これは禅休道士の墓である。この人は白隠禅師と親交のあった高僧で、冨春寺の法祖といわれる蘭室和尚の徒弟で、豊後のl国犬飼の生まれで、欄室寂後33年間十王堂に住み、安永3年(1774)頃没し、ここに葬られた。
 乳の出ない人が竹の筒に酒を入れて白米と一緒に供えて拝むと、乳の出が良くなり、また出過ぎる人も拝んだその日から適当な量に減ったということで有名になり、遠くは江戸からもお参りする人があり、昭和20年(1945)代までは多くの人がお参りに来た。
 現在三基の墓が並んで建てられ、右から蘭室禅休上座豊后国領犬飼産。□岩禅□道者寛政二戊三月一□日。□□二月三日□□。准獄禅教者と書いてある。二基は離れてあったが昭和55年(1980)ここに並べて建てた。

名所・旧跡 小形山発