TOKIのわがまま

〜 第70回 〜

<2001.6.10 公開>

 

考えすぎ
いろんな事を考えていると、ときどき出口が分からなくなり、とんでもないとこへ発展していることがある。 ただ、それが良いところにたどり着くこともあるのだけど。

考えすぎで失敗すると厄介なのが、人の思いかもしれない。 習慣的なとこから来る行動に対して先を読み取るのはそんなに外れることはない。 だけど、本当に考えていることなんて超能力がない限り分かり得ない。 だけど、少しの情報で読み取ろうと思うからいろいろ考えて、だけど分からなくなってきて結局外れた対応を取ってしまう。 小さな失敗なら良いけど、小さそうで大きな失敗だと信用をなくしてしまうかも。

考えないことが一番楽なのかもしれない。 なのに、何も考えない状態でいることは難しい。 出した言葉に対して、そのままの意味でとって欲しい時もあれば、ちょっと言葉の裏を読んで欲しいこともある。 どうしたいのかが言葉で分かることもあれば、態度で分かることもある。 分かろうとすると考えることを辞めることが出来ない。

最近では、いろいろ一人で深読みしすぎて、苦しくなってしまう。 ほとんど自滅状態。 別に何てこと無いことなんだけど、なんだかちょっと不安定。 あんまり精神的に疲れているときにはいろいろ考えることは良くない感じ。 悪い方向にしか物事を考えられなくなっている。 こういうときには無の境地でいないと行けないかも。 でもやっぱり、いろいろ考えすぎてしまう。 書いていること自体考えすぎかも。
2001.6.10

 

仕事の知識は?
ソフトウェア開発関連の仕事についている。 世間から見ればコンピュータのエキスパートで、コンピュータのことならなんでも知っている存在かもしれない。

ただ、あたしの会社だけかもしれないが、世間の思い通りの人は社内でも少数である。 親や親戚からして、パソコンのことは何を聞いても知っているはずだという強い思いがある。 もちろん友達関連も同様の意見。 実際のところは、あたし自身そう大した知識はない。 パソコンに関しては素人とそう大差はないだろう。 ただ、他よりも知識を得やすい場所には、いるかもしれない。 

ただ、仕事柄、知りませんでは済まされない部分がある。 「後で調べて見ます」という回答もいいけど、ただ、これが客先であったらものによっては問題かもしれない。 最近では一般でもかなりのスキルをもっている人がいる。 そこに会社の代表として来ている人が何も知らないと言うのは、会社のレベルが思ったほどではないと取られる可能性もある。会社の上のほうでは、こう行った危機感はあまりない様子。 パソコンが普及する前の状態で世間を判断しがちかもしれない。

ソフトウェア開発にもいろいろ分野があるから、期待しているものを知らないからといって何も出来ないとは限らない。 得意分野でどこまで新しい情報を仕入れているかが評価されるところになるとは思う。 世間一般で知られていることは、やはり知っていないといけないとは思うのだけど。

どんな仕事でも、得意分野と不得意分野、専門分野がある。 他だ一概にソフトウェア開発と聞いただけでなんでも知っていると思われるのは辛い。 だけど、知っているものと思われているのなら、それなりになんとかしようと努力するのはちょっと楽しい感じ。 やっぱり知らないことを知ることは自分のためにもなる。

でもやっぱり、期待されるほどおりこうさんじゃないよ...
2001.6.10

 

意識の矯正
ここ数年、簡単に人が殺されて行く。 ただ気に入らないから、バカにされたような気がしたから... 自分を守るためにしては限度を越えている。 自衛手段として、暴力でされる前にやっつけろと言わんばかりに他人を傷つけていく。 だけど死んでしまったら終わりだ。 後悔しても生き帰らない。

自立しているようで、不安定。 しっかりした自分が見えないから、ちょっとした事で動揺してしまう。 その割には周りが見えていないから、迷惑がかかっていてもわからない。 注意されると自分が否定されたような気がして、すごく傷ついてしまうか、逆切れを起こしてしまう。 自分を傷つけるものは悪だから、征伐しても罪悪感はない。 

精神的に不安定なのは、この子たちの問題だけじゃない。 成長に必要なこと、子供同士の遊びの経験だったり、けんかだったりが大人の干渉を過剰に受けた状態でおこなわれているから、自分たちで解決する力が弱くなっている。 おもちゃで人をたたく前に「ダメでしょ」と止められる。 だけど、たたかれる経験がなければ痛さもわからない。 怪我をする前にしないように保護される。 経験をするということでは、マイナスだと思う。 

経験することを押さえられてきたら、経験すること自体が出来なくなってしまう。 分からないことだらけで何するにも常に不安が付きまとう。 おびえた動物は危険なように、不安定な人も時によっては危険になる。 みんな不安なんだよ、自分だけじゃないよとわかったら、ちょっと楽なのに。

このまま行けば、もっと簡単に人が傷つけられて行くだろう。 大きくなってから意識を矯正するのは難しいとは思う。 だけど、可能性がないわけじゃない。 今のうちに手を打たないと大変なことになるかもしれない。 

「ねらわれた学園」にでてくる未来の世界がだんだん近づいてきているのが、少し気になるのは考えすぎなのだろうか。
2001.6.10

 

[History]


http://www.ne.jp/asahi/toki/times/ 
Update : 2001/06/23.