慶長年間(1596〜1614)小形山村の氏神として建御名方富命(たけみなかたとみのみこと)八坂刀売命(やさかとめのみこと)の二柱の神を祀り、その後金井村の桂林寺から弁才天を勧請し池を作って、それを叶が池と呼び、祭礼の前後三日間は対岸の九鬼山より竜が飛来したと伝えられている。
 境内、境外地あわせて約600坪で直径1mにも及ぶような大きな杉の木を始め62本の茂った森であり、子供などそこを通るのが怖がった。明治38年(1905)暴風雨にあい転覆破壊したので仮殿を建てた。
しかし、地域の財力が欠乏し到底本殿を造営するのは覚束なく信徒一同協議して、稲村神社境内に移転し永遠に保存することにした。
 そこで明治43年(1910)1月17日境外地である御料地を土地立木とも代金211円50銭で払い下げ申請をし、3月26日許可になる。次いで、稲村神社に合祀することを出願し、明治44年(1911)6月14日県知事から許可され、8月11日立木、跡地共に稲村神社に無代で払い下げてもらいたいと出願し12月20日許可された。
 大正12年(1913)9月3日稲村神社境内に移転し、9月13日立木を1,100円で売り、稲村神社内建物全部の屋根替え工事をトタン板でし、残額は高川山を買う金の一部とした。
 立木を伐る時、一人の人が木の倒れるれる方向を整えるためロープを引張っていると、突然ロープが体に巻きついて、木が倒れる時投げ出され地面にたたきつけられて即死した。人々は神の祟りと怖れ戦いた。
 その後、遺跡を永遠に保存するため碑を建てることを氏子一同協議し大正9年(1920)9月20日落成した。
その後、住民の要望により、昭和52年(1977)8月8日遺跡である現在地に移した。祭りは4月15日と9月3日で、9月3日の祭りには稲村神社から神輿がここまで御渡する。
 ”
おすわさん”の俗称で、周辺の住民は呼んでいる。

名所・旧跡 小形山発