初めて名鉄600V線区を訪れた時のこと。
     新岐阜駅前から、モ510に乗って黒野へと向かっていた。
     市内線から鉄道線に変わる忠節駅で目にしたのが、ク2320&モ700であった。

     「うわぁー!こんなに古い電車が残っているのか!!」と、私は思わず声を上げてしまった。
     ク2320の無骨なスタイルは、丸窓電車よりも、ずっと古い電車のように映ったのである。

     その後、丸窓電車モ510の谷汲線入線を期待して、増発時に谷汲に通うのであるが、
     ク2320&モ700が、お約束のように運用に入ったので、
     がっかりしながら撮影したものだ。
     しかし、今となっては貴重な記録になったと思う。
     (ちなみに、谷汲入線のモ510を撮影したのは、2回だけである。)
    
     それでは、ク2320&モ700の経歴を簡単に紹介してみたい。

     
ク2320は、旧愛知電気鉄道の”電7形”として、大正15年に製造された。
     特急「あさひ号」として活躍し、愛電のスター的存在であった。
     昭和39年に瀬戸線に移籍した際にTc化され、
     白帯塗装が施され、特急運用についていた。
     昭和53年の瀬戸線昇圧により、揖斐・谷汲線に移籍となる。
     平成9年の引退まで、朝・夕の運用や美濃北方-忠節の区間運用、
     そして、谷汲線の増発運用等に活躍していた。
     ク2325・2326・2327の3両のうち、ク2326だけが高運転台化されており異彩を放っていた。
     
     モ700は、初代名古屋鉄道の”デセホ700形”として、昭和2年に日本車輛で製造された。
     揖斐・谷汲入線前は、ク2320と同じく瀬戸線で活躍していた。
     移籍の際に片運転台に改造され、ク2320との併結で運用された。
     平成10年に、モ703・704の2両が引退している。

     
     晩年は脇役的存在の両車ではあったが、揖斐・谷汲線において、数々の名場面を演じてくれた。
     平成9年1月の谷汲雪景色をはじめ、揖斐線での活躍を合わせてご覧下さい。

長瀬-谷汲(上写真)
ク2325運転室(下写真)