日に羽化した♂の個体である。

 4月18日に孵化した幼虫。 孵化したのち、餌を求めて湿った濾紙の上を動き回っている。 体長は1〜2mm程度。 この撮影後、アカガシの新芽に乗せてあげた。
4月18日撮影

幼虫の色は、赤みを帯びている個体(写真の上部)が多かったが、 中には、緑色の個体(写真の下部)が混じっていることに気がついた。
調べてみると、大倉舜二氏の写真集『ゼフィルス24』にも 2種類の色の幼虫の写真が載っていて、アカガシの新芽の色との関係が 示唆されている。

4月14日に孵化した幼虫は、5月5日にクヌギの葉の上で蛹になった。 体長は約13mm。 左に写っているのは抜け殻。 右上は糞。
5月5日撮影

蛹化後、16日目の5月20日に撮影。 だいぶ色が濃くなっているが、 翌日には全身がもっと濃くというか黒ずんでいた。 羽化したのは、この撮影の2日後の22日で、メスだった。

最初に羽化したキリシマミドリシジミの成虫。 5月22日に羽化したメスの個体。 逃げ出すのが心配で、 プラスチックケースに入れたまま撮影した。
5月22日夜、撮影

最後に羽化した個体。 プラスチックケースの内壁で翅を延ばし始めたところ。
6月13日朝、撮影

上の写真と同じく、最後に羽化した個体。
6月13日朝、撮影

上の写真と同じ個体。 ギラギラと金属のような光沢の翅は、キリシマミドリシジミ♂特有のものだ。 羽化途中のこの写真を含む上の3枚は、時間にして2分ほどの間に撮影している。
6月13日朝、撮影

最後に羽化した個体。 上の写真の10分後、ほぼ翅が伸びきった。 翅を半開きにしてくれたので、前翅の輝く緑色が少しだけ見えている。
6月13日朝撮影

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