山梨県 都留市 小形山にある尾県郷土資料館

イベント 協力会 展示の概要 建物の構造 尾県学校の沿革 資料館の沿革 アクセス 関連サイト


小形山在住:写真愛好家提供 2004/3/ 撮影

概要
 明治10年(1877年)に建てられた藤村式建築の尾県学校。昭和16年3月に廃校となっていた校舎の復元工事が昭和48年に行われ、その後は郷土資料館として開館。昭和50年には山梨県の文化財の指定を受けました。
 館内には、明治時代の教員室、教室、裁縫室が復元されているほか、明治から昭和までの教育に関する貴重な資料 約 2,000 点 が展示されています。イベントなどを支援する資料館・協力会も組織されています。近年は、テレビドラマなどにも登場しています。

開館時間/午前10時〜午後4時。休館日/月・水・金曜日(祝日は開館)祝日の翌日、
12月28日〜1月4日、および館内整理日。
入場料/無料(50名以上の団体の場合は事前に連絡が必要)。
お問合せ 尾県郷土資料館 館長:山本恒男
     電話
0554-45-0675            
   都留市教育委員会
電話 0554-43-1111(代)

尾県学校の沿革
年月 内 容
明治6年9月 小形山・中谷に谷村学校の分校(仮校舎山本八郎兵宅)ができる。
7年9月 小形山・松葉、清水伊右衛門宅に移転。
7年11月 学校建設費として学校へ寄付した人が褒賞される。
8年 学校林から建築用材を切り出し始める。
9年 尾県学校の普請に着手する。
10年4月 谷村学校から独立し、第73番小学校尾形学校と称し現在地に移転する。
10年6月 稲村神社境内の一部を学校用地として払い下げるよう内務省へ願い出る。
11年5月 県令藤村紫朗を迎えて、新校舎の開校式を挙げ、尾県学校と改称する。
20年5月 田野倉の小学校と合併して禾生第二尋常小学校となる。
24年1月 教育勅語を学校に下賜される。
25年5月 田野倉との合併をやめ、再び尾県小学校となる。
26年6月 天皇の御真影を下賜される。
   7月 裁縫室を設ける。
33年 大試験・昇級試験などの試験制度が廃止される。
34年 学校の備品購入費に寄付した人が褒賞される。
37年2月 小学校内に農業補修学校が設置される
40年 義務教育が6年制となる。これにより、今まで2学級であったものが3学級となる。
43年7月 小学校内で、青年会の発会式が行われる。この時、会長は大森謙治校長で、会員は45名。
大正5年 泰安殿が新築される。
9年1月 禾生村小学校の合併問題について有志の協議会が作られ諸条件が付される。
  12月 大森校長の退任にさいして青年団・婦人会は送別会を開催し、感謝状を送る。
12月9月 関東大震災により奉安殿が被害を受ける。村会で村内小学校を統合し、
小形山に分教場を置く案が決定される。
13年2月 小学校統合案については小形山区民大会が開かれ、反対の決議をして村会へ陳情する。
昭和2年 禾生青年団小形山支部が文芸誌「山脈」を発行する。
4年5月 校舎の南隣に運動場の用地を購入し拡充する。
  12月 禾生高等小学校旧校舎の用材を使い校舎が増築される。
11年6月 小学校に手工科が加設される。
12年3月 田野倉・小形山地区の小学校合併問題について協議される。
15年3月 小学校合併問題について協議される。
16年3月 尾県学校廃校となる。
22年6月8日 参考: 現在の6334制が制定される。
45年3月 市有形文化財第1号の指定を受ける。
48年5月 復元工事開始。
48年12月 復元工事が完了し、尾県郷土資料館として開館する。
50年3月 県有形文化財第37号の指定を受ける。
60年5月 資料館内の展示物と、内装の変更作業を開始する。
61年5月 上記の作業を完了し、改装開館する。
平成16年
10月〜12月

保全工事(800万円を投入)がされる。
(2004年)

――――――――――――― 「尾県学校」建設に関わる歴史的背景 ―――――――――――――
 明治5年(1872)学制が発布され、「邑に不学の戸なく、家に不学の人なからしめんことを期す」という有名な文句があるが、学校を造る事が強く求められた。小形山でもこの地方の中心である第1小学谷村学校の分校として山本八郎衛兵宅に明治6年(1873)10月分校を造った。だが、独立した学校を持ちたいという望みは村人に強くあり、何回も会議を開いたが、その当時は「学校は必ず洋風模擬の構造にあらば、その用をなさずと心得候」というようなことで擬洋風建築が強く望まれていたので、非常に経費がかかった。
 そこで、川茂村にも呼びかけて金を集める事にした。その当時は、家に等級がつけられ、収入あるいは財産の多寡によって、10級ぐらいに分かれていた。その等級に従って、寄付の多寡を決め割り当てて徴収したのだが、なにしろそんな多額の金は一度にあるわけがない。
 そこで、多くの人々は自分の持っている田畑を担保にして保証人をつけ、金を借りて学校資金を出した。その結果明治7年(1874)11月24日学校資金を出した者には県から褒賞が与えられ10円以上出した者には木杯が渡された。また、世話掛等も決められ、学校建築の第一歩が始まった。明治8年三の沢の現在学校林と言われている所から村中総出で学校建築のための木を伐り臼木沢から出した。明治9年9月には工事も大分進んで花火を上げて祝った。
 この頃、養蚕も盛んで織物は高値で取り引きされていた。明治10年(1877)4月、念願の学校の独立ができ、第1大学区第45番中学区第73番小学尾県学校として開校した。その時の教場数3、生徒57名内女子1名と書かれている。次いで同11年(1878)5月5日時の県令藤村紫朗を迎えて盛大な開校式を挙げた。
 学校が完成してからも、その経費は地域住民が負担して運営にされた。明治14年(1881)村長事務引継書によると、学校を造るに要した費用は、およそ1,200円と書かれている。現在(1989)の金額にすると1億2,000万円位になる。

―――――――――――――――― 「尾県郷土資料館」の沿革 ――――――――――――――――

 尾県郷土資料館は、明治初期の藤村式と呼ばれる擬洋風建物である尾県学校々舎を活用し、尾県学校を中心に明治期以降の学校と地域についての資料を収集、展示するなど、特色ある資料館づくりをめざしております。本館が活用している、尾県学校々舎は、明治11年5月5日に落成式がおこなわれました。
 明治11年といえば、文明開化の掛け声がやっと聞こえ始めた頃です。この頃に、こうした塔屋付きでバルコニーのある洋風2階建てというハイカラな校舎ができたのです。当時の村人たちは校舎を造るまでの苦労も忘れ、誇らしげな気持ちで一杯だったことでしょう。
 この校舎は、子供たちの授業だけでなく、地域の人々の集会にも利用され、また、青年団の事務室も置かれるなどいわば地域の中心をなしていました。尾県学校が禾生小学校に統合されて廃校となった昭和16年まで、この校舎は、明治・大正・昭和と長い年月の間、何人もの先生を迎え、また数多くの卒業生を送り出してきました。
 尾県学校が廃校になってからもこの校舎は残り、戦後は集会所として利用されるなど、地域の人々のこの建物に対する愛着の深さは変わりませんでした。
このような地域の人々の熱意が実を結び、昭和50年には山梨県の有形文化財に指定されました。この校舎は、昭和50年に約半年にわたる復元工事が行われ、民族資料を中心とした尾県郷土資料館として開館してきましたが、建物にふさわしい展示をめざして、61年5月に教育資料を中心とした展示がえとなりました。展示がえにあたり尽力された、故 井上敏雄 様、ならびに関係各位に深く感謝申し上げます。
   イベント 協力会 展示の概要 建物の構造
村松新聞店の取材による記事
――――――――――――――――――― アクセス ―――――――――――――――――――
 所在 山梨県都留市小形山 1565−1( 稲村神社 南側 )TEL:0554-45-0675
富士急行線 田野倉駅下車 富士急行線 時刻表直進⇒信号左折⇒次の信号(田野倉)右折し
船場橋( 桂川 )を渡り、登り坂直進⇒
大きな石(石塔)が右手にある交差点を左折し
直進⇒右手に森(稲村神社)の境内南側です。駅より徒歩約18分(1,2km)
JR中央線 大月駅下車 中央線 大月駅 時刻表・JR各線)タクシー約10分 \1,800前後
中央道富士吉田線 高速バス小形山バス停新宿西口バスターミナルから小形山バス停下車
中央道沿いに南へ約400m先で森(稲村神社)の境内南側です。
自動車利用の場合
・大月ICより
大月方面 ( R20号 )へ左折し
直進
信号3つ目(大月橋東詰)139号富士吉田方面へ右折し
直進
信号5つ目(田野倉)右折し
船場橋( 桂川 )を渡り登り坂直進
大きな石(石塔)が右手にある交差点を左折し
直進⇒右手に森(稲村神社に隣接して、境内駐車可)が見えます。
大型車は信号(田野倉)を入り約20メートル先で右折し直進信号を左折し
大輪橋( 桂川 )を渡り、登り坂を道なり⇒
大きな石(石塔)が左手にある交差点を右折し
中央道小形山バス停の下に駐車、徒歩で中央道沿いに南へ約500m先の
森(稲村神社)の境内南側です。
・富士吉田方面より 信号(古川渡)次の信号 (大原橋東詰を左折して
直進
信号を右折し道なりに進み丁字路を左折してすぐに右折し左手境内に入る。
大型車は、信号(大原橋東詰) の次信号(田野倉)を左折し 上記よりの道順・・・


 地図サービスを参考にどうぞ グーグル地図

――――――――――――――――――― 関連サイト ―――――――――――――――――――

須玉歴史資料館

 須玉町津金にある明治の木造校舎を郷土資料館に活用。
 展示案内や活動紹介など豊富な内容を提供しております。

都留歴史倶楽部

 城下町都留の特色ある歴史と文化を詳細に紹介。

博物館・美術館情報

 博物館・美術館・資料館など関連情報。

ミュージアム都留

 都留市博物館、館内催事案内。

小形山発 トップ このページトップ