遠距離恋愛なんて、考えられない






故郷のアディントン








玄関の扉が強く叩かれるのが分かった
どん、どん、

…煩い


そう思いつつ布団の中から這い出て重い瞼をこじ開け裸足のまま玄関に向かう。

こんな朝に誰だろうか

…いや、その言葉は訂正しよう
ちらりと時計に目を向ければ既に12時を回っているではないか

「どちら様です…か」

扉を開けて日が眩しく目を細めてしまう。
カーテンで部屋を締めっきりだった為日差しがかなり痛い

「よお、元気にしてったか?」

目の前に立つ女性はそう言った。

「………、どちら様?」

目の前の女性は俺の言葉に一瞬硬直したもののいきなり笑い出す。
正直自分の言葉で相手の頭がおかしくなったのかと思いある意味慌てる。

「酷でぇな、親友の顔を忘れるなんてよ」

親友・・・
じっと女性を見る。
女性はその視線を紛らわすかの様に目を四方に泳がす。

「あ、もしかしてユンちゃん?」

「ユン言うなって何度言ったら分かるんだお前っ」

やっぱりだ
昔とあまり変わらないのに自分は何故思い出す事が出来なかったのだろうかと一人考える。
きっと寝起きの所為だ
そうに決まっている。

「はー、お前こんな所に住んでるんだな、しかしカーテンくらい開けろよ」

「いやそれはさっき起きたから…ってユン!?」

考え事をしている間にどうやら部屋の中に入られた様だ。
溜息しか出ない

とりあえず玄関の扉を閉め彼女を見る。

「…汚い部屋で悪かったな」

「いや、そんな程でもねぇぞ。スノウの部屋に比べたらちゃんと整頓してあるし…うわ、CD綺麗にAからZまで揃っているじゃねぇかよ」

「…几帳面で悪かったな」

幸い寝室までは見られていない様で安心する。
だが彼女はみるみるその部屋へと引き寄せられる様に足を進める
思わず俺は彼女より先にその扉まで入れない様にその前に立ち彼女を遠ざける。
その行動を見てか彼女は怪しいとばかりに俺を見て片方の眉を器用に上げる

「なぁ、何かあるのかその部屋」

「いや、ただの寝室。本当にただの寝室」

「なら別に見ても構わないよな?」

そりゃそうだ。
しかし見られる訳にもいかずよくないと首を振り彼女が諦める事を祈るが当の本人は腕を組み目を細めてしまう。

「あ…もしかしてやらしい本とかあるんだろ。大丈夫だって、慣れてるから」

「何で慣れているか逆に疑問なのだが」

そんな疑問を無視して彼女は詰め寄って来る。
背中に扉が当たるのが分かり同時に危険だと自分の脳が訴える
そして彼女の手が素早くドアノブを掴み俺を見て笑う

今更なのだが
この扉、引くじゃなくて
押すだ

勿論その所為で俺は開く扉と共に床に倒れる
間抜けな話だがこれが意外と地味に痛い
頭上ではニヤリと笑う彼女の姿がある。
もう仕方ない

「また此処もカーテン開けてねぇし。…しかもなんか臭う」

痛みを我慢して立ち上がりカーテンと窓を全開にする。
いきなり入ってくる光に目を細め吹き抜ける風に髪と服が揺れる

「…これ」

あぁ見られてしまったか
彼女が見たのは寝室にある描き掛けの油絵達
臭うと言ったのはその独特の油の臭いの所為だ。

そんな中の一つを見て彼女は驚いた様にそれを見た

「もしかして…」

「そうだよお前だよ」

ヲルバ卿の一角で海を眺める彼女の姿
でも少しばかり違うのは彼女の背景

「あそこには…花なんか咲いてねぇぞ」

「前咲かしてやるって意気込んでいたのは誰だよ」

彼女の周りに色とりどりに咲き乱れる無数の花々
まるで一面がお花畑であるかの様に描かれている。

「あそこ出てからどうしてもお前の言葉が頭から離れなくてさ、こんなのになってるのかなって思って」

でもまだ咲いていないんだな
彼女の言葉を聞いて少しばかり残念である。
所詮これは想像にすぎない

「…約束だったよな、そう言えば」

ずっと前俺が卿を出た理由
ただの喧嘩が原因であった。
外の世界がどうしても見てみたくて、それを絵にしてみんなに見せてやりたい
そんな考えで卿を出ようとした。

朝早くこっそり出ようとしたのに
お前だけには見つかってしまった

何処に行くんだよ
あの時の言葉が鮮明に思い出される

「そう言えばあの時お前言ってたよな、綺麗な花をユンが咲かせたら帰って来てやるって」

「ユン、必死に止めようとしてたよな。最終的には怒って家に戻っちゃったけど。思い出しただけで笑える」

「笑うんじゃねえよ」

「でも、まだ俺は帰る事出来ないんだよな」

咲いていないんだろ?花

その言葉に彼女は黙ってしまう
それなのに俺は言葉を続ける。

「それに卿を無断で出た奴は掟を破った事になるから戻れないし。あのじいちゃん怖いよなーホント」

まだ子供の頃だった
掟で子供は卿を出る事は許されない。破った者は誰であろうと帰る事が出来ないのだ

黙ったまま何も言ってくれない彼女に違和感を覚える
浮かない表情の彼女は何処か寂しそうに見えた

「…ユン?」

「お前さ、何で出てったんだよ」

「はっ?」

「…私知ってるんだ、お前が卿を出る時悲しそうに笑ったのを」

「…」

「何でだよ、だったら出なくても良かったんじゃねぇか」

感情をぎりぎりで抑え静かに言う彼女
見ていたのか、てっきり家に帰ったとばかり思い込んでいたのだが

「…ホントは笑って行きたかったんだけどさ、ユンが怒ったからそんな訳にもいかなくなったっていうのがあの時の自分の言い訳。今の自分の言い訳は…」

「何だよ、教えてくれよ」

「…ユンが、好きだったから」

目を見開き俺を見る彼女
驚くのは当たり前だろう
面と向かって言う事に不思議と昔の頃の恥ずかしさなんてなかった

「今更気づいたんだよ、そして今は卿を出た事を後悔している始末だ」

「…好きだったって、今は…?」

何故そんな事を訊くのだろうか
問えど彼女からの言葉はもらえない
言うしかない様だ

「好きだよ、当たり前だろ?」

「当たり前ってお前な…」

「あ、照れてる」

「…なんだよ、せっかく来てやったのに…こんなのあんまりだ」

一人何かを呟く彼女
耳を立ててみればよく彼女の言葉が聴こえる様になる。

「これじゃ私も卿に帰る事出来ないな、ロードの馬鹿の所為で」

「なっ!?何で俺の所為なんだよ」

「絶対遠距離なんて無理だからな私は。よし、ロード帰って来い」

「はぁ!?待てユン、全然話見えない」

「だから…私も好きなんだよお前の事が、喧嘩した事謝りに来たつもりだったのに。これは無い」

思考が一気に停止するのが分かった
何処か恥ずかしげに言う彼女の姿を見て何も考える事が出来なかった
何とか状況を掴もうとして頭をフル回転させる。

「…つまり。あ、もしかしてユン、あの時必死に俺を止めたのって俺が居ないと寂しいから?」

「…さぁ、そうと決まったら引越しの準備するか」

「話逸らしたし」

「安心しろ、私も手伝うから」

そういう問題では無い

ちょっと、やりかえしてやるか

「ほらなにぼーっと立ってんだよ、早く準備に…」

触れるだけのキスをお前に贈る

それだけなのに彼女は驚いたと同時に嬉しそうに笑う

「帰って来てくれるんだろうな」

「あぁ勿論。じいちゃんが怖いけどな」

大人になってから出ていけばよかった
子供の時は色々と掟が厳しいからな

けど、案外破ってよかったかもしれない
とか思う自分がいる

「何笑ってんだよ」

自然とその喜びが顔に出てしまったらしく彼女が首を傾げる

「何でもない」

卿を出た事は後悔しない事にする。

何だか知らないが、色々と嬉しい事があったしな



――――――
幼馴染設定というやつ

じいちゃんはきっと卿長(?)さん的な何かだと思う←



2010.3.1





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