〜 第194回 〜
<2006.9.17 公開>
理想を持つこと |
生きることにしても、仕事にしても、何か目標を立ててしまうと、なんだかちょっと息苦しく感じることがある。 何もなかったらそれはそれで楽かもしれないし、不自由もない。 でも、なにかしら、目標とは言わなくても、理想くらいはもっているものじゃないだろうか。 「それは理想論でしょ?」と話をすぐ切ってしまう人は多い。 ただ話を切ってしまうだけならいいけど、理想そのものを持つことを否定されるのはちょっと頂けない。 ただ、今すぐやらなきゃいけないことをしないで、理想に向けての話をするのは確かに無理がある。 だけど、今後の話をするときに、あるべき理想があるから現実との差が見えて、出来るか出来ないか、理想に近づくためにはどうすれば良いのかって話が出来る。 それでも、理想論を否定して、出来ることだけに目を向けていくっていうのは、安全かもしれないけど、それ以上の変化もない。 目標ってなると、がんばれば手の届くところに設定する感じ。 だけど理想ってのは、手が届かないかもしれないけど、そうありたいって思うことを設定している気がする。 理想があって、目標があって、現実があるってとこ? 目標を立てなくても、理想ってのはやっぱり何かしら持っているんだと思う。 遊んで暮らしたいって理想があって、現実的に実行するだけのお金がなくて、どれだけ働いても理想は夢でしかないと思えばそれまで。 いつまでにいくら貯めたら理想に近づくか、そのためにどうするのがいいかって考えることが目標を立てるってこと? 目標が立てられたら、夢に近づくための実行力があるかないかだけ。 なにが難しいかって、そりゃ実行するってことでしょ。 3年後、5年後目標を立てなさいって言われても、今の状況でいいと思っていれば、考えるのは難しい。 今の現実ってのは、理想とは違うことも多い。 実現が無理だから、今のままでいいってことだろうか。 実現が無理でも理想って何だろう、なにが無理なんだろう、無理なことをのりきるにはどうしたら良いんだろう。 考えるところをもう少し大きく広げたら、ちょっとは考えることがしやすくなる気がするんだけど。。。 それでも目標を立てて生きるっては、ちょっと無理。 目標がうまくいかないと、足枷になって生きるのが苦しくなる。 だけど、理想だけは持っていたい。 今は出来ないけど、こうありたいってどこかで持っていることが大切なんだと思う。 絶対に無理な理想ってのもあるけど、それでも、何かしらの形で近づけているって思えると、毎日が楽しい気がするんだけど。 |
なにもやりたくない |
やらなきゃと思うことがあって、今日はこれをやろうと計画を立てていても、その志はどこへ消えてしまうのか、まったくやる気さえ起こらない。 ここ何週間も休日のたびに襲われている「なにもやりたくない病」。 やらなきゃやらないで、それも結構ストレスだったりする。 頭が物事を考えることすら、拒否しているような気がしている。 パソコンを立ち上げても、文字のひとつも浮かんでこない。 そのうち立ち上げることすら面倒になってしまう。 何かひらめいてもそのときだけで、文章として続かない。 そのうち内容さえも忘れてしまう。。。 今ちょっと仕事が忙しくなってきて、毎日鈍ってきている脳をフル回転させている状態。 わからないことが多くて、見た目ほど気持ちに余裕もない。 あせってみても、進まないことは進まない。 週末くらい休ませてと、体から全て拒否されているのかも。 休みであっても疲れが取れた感じはしてないかもしれない。。。 仕事を離れたら、仕事のことはすっぱり考えないような性格なら、もっと楽なのかな。 だけど、どうしても仕事で引っかかったことは、休みであっても頭の中で思考が行われてしまい、気持ちに余裕がなくなってしまう。 ほかの事を考えたり、楽しそうなことが始まらないかとか、気持ちを切り替えようとしているんだけど、まだまだカバーするほどには成長しない、、、 精神的に疲れてて、休日はなにもしないまま過ごすだけで全てが丸く収まるなら、何もやりたくない状態でいるのも良いかなとちょっと思う。 無理してあれこれ動いて余計に疲れて、体も壊すようになってしまうと、もっと精神的に悪い。 頭がプチっていってしまうと、最悪元には戻らないんだから。 無理しないことが一番だよ、きっと。 |