【断章:しぐれ】03


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「そらさんっ! お願いしますから、店内を勝手に物色しないでくださいっ!」
「物色、だなんて、失礼ねっ! どうせあなたのことだから、掃除なんてしてないでしょう?」
「失礼なっ! 掃除くらい……」
「あーら、部屋の隅っこに綿ぼこりがたくさんたまっていたわよ? いくら部屋が薄暗くて見えないからって、手を抜いて掃除するなんて、感心しないわ」

 そらさんの妹・ゆきさんが目覚めてからというものの、彼女はほぼ毎日、こうして時雨堂に入り浸るようになってしまいました。僕としては、あまり現実世界の人をここに入れておくことに感心はしなかったのですが……なによりも『彼女』がそらさんのことを気に入ったらしく、毎日、招き入れているようなのです。
 僕は、ここの店主とは言え、雇われている身。雇い主がいい、というのなら、反対することはできません。
 そらさんにとっても、ここにいることは新井のことを探す上で重要な拠点となっている模様ですし、なによりも彼女がいることで、『彼女』の機嫌がすこぶるよいのです。
 そらさんがいると、最近ではあんなに頻繁に紛れ込んできていた闇が、まったく寄ってこなくなったのです。闇が怖い『彼女』にとって、そらさんは魔よけ……というか闇よけ、となっているのですから、喜んで招き入れますよね。
 あんなに人嫌いだった『彼女』が積極的にそらさんを招いているのですから、あの人も不思議な人です。
 僕も基本的には人間は苦手ですけど、あのそらさんはなんというか、型破りというかなんと申しますか。
 彼女がいても、それほど苦痛は感じないのです。
 ……これは、いろんな意味で、困りましたね。

「おや……お客さまがいらしたようですね」
「はーい。奥でおとなしく、しておきまーす」

 そう言って、そらさんは掃除道具を抱え、奥へと消えて行きました。
 彼女がお客さまの前に現れると、あとからいろいろと厄介なのです。
 店の入口の扉がきぃ、と音をさせて開き、ひとりの男が入ってきました。
 さて、今回のお客さまは、どんな悩みを抱えていらっしゃるのでしょうね?

 それにしても、最近はこうして夢の世界に生きたいと思われるお客さまが増えて困りましたね。
 コレクションが増えることは大変喜ばしいのですが……こうも白い札が出て行くと、僕も忙しくて仕方がありません。

 昔より、生き難い世の中になってきてしまったのでしょうかね──?