道路公団の中央自動車道4車線工事によって遺跡が破壊されるので、昭和53年度都留市教育委員会が道路公団第2建設局との受託契約によって発掘調査することを決定し、昭和53年(1978)10月5日より11月16日まで延べ43日間に渡って調査した。
幅10m、長さ180mの範囲に限定されたものであるため、集落の様相を把握するまでには至らなかったが、竪穴住居址6軒、及びピット郡を検出した。
 住居址は奈良末、平安初期(1,200年前頃)で、ピット群については掘立柱遺構の重複したものと思われ時期は不明である。
出土品は、多数の士師器、須恵器と刀子や、鏃(やじり)状の鉄器と、石器で夲(ほん)等の墨書士器も数点出土し、字を読んだり書いたりする人も住んでいたことを知ることができる。
 この発掘により、当時の生活の様相を探る上で貴重な資料を得た。また、各住居址から出土した遺物、特に士師器は当地区における編年表作成に向けての第一歩を踏み出すことを可能にし、中でも甲斐型の坏(つき)・甕(かめ)とは胎土・色調・整形を異にする一群の士器が発見され、地域的特色も明らかに見受けられて「堀之内原type」と命名された。
(標高418m)

名所・旧跡 小形山発