〜 第167回 〜
<2005.6.5 公開>
経験は強し |
去年生まれた甥っ子は、”はいはい”はまだ出来ないものの、寝返りをうったり、座っていたと思ったらバランス崩して倒れたりをよくしているようだ。 時々、キャビネットやテーブルの足に体をぶつけてはいるものの、今の所は大怪我もなくすくすくと育っている。 テーブルの角で頭をぶつけそうになったら、テーブルに手を当てて直接あたらないように気をつけたりはする。 でも、本当にいいのかなぁってちょっと思ったり。 確かに、当たって怪我をしたら大変。 角が目に当たって失明でもしたら本当にどうしようもない。 だけど。。。軽くこつんと頭が当たるくらいなら、見逃したほうがいいのかなとも思う。 当たって痛いって思ったなら、それも学習。 当たったら痛いから気をつけようって自分から思えるようになったなら、それはOKなんじゃないって思うんだけど。 当たったら痛いから近づいたらダメって言っても、知識としてわかるだけで、行動はなかなかとれない。 経験として自分が身にしみてわかっているなら、頭で考えなくても体が勝手に動いてくれるはず。 仕事でも、知識でだけじゃダメだなあって思うことが未だにある。 業務知識も本やネットでいくらでも得ることは出来るのだけど、実際に現場の作業を見るってことがないと現実とのギャップでつまずくことがある。 一般的にはこのパターンで作業が進むようになっているけど、うちはこの部分を別のやり方でやってますってことはよくある話。 プログラムだって勉強はいくらでも出来るけど、いざ実践って時に使えるものを作ったことがなかったら、逆に足手まといになることもある。 知識はあるに越したことはないけど、使い方を知らなければ何にもならない。 知識も宙に浮いた感じでただひたすら頭に詰め込んでも使えないもの。 状況が変われば使い方も変わってくる。 得た知識の中心部分が本当にわかっていないと応用が利かない。 ちゃんとわかってないとうまく使えないってのに、敬語がある。 なんとなくでは使えているような気がするけど、ポイントがわかってないから間違っていることもある。 でも、使っていくうちに徐々にだけど、わかってくる気がする。 これも、経験が大事なものかも。 小さいうちは怪我することも勉強のひとつ。 怪我する前に予防ばかりするのも、子供の成長ってのを考えると問題かもしれないね。 *2005.6.5 これを書いた数日後、”はいはい”始めちゃったとのこと。 なんか大変かもしれない。。。 |
疲れてます |
数日間、チクチクとした頭痛に悩まされていた。 寝つきが悪くて、体があんまり休めていないからだろうとは思っていたのだけど、脳の血管が切れたりなんてしないよねとちょっと心配にもなったりした。 ここのところは特に、仕事で時間に追われいたり、人との調整ごとが多々合ったり、全身緊張しっぱなし。 昼休みを除いて、ちょっと休憩する間もなく、全力疾走しているような状態。 帰りの電車で熟睡でも出来ればちょっとは楽だったりするんだけど、それすらも出来ないような緊張度。 いつもの自己流リラックス法、本屋さんや雑貨屋さんをちょっとのぞくような余裕すらもなく、いわゆるストレスってものが溜まりっぱなし。 疲れが溜まると、頭痛だけじゃなく、口内炎なんてのも現れてくる。 これが大きくなったり、数が増えると結構痛くて、唯一の休憩タイムの食事時すら、食べることが苦痛になってしまい、かなり憂鬱。。。 口を動かしているのも苦痛だから、甘いものを食べて疲れを取るってことすら出来ないから、疲れなんて消えやしない。 最近見た雑誌の中に笑顔セラピーってのがあった。 疲れていたり憂鬱だったりしても、笑顔を作るようにすれば、脳が幸せだと勘違いしてリラックスできるとか。 本当かなぁとは思うんだけど、職場でこれからって時にトイレの大きな鏡を見て「よしっ!」って気合入れる時には口角も上がっている気がする。 なんとなくその瞬間だけでもすっきりするしね。 簡単に出来ることだから、まぁやってみてもいいんじゃないって感じだろうか。 疲れているときに、無理して体を動かそうとは思わない。 でも、ただじっとしているわけでもない。 なるべく自分が幸せだな、楽しいなって思える状況はなんだろうと考えては出来る範囲で行うようにしている。 他の人がリラックス出来る方法は、必ず自分にもリラックスできるとはいえないらしい。 運動が苦手なのに、リラックス出来るってことだけでいやいや運動するのはちょっと違う気がする。 この休みでやっと疲れが取れたかなと思ったら、また仕事が始まってしまう。 今週はどうなるんだろうかとか思うけど、まぁ、始まってみなきゃわからない。 無理しない範囲でがんばるしかないんだけどね。 |