TOKIのわがまま

〜 第83回 〜

<2001.12.16 公開>

 

出家
出家って、歴史の中、特に平安時代に多かっただけのことだと思っていたところがある。 だけど、俗世間を捨てて宗教につかえることって、仏教に限らず今現在でも行われている。

気持ちとして、俗世間から離れて静かに過ごすと言うのはちょっと引かれるところはある。俗世間、今ある物や関係を捨てることは、そうそう簡単に出来ることではない。 残る時間を宗教を支えに生きていくこと自体、人生の半分も生きていない、まだまだこれからって時に考えることは出来ない。 ただ、難しいことだ思うから余計に憧れてしまう部分もあるのだろう。

今のあたしが出家を考えてしまう時って、なんか辛いことがあったりしてどこかに逃げ道を探している時が多い。 簡単に出家を考えてしまうのはどうかなと思うけど、生きたまま今の状況から逃げるのには、出家が良い感じに思えてしまう。 勢いで出家してしまわないのは、まだ今の世界になくせない大事なものが残っているからだろう。 この大事なものがなくなってしまったらどうなるのかわからない。

実際には、寺に入ってしまうことなく、自宅に居たまま出家する在宅出家と言うものがあるらしい。  周りに惑わされず生きていけるのなら在宅でもいいのだろうけど、なんだか中途半端な気もする。 だけど、本当は自分の信じる道を進むのに、形や場所は関係ない。こんなことにこだわっているなら、出家なんてしない方がいいかもしれない。

宗教は心の支えであって、人生のすべてを決めるものじゃない。 心の逃げ場にはなっても、人生の逃げ場になる場所でもない。 安易に逃げようとするあたしには、やっぱり不届きものかもしれない。
2001.12.16

 

2次会
結婚式の後に2次会が行われるようになったのは何時からなんだろう。 お祝いのついでに、新郎新婦の縁にあやかって、新しい出会いを作る目的もあったかも。 実際に2次会が縁で結婚した人もいる。

2次会もいろんなものがある。 大抵、ちょっとしたゲームとビンゴがついてくる。 基本が似ているからそうそう変なことにはならない。 だけど、幹事さんの段取りとかお店の人の段取りが悪いと、せっかくのお祝いなのに集まった人に不快な思いが残ってしまう。 ただのパーティよりも責任はちょっとは重いかも。

誰もが2次会をするわけじゃない。 見世物になるのが嫌な人もいれば、騒がしいのが嫌な人もいる。 周りが開くものなんだけど、新郎新婦の意志がとりあえず入っている。 一度、レストランのコース料理が順次出てくるお食事会的なものがあった。 これはこれで落ち着いた感じでよかったと思うんだけど。

自分の時にはどうするんだろう。 しなくてもいいと思うんだけど、自分の結婚がいつもはばらばらなみんなが集まれるきっかけになるんだったら開きたいと思う。 みんなが楽しんでくれるのならそれが一番だ。 

で、本当にそういう機会がくるのだろうか?
2001.12.16

 

[History]


http://www.ne.jp/asahi/toki/times/ 
Update : 2001/12/24.