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List . 解説を寄せている文庫本


Index
00 * 書名一覧 - 著者名五十音順・初版発行年月順・出版社別
●   ●   ●
Notes
01 * 久保田万太郎 - 久保田万太郎の文庫本
02 * あの人この人 - 徳川夢声・内田百間・江戸川乱歩・三島由紀夫・有吉佐和子・小泉喜美子の文庫本
03 * すばらしいセリフ - 小山内薫・岡本綺堂・真山青果・木下順二の文庫本
04 * 思い出す顔 - 渡辺保・関容子・巌谷大四・瀬戸内晴美・林えり子の文庫本
05 * 第三の演出者 - ハヤカワ文庫(アガサ・クリスティ、ハリイ・ケメルマン)




00.  戸板康二解説の文庫本・書名一覧

著者名五十音順

● 有吉佐和子『地唄』(新潮文庫、昭和42年11月発行)
● 有吉佐和子『一の糸』(新潮文庫、昭和49年11月発行)
● 巌谷大四『本のひとこと』(福武文庫、昭和61年5月発行)
● 内田百間『百鬼園随筆』(旺文社文庫、昭和55年9月発行)
● 江戸川乱歩『黒蜥蜴』江戸川乱歩推理文庫(講談社、昭和62年9月発行)
● 岡本綺堂『修禅寺物語 他五篇 』(創元文庫、昭和27年8月発行)
● 岡本綺堂『修禅寺物語 正雪の二代目 他四編』(岩波文庫、昭和27年11月初版→1990年3月第6刷)
● 岡本綺堂『修禅寺物語』(角川文庫、昭和29年12月発行)
● 岡本綺堂『青蛙堂鬼談』(角川文庫、昭和36年1月発行)
● 岡本綺堂『修禅寺物語 他四編』(旺文社文庫、昭和42年8月発行)
● 岡本綺堂『半七捕物帳 3』(光文社時代小説文庫、昭和61年5月初版→2001年11月新装版発行)
● 小山内薫『小山内薫戯曲集』(創元文庫、昭和28年7月発行)
● 木下順二『夕鶴・彦一ばなし 他七編』(旺文社文庫、昭和42年1月発行)
● 久保田万太郎『久保田万太郎戯曲集』(角川文庫、昭和28年1月発行)
● 久保田万太郎『市井人・うしろかげ』(角川文庫、昭和28年12月発行)
● 久保田万太郎『火事息子』(中公文庫、昭和50年9月発行)
● 小泉喜美子『血の季節』(文春文庫、昭和61年5月発行)
● 関容子『中村勘三郎楽屋ばなし』(文春文庫、昭和62年12月発行)
● 瀬戸内晴美『恋川』(角川文庫、昭和50年2月発行)
● 瀬戸内晴美『京まんだら』上下(講談社文庫、昭和51年6月発行)
● 瀬戸内晴美『色徳』上下(新潮文庫、昭和52年12月発行)
● 瀬戸内晴美『お蝶夫人』(講談社文庫、昭和52年12月発行)
● 徳川夢声『夢声自伝』上中下(講談社文庫、昭和53年2〜3月発行)
● 林えり子『仮装』(集英社文庫、平成元年5月発行)
● 松本清張『彩色江戸切絵図』(講談社文庫、昭和50年1月発行)
● 松本清張『紅刷り江戸噂』(講談社文庫、昭和50年7月発行)
● 真山青果『玄朴と長英』(岩波文庫、昭和27年5月初版→1993年9月第2刷)
● 三島由紀夫『花ざかりの森』(角川文庫、昭和30年3月発行)
● 村松梢風『残菊物語』(角川文庫、昭和31年4月発行)
● 渡辺保『東州斎写楽』(講談社文庫、1990年7月発行)
● アガサ・クリスティ/加島祥造訳『葬儀を終えて』(ハヤカワ文庫、1976年4月発行)
● ハリイ・ケメルマン/永井淳・深町真理子訳『九マイルは遠すぎる』(ハヤカワ文庫、1976年7月発行)


初版発行年月順
  1. 真山青果『玄朴と長英』(岩波文庫、昭和27年5月初版→1993年9月第2刷)
  2. 岡本綺堂『修禅寺物語 他五篇 』(創元文庫、昭和27年8月発行)
  3. 岡本綺堂『修禅寺物語 正雪の二代目 他四編』(岩波文庫、昭和27年11月初版→1990年3月第6刷)
  4. 久保田万太郎『久保田万太郎戯曲集』(角川文庫、昭和28年1月発行)
  5. 小山内薫『小山内薫戯曲集』(創元文庫、昭和28年7月発行)
  6. 久保田万太郎『市井人・うしろかげ』(角川文庫、昭和28年12月発行)
  7. 岡本綺堂『修禅寺物語』(角川文庫、昭和29年12月発行)
  8. 三島由紀夫『花ざかりの森』(角川文庫、昭和30年3月発行)
  9. 村松梢風『残菊物語』(角川文庫、昭和31年4月発行)
  10. 岡本綺堂『青蛙堂鬼談』(角川文庫、昭和36年1月発行)
  11. 木下順二『夕鶴・彦一ばなし 他七編』(旺文社文庫、昭和42年1月発行)
  12. 岡本綺堂『修禅寺物語 他四編』(旺文社文庫、昭和42年8月発行)
  13. 有吉佐和子『地唄』(新潮文庫、昭和42年11月発行)
  14. 有吉佐和子『一の糸』(新潮文庫、昭和49年11月発行)
  15. 松本清張『彩色江戸切絵図』(昭和50年1月発行)
  16. 瀬戸内晴美『恋川』(角川文庫、昭和50年2月発行)
  17. 松本清張『紅刷り江戸噂』(昭和50年7月発行)
  18. 久保田万太郎『火事息子』(中公文庫、昭和50年9月発行)
  19. 瀬戸内晴美『京まんだら』上下(講談社文庫、昭和51年6月発行)
  20. アガサ・クリスティ/加島祥造訳『葬儀を終えて』(ハヤカワ文庫、1976年4月発行)
  21. ハリイ・ケメルマン/永井淳・深町真理子訳『九マイルは遠すぎる』(ハヤカワ文庫、1976年7月発行)
  22. 瀬戸内晴美『色徳』上下(新潮文庫、昭和52年12月発行)
  23. 瀬戸内晴美『お蝶夫人』(講談社文庫、昭和52年12月発行)
  24. 徳川夢声『夢声自伝』上中下(講談社文庫、昭和53年2〜3月発行)
  25. 内田百間『百鬼園随筆』(旺文社文庫、昭和55年9月発行)
  26. 巌谷大四『本のひとこと』(福武文庫、昭和61年5月発行)
  27. 小泉喜美子『血の季節』(文春文庫、昭和61年5月発行)
  28. 岡本綺堂『半七捕物帳 3』(光文社時代小説文庫、昭和61年5月初版→2001年11月新装版発行)
  29. 江戸川乱歩『黒蜥蜴』江戸川乱歩推理文庫(講談社、昭和62年9月発行)
  30. 関容子『中村勘三郎楽屋ばなし』(文春文庫、昭和62年12月発行)
  31. 林えり子『仮装』(集英社文庫、平成元年5月発行)
  32. 渡辺保『東州斎写楽』(講談社文庫、1990年7月発行)


出版社別

岩波文庫
真山青果『玄朴と長英』(昭和27年5月初版→1993年9月第2刷)
岡本綺堂『修禅寺物語 正雪の二代目 他四編』(昭和27年11月初版→1990年3月第6刷)

創元文庫
岡本綺堂『修禅寺物語 他五篇 』(昭和27年8月発行)
小山内薫『小山内薫戯曲集』(昭和28年7月発行)

角川文庫
久保田万太郎『久保田万太郎戯曲集』(昭和28年1月発行)
久保田万太郎『市井人・うしろかげ』(昭和28年12月発行)
岡本綺堂『修禅寺物語』(昭和29年12月発行)
三島由紀夫『花ざかりの森』(昭和30年3月発行)
村松梢風『残菊物語』(昭和31年4月発行)
岡本綺堂『青蛙堂鬼談』(昭和36年1月発行)
瀬戸内晴美『恋川』(昭和50年2月発行)

旺文社文庫
木下順二『夕鶴・彦一ばなし 他七編』(昭和42年1月発行)
岡本綺堂『修禅寺物語 他四編』(昭和42年8月発行)
内田百間『百鬼園随筆』(昭和55年9月発行)

新潮文庫
有吉佐和子『地唄』(昭和42年11月発行)
有吉佐和子『一の糸』(昭和49年11月発行)
瀬戸内晴美『色徳』上下(昭和52年12月発行)

中公文庫
久保田万太郎『火事息子』(昭和50年9月発行)

講談社文庫
松本清張『彩色江戸切絵図』(昭和50年1月発行)
松本清張『紅刷り江戸噂』(昭和50年7月発行
瀬戸内晴美『京まんだら』上下(昭和51年6月発行)
瀬戸内晴美『お蝶夫人』(昭和52年12月発行)
徳川夢声『夢声自伝』上中下(昭和53年2〜3月発行)
江戸川乱歩『黒蜥蜴』江戸川乱歩推理文庫(昭和62年9月発行)
渡辺保『東州斎写楽』(1990年7月発行)

ハヤカワ文庫
アガサ・クリスティ/加島祥造訳『葬儀を終えて』(1976年4月発行)
ハリイ・ケメルマン/永井淳・深町真理子訳『九マイルは遠すぎる』(1976年7月発行)

福武文庫
巌谷大四『本のひとこと』(昭和61年5月発行)

文春文庫
小泉喜美子『血の季節』(昭和61年5月発行)
関容子『中村勘三郎楽屋ばなし』(昭和62年12月発行)

光文社文庫
岡本綺堂『半七捕物帳 3』光文社時代小説文庫(昭和61年5月初版→2001年11月新装版発行)

集英社文庫
林えり子『仮装』(平成元年5月発行)



    


01.  久保田万太郎

● 久保田万太郎『久保田万太郎戯曲集』(角川文庫、昭和28年1月発行)

久保田万太郎戯曲集

久保田万太郎の文庫本解説は1950年代の角川文庫に始まる。万太郎存命中の文章という点でもなかなか興味深い。4ページのわりと短い文章のなかで万太郎文学について余すことなく解説。万太郎に個人的に親炙したのみならず、離れた目で万太郎文学を深く理解していたことが如実に伺える上に、戸板康二の昭和20年代ならではの文体が美しい。のちに傑作評伝『久保田万太郎』[065/132]を執筆することになる素地がすでに出来上がっている感じがする。「雪」「雨空」「不幸」「短夜」「燈下」「冬ざれ」「螢」「月」「萩すゝき」の計九編を収録。


● 久保田万太郎『市井人・うしろかげ』(角川文庫、昭和28年12月発行)

久保田万太郎戯曲集

『残菊帖』(好学社、昭和26年)の文庫化。「市井人」「うしろかげ」「モデルと作者(その1)」「モデルと作者(その2)」「一トひらぐも」を収録。増田龍雨ものが一冊にまとまっている。


● 久保田万太郎『火事息子』(中公文庫、昭和50年9月発行)

火事息子

万太郎唯一の中公文庫。万太郎の幼馴染み、鰻屋「重箱」の主人をモデルにしている、全編主人公の独白体、言葉のつらなりを追うのが気持ちよい。万太郎の小説はなんといっても言葉、言葉が美しい。一見本文とは関係のなさそうな、少し長めのあとがきが大好き。私小説ともエッセイともつかない、彷徨する文章。この中公文庫は、『火事息子』初読みからだいぶたったあとで、古本屋さんの棚で初めて存在を知った文庫本、ページを繰ると戸板康二の解説! と狂喜乱舞して購入したもの。




02.  あの人この人

● 徳川夢声『夢声自伝』上中下(講談社文庫、昭和53年2〜3月発行)

久保田万太郎とは「いとう句会」仲間の徳川夢声。いとう句会を作ったのは、戸板康二の明治製菓宣伝部勤務時代直属の上司の内田誠、夢声と府立一中で同級生だった人物。彼のもとで二十代の戸板康二は PR 誌「スヰート」の編集に携わっていた。夢声とも「スヰート」を通して知り合う。と、夢声は戸板康二の本がきっかけで初めて興味津々になった人物の代表格。『あの人この人 昭和人物誌』に《この自伝と三國一朗著『徳川夢声の世界』とを併読するとあまり類例のない独特の夢声という人物像が理解できる》とあるのを見て、この文庫に解説を寄せていることを知った。以来、ずっと切望していた本。夢声三十三回忌の2003年春先に、濱田研吾著『職業“雑”の男・徳川夢声百話』(私家版、2003年2月刊行)と連動するようにして入手した文庫本。2冊セットでページを繰って、夢声元年を迎えるという幸福を味わった。



● 内田百間『百鬼園随筆』(旺文社文庫、昭和55年9月発行)

夢声と並んで「スヰート」をきっかけに交流をもつようになった文人として、戸板康二が嬉々と回想する人物の代表格のひとりが内田百間。郵船ビルへ原稿を受け取りに明治製菓から鍛冶橋通りを往復する昭和十年代中頃の戸板康二を思うといつも胸が躍る。それから年月が過ぎ、昭和40年、百間先生の御指名でひさびさに両者は対面、東京ステーションホテルにて対談となった(『残夢三昧』所収)。戸板康二は慶応予科時代の昭和8年、三笠書房『百鬼園随筆』を手にして以来の百間ファンだった。《読者は読み親しみながら、百間と生活を共にし、行動を共にするような気持になる。そう思わせるのは、文章がすばらしいからで、ぼくにとっては、内田百間の随筆こそ、文字どおり、座右の書である。》と戸板康二は書く。この言葉はそのままわたしの戸板康二への接し方を言い表わしているかのよう。とにもかくにも、百間の文章とともに戸板康二の解説を読めるという、なんともぜいたくな1冊。



● 江戸川乱歩『黒蜥蜴』江戸川乱歩推理文庫(講談社、昭和62年9月発行)

巻末エッセイとして、戸板康二が「乱歩さんと私」という一文を寄せている。『あの人この人 昭和人物誌』をはじめとする多くの文章で披露してきた、乱歩との出会いと中村雅楽シリーズ誕生の思い出を心地よさそうに綴っているこの一文は単行本未収録。



● 三島由紀夫『花ざかりの森』(角川文庫、昭和30年3月発行)

三島との交流について綴った文章にしばしば登場するエピソードが、角川文庫の『花ざかりの森』の解説を戸板康二が書いた際に「これは三島氏の若書きであるが」の「若」が誤植で「落」になってしまって、あわてて三島に陳謝したというくだり。なんだかユーモラスでいい感じ。その返信として三島が戸板康二に送った葉書が、『五月のリサイタル』所収の「三島由紀夫断簡」に少し載っている。《その上誤植で、折角「若書き」と書いて下さったのが、「落書き」になっていて、却って真相に近く、大笑いしました。こういう誤植の功もあります》というもの。これに限らず、三島由紀夫の書簡はなかなか感じがよくて愛嬌たっぷりで、そこで見せる三島の顔が結構好きだ。



● 有吉佐和子『地唄』(新潮文庫、昭和42年11月発行)

戸板康二と有吉佐和子は昭和二十年代の三越劇場にて初対面のあいさつを交し、戸板康二の劇評をずっと読んでいたという有吉は戸板に「女戸板康二になろうかと思った」と語ったという。まもなくして、有吉は「演劇界」に「父を語る」という連載の聞き書きの仕事をし、世に出る前から才女ぶりをいかんなく発揮していた。この文庫本は初期の『地唄』『墨』『黒衣』『人形浄瑠璃』の4篇を収録。戸板いわく《当時の作品には、……伝統的な古典芸術を扱った短編が多い。このなかには、若い女の子が老人に会って相手に気に入られるというシチュエーションがいくつかある。これはハッキリ、有吉さん自身を描いているのだった》とのことで、事実「老人キラー」だったという。そして、戸板康二自身も有吉に「目を細め」、有吉を「気に入」っていた「老人」の一人だったといえそうだ。



● 有吉佐和子『一の糸』(新潮文庫、昭和49年11月発行)

この手の小説とはなんとなく距離をおきたいのだったが、戸板康二が解説を書いているので観念してえいっと読んだ。戦後山城少掾とのコンビを解消した四代目清六の奥さんをモデルにした物語。典型的な芸道もの。当時の文楽の空気を味わうという点では、なかなかよいような気がする。渡辺保の『昭和の名人』と合わせて読むとまた違った味わいがある。冒頭、三味線弾きの「一の糸」の音を聴いた瞬間、八重垣姫そのまんまに恋い焦がれるヒロインのさまからしてすごい。全編を覆うある種のコテコテ感は一度読みはじめると止まらなくなるものがある。



● 小泉喜美子『血の季節』(文春文庫、昭和61年5月発行)

戸板康二の推理小説の文庫本解説を何度か書いている小泉喜美子、その懇切な解説が素晴らしい。逆に、戸板康二が解説を寄せている小泉喜美子のミステリ、これはぜひとも読んでみたいと長らく思っていたが、いざ読んでみると、きらめく才能ぶりが素晴らしかった。本格推理とハードボイルド的味わいが混在しているという稀有な仕上がり。なによりも垢抜けしていてかっこいい。東京山の手の暗闇がとてもリアルに感じられた。小泉喜美子の他のミステリも俄然読んでみたくなった。ちょっと惚れてしまった。この小説で扱われている手法に関して、歌舞伎との関連を論じる戸板さんの解説も見事なもの。




03.  すばらしいセリフ

● 真山青果『玄朴と長英』(岩波文庫、昭和27年5月初版→1993年9月第2刷)

初版は1952年。戸板康二による文庫解説としては現在確認している最初期のもの。《綺堂と青果の二人が、歌舞伎の一角に、二代目左團次の地位を確立したといわれる》、上記の岩波文庫の綺堂とセットで、左團次の時代に思いを馳せたい。歌舞伎座で青果劇を見ていていつも思うのは、セリフ劇としての面白さ。「玄朴と長英」「小判拾壱両」「明君行状記」「聞多と春輔」を収録。



● 小山内薫『小山内薫戯曲集』(創元文庫、昭和28年7月発行)

「息子」「亭主」「奈落」「第一の世界」「西山物語」「森有礼」を収録。『新劇史の人々』という著書を書いた戸板康二ならではの文庫解説。


● 岡本綺堂『修禅寺物語 他五篇 』(創元文庫、昭和27年8月発行)

戸板康二は慶應予科時代、『ランプの下にて 明治劇談』(岡倉書房、昭和10年3月)を発売まなしにすぐさま三田の丸善で買ってむさぼるように読んだという。その前年の昭和9年、所属していた歌舞伎研究会の行事にて岡本綺堂の講演を聴いたことで、その顔に接する機会を持った。同時に接した岡鬼太郎と同じくまぎれもない明治の人だったという。中村草田男が「降る雪や明治は遠くなりにけり」と詠んだのはその3年前、昭和6年のことだった。綺堂の『修禅寺物語』の文庫本解説は以下、岩波文庫と旺文社文庫とがあり、三冊とも内容は微妙に異なり、解説の文章もそれぞれ異なる。創元文庫では「修禅寺物語」「室町御所」「尾上伊太八」「鳥辺山心中」「番町皿屋敷」「新宿夜話」を収録。


● 岡本綺堂『修禅寺物語 正雪の二代目 他四編』(岩波文庫、昭和27年11月初版→1990年3月第6刷)

この岩波文庫の初版は1952年。岩波文庫における戸板康二解説は綺堂と下記の真山青果『玄朴と長英』がある。戸板解説の岩波文庫二冊で、ひとまず「新歌舞伎」の時代・気分を味わえるともいえる。岩波文庫では「修禅寺物語」「箕輪の心中」「佐々木高綱」「能因法師」「俳諧師」「正雪の二代目」を収録。



● 岡本綺堂『修禅寺物語 他四編』(旺文社文庫、昭和42年8月発行)

旺文社文庫版『修禅寺物語』も戸板康二の解説。三井永一の装幀が嬉しい。「修禅寺物語」「佐々木高綱」「小栗栖の長兵衛」「俳諧師」「新宿夜話」を収録。戸板康二の解説は懇切、八代目三津五郎、円地文子による文章も収録されていて、充実度の高い文庫本。



● 岡本綺堂『半七捕物帳 3』(光文社時代小説文庫、昭和61年5月初版→2001年11月新装版発行)

戸板康二の生涯にわたっての愛読書だったという『半七捕物帳』。戸板康二の中村雅楽シリーズ、歌舞伎や江戸を題材にした諸々の短篇小説にただよう、綺堂的味わいに注目しよう。『半七捕物帳』は、持っているだけで今後の生活が潤おうような心持ちになる書物のひとつ。折に触れ、読みふけりたい。全6巻のこのシリーズは、初版は1986年、2001年に新装版になった。第三巻の戸板康二の解説もしっかり残っていて嬉しい。現在新刊書店で買える、数少ない戸板康二の解説付き文庫本のひとつ。戸板康二と岡本綺堂、これも見事な組み合わせ。戸板康二の解説は、いつもながら、絶妙に歌舞伎のことを類推させてくれる仕掛けになっている。造本もいい感じ、全巻揃えて何度でも読みふけりたい。



● 木下順二『夕鶴・彦一ばなし 他七編』(旺文社文庫、昭和42年1月発行)

「夕鶴」「彦一ばなし」「おんにょろ盛衰記」「山の背くらべ」「絵姿女房」「瓜子姫とアマンジャク」「女工哀史」「百姓女だよ」「阿詩瑪」を収録。装幀は朝倉摂。木下順二というと、戸板康二の文章、とりわけ『劇場の椅子』所収の文章が鮮烈な印象として心に残っている。




04.  思い出す顔

● 渡辺保『東州斎写楽』(講談社文庫、1990年7月発行)

渡辺保の著書というだけでも見逃せないというのに、戸板康二の解説がついており、さらに菊地信義の装幀、三拍子そろった! という感じで、文庫本の幸、ここにあり、と思う。



● 関容子『中村勘三郎楽屋ばなし』(文春文庫、昭和62年12月発行)

関容子さんが雑誌「短歌」に堀口大学の聞き書きを連載していた際にずっと愛読していた戸板康二、毎号電話で感想を伝えていたという。その連載終了後、戸板康二は「中村屋の聞き書きができたら面白いと思うが……」とよく言っていたという。その「……」に込められた含みをうまくこなして、何度も勘三郎の楽屋に通うこととなって出来上がったのが、この書物。戸板康二が書く通り、話し手の貴重な談話はもちろんのこと、「聞き手自身のいろいろな観察や感想が巧みに綾なしている」もので、関容子ならではの、関容子にしか書けない稀有な1冊。同じく文春文庫で平成14年に出た『芸づくし忠臣蔵』は、戸板康二に紹介されて以来の「長い芝居友だち」である文藝春秋の編集者・関根徹の担当だったとのこと。関容子のすばらしい仕事の背後に戸板康二の存在がさりげなく伺えるのが嬉しい。



● 巌谷大四『本のひとこと』(福武文庫、昭和61年5月発行)

大正4年生まれの卯年の面々が集って時折飲む会が開催されていて、そのときのメンバーが梅崎春生、野間宏、文芸春秋の徳田雅彦、ジャーナリストの頼尊清隆、そして巌谷大四。病気でお酒を禁じられていた梅崎春生が飲む口実を作るべく始まった会で、梅崎の死とともに開かれなくなったという。このメンバーに、徳田秋声、巌谷小波と、二世が揃っていたというのも面白い。やはりまず同年生まれを意識する戸板康二、《岩波文庫が始めて発刊された時、小学6年だった私たちは、その後に迎えた円本時代に毎月配本される全集を、同じような順序で開いたり、今は古典となった「波」「宮本武蔵」「雪国」「春琴抄」といった小説を、発表された時の新聞や雑誌で、目を輝かして詠むという経験を、お互に味わっているわけだ。》と書いている。そんな戸板康二の書物受容や、戸板康二の同時代の出版史にとても興味津々だ。この文庫本はそのヒントを与えてくれるともいえそう。



● 瀬戸内晴美『恋川』(角川文庫、昭和50年2月発行)

『恋川』は文楽の人形遣いに関する小説、だそう。上記の有吉佐和子の『一の糸』とセットで読むべき本なのかも。有吉佐和子、円地文子など、戦後「女流作家」と戸板康二の交流をたどるのもおもしろいかもとかねがね思っている。瀬戸内晴美と戸板康二ははっきりと対面したのは文壇句会が最初、瀬戸内初出席の際、車谷弘が「木山捷平門下の逸材です」と紹介しているのが当時の速記に残っている。句会以前から瀬戸内の評伝を面白く読んでいたとのことで、『かのこ狂乱』の劇化を菊田一夫に提案したのがほかならぬ戸板康二だった。


● 瀬戸内晴美『京まんだら』上下(講談社文庫、昭和51年6月発行)

この本に寄せた解説は、『見た芝居・読んだ本』[122/158]に収録。


● 瀬戸内晴美『色徳』上下(新潮文庫、昭和52年12月発行)

2002年発行の『新潮文庫全作品目録』を立ち読みして調査したところ、戸板康二が解説を寄せている新潮文庫は、上記の有吉2冊と『色徳』の計3冊のみとのこと。



● 瀬戸内晴美『お蝶夫人』(講談社文庫、昭和52年12月発行)

三浦環の生涯を小説化したもの。「ちょっといい話」シリーズのあとに手を染めた人物誌の最初の一冊、『泣きどころ人物誌』で、戸板康二も三浦環を取り上げていることになるのだが、多分に瀬戸内の『お蝶夫人』に刺激されたという面があったのかも。



● 林えり子『仮装』(集英社文庫、平成元年5月発行)

林えり子は自身のプロフィールに戸板康二に「師事」と明記している現在唯一の文筆家。矢野誠一『戸板康二の歳月』には初っぱなから《だいいち先生は弟子をとらない方で》とあるが、「三田文学」戸板康二追悼特集で林えり子は《仕事の面だけではなく、私は物書きとして生きてゆく、いや人間として、どう生きてゆくべきかの多くを、戸板さんから学んだ。》と書いている、そのことを「師事」という言葉で表現しているのだと思う。小泉喜美子が戸板康二の推理小説の文庫本によせた解説とおなじように、『見た芝居・読んだ本』に寄せた林えり子の解説は深い共感と敬愛の念がこもっていて、しかも冴えた戸板康二論にもなっていて、戸板ファンを心地よくさせるのだった。




05.  第三の演出者

● アガサ・クリスティ/加島祥造訳『葬儀を終えて』(ハヤカワ文庫、1976年4月発行)

殿山泰司の『JAMJAM 日記』のなかで戸板さんが殿山泰司ににクリスティの『スリーピング・マーダー』をすすめているくだりがある。これを見て、ハイ!! とハヤカワ文庫のクリスティを買いに行った際に発見したのが、戸板康二の解説付きのクリスティの『葬儀を終えて』。ハイ!! と二冊セットで購入したのだった。



● ハリイ・ケメルマン/永井淳・深町真理子訳『九マイルは遠すぎる』(ハヤカワ文庫、1976年7月発行)

北園克衛の装幀が素敵なケメルマン。「アームチェアディテクティブ」の究極のかたちの本書は、中村雅楽シリーズに通じる点多々ありで、戸板康二の解説云々を抜きにしても見逃せない。この本に出会えたのも戸板康二のおかげ。全編を覆うある種ペダンティックな空気が好き。北園克衛の装幀のケメルマンはあともう二冊、古い方のカバーの『金曜日ラビは寝坊した』『土曜日ラビは幸福だった』があり、見つけたら買おうと思っている。ケメルマンのラビシリーズについては、大岡昇平も『成城だより』で言及していたことだし、たのしみ。

《……北園克衛の余白を意識させてくれた私の原体験であるハヤカワミステリの装幀に立ち返るなら、……当時のシリーズのなかで小説作品として私がもっとも愛したのは、ケメルマンの『九マイルは遠すぎる』だった。装幀者がこの小説のゲラにきちんと目を通していたことは、中央に描かれた編み目のような地図が表題作の地誌を正確に再現している点からしても、疑いようがない。主人公の英文学者ニコラス・ウェイトは、「推論というものは、理屈に合っていても真実でないことがある」(永井淳訳)とうそぶきながら、まことに理屈に合った推論を重ねて、それを現実の事件の真相に、「事実」に一致させてしまう動かない探偵だ。彼の発言の結果の、含み笑いのようにおかしく切ない味わいは表題作全編に散り敷かれているが、じつはこの台詞こそ北園の仕事の本質を衝いているのではないか、と私は思うのだ。》【堀江敏幸 - 「9ポイントは遠すぎる―北園克衛頌」『カバンのなかの月夜』国書刊行会より】




(April 2008)

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