Sweet darling, Sweet honey


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【写真撮影】



 お屋敷に帰りつくなり、アキはじいを呼び、なにか指示をしている。
「撮影……ですか」
「これだけ部屋があるんだからどこか適当なところ、あるだろう」
「そうですね……。わかりました、応接室を使ってください」
「ああ、あそこなら見栄えするな。あと、シホは?」
「シホですか? 今日は比較的手が空いているはずですが」
「じゃあ、呼んで。ちぃのメイクとセットをお願いしたい」
 ぼーっとしている間にじいとアキはどんどんと話を進めている。
「あの、アキ」
「ん?」
 よほど不安そうな表情をしていたのだろう。アキはわたしの頭をなでて、
「ちぃは心配しなくてもいいよ。部屋で服を決めよう」
「秋孝さま、お写真はミズキでよいですか?」
「ミズキ、つかまるのか?」
 初めて聞く名前に疑問の視線を向ける。
「ミズキがいるのならお願い」
 アキはじいにそう言い残し、わたしを連れて部屋に戻る。
「あー、こんなことならちぃにきちんとした服を用意しておけばよかった」
 とぶつぶつ言いながらクローゼットを物色している。そこに並べられている服のどこがきちんとしていないのか聞きたくなったけど、聞くのが怖くてやめておいた。
「あー、くそっ!」
「あ、あの……。アキ、わたし……自分で服、選ぶよ」
 アキがいらいらしているのに気がついて、そう提案してみた。アキはわたしをちらりと見て、
「じゃあ、洋服はちぃの好みで決めて。俺、今からちょっと別の部屋に行くけどすぐに戻るから、俺が戻るまで部屋にいて」
 と意味深な言葉を残し、部屋を出て行った。
 このお屋敷に来て半年が過ぎようとしているけど、そういえばこのお屋敷のこともアキのことも高屋の家のことも……なにも知らない。彼方との勉強の日々が楽しかったからあまり考えなかったけど、それだけいながら、本当になにも知らない。このままでいいのかな……ふとそんな疑問がよぎる。だけどそれは考えても仕方がないことだったので、少しづつでもアキやじい、深町に聞いていこうと思った。
 知らないことは罪なのだ……そんなこと、知らなかった。
 このとき初めて、クローゼットを端から端までじっくり見た。こんな服が入っていたのか、と驚くことばかり。気がついたら増えている服。基本的にはシンプルなデザインが好きなんだけど、大人っぽい服からかわいい服までいろいろここには入っているけど、ごてごてしたものはなかった。これって……アキの趣味?
 今からやろうと思っていることって、さっき奈津美さんと蓮さんにお願いされていたマスコミ向けの写真撮影の服なんだよね? それなら……高校生の私服らしい服がいいんだよね?
 ブラウスとベストとひざ丈のスカートを取りだした。少し制服っぽいけどこういうのが高校生っぽいんだよね? それか……こっちの少しお嬢さま系のかわいい服? もっとカジュアルっぽいのがいいのかなぁ? どれがいいのか決めかねて、三パターンほど用意した。
 それを決めてもアキはまだ戻ってこなかったから、もっとゆっくりとクローゼットを見ていた。ここに並んでいる服、毎日着てもシーズン中に全部着られないんじゃないかというくらい入っている。
 これだけで総額いくらなんだろう、と思ったら……TAKAYAグループってすごいんだ、と気が遠くなった。こんなすごい人がわたしの彼氏?なんだかとても遠い人に感じた。
「ちぃ、お待たせ」
 そう言ってアキは細長い箱を二つとその上にこまごまとした箱を乗せて戻ってきた。
「お帰りなさい」
 わたしの言葉にアキはうれしそうに目を細めた。
「ああ、お帰りなさいって言われるの、なんかいいな」
 そう言われるとなんだか照れくさい。
「どれがいいのかわからなくて、何種類か考えてみたんだけど」
 あの後、もう一パターン増やしてみた。ボーイッシュな感じの服もいいかな、と思って選んでみたんだけど、普段着ないから、浮いちゃうかな? アキはわたしが選んだ服を見て、
「全部着ればいいじゃないか」
 とあっさり言う。
「靴と小物もこれに合うの選んで」
 と言われたのでそれぞれに合うものを探し出して用意した。アキはその間に内線でどこかに連絡をしていた。わたしが選び終わったくらいのタイミングでドアがノックされ、アキが返事をしてくれた。ドアが開いて、何人かのこのお屋敷のお手伝いさんが入ってきた。
「この箱とあそこの服、応接室に運んでくれないか」
 アキの指示にお手伝いさんたちは箱と服を持って出て行った。
「さて、いくか」
 アキはわたしの手を握って、応接室へと連れて行ってくれた。初めて踏み入れる応接室は、ものすごく広くて……びっくりした。わたしはまだこのお屋敷は自分の部屋とアキの部屋、玄関横の部屋と食堂くらいしか行ったことがない。どれだけわたし、自室に引きこもりなんだろう……。他の部屋と比較できないけれど、わたしが知っているこのお屋敷、和風造りだと思っていたけど、この応接室は床はフローリング、だんろがあっていわゆる応接セットがその前に置かれていて、天井にはシャンデリアがきらめいていた。
「着替えは隣の部屋でしようか」
 そう言ってアキはわたしの手を引いて、いったん応接室を出る。
 隣の部屋に入ると、そこには先ほどわたしの部屋から持ち込まれた服が置かれていて、シホさんが待っていた。
「こんにちは」
 シホさんを見つけて、見知った顔に少しほっとした。シホさんはにっこりとほほ笑み、
「またご指名、ありがとうございます」
 アキにどれでもいいから着替えるように言われて、高校生っぽいブラウスとベストとスカートのセットに着替える。アキはシホさんと打ち合わせをしている。着替え終わったのを確認して、シホさんはわたしの元へ来る。
「おさげにしましょうか」
 くしを取り出してシホさんはするするとわたしの髪を編んでいく。あっという間に三つ編みにされ、全身が映る鏡の前に立つと、それだけでもう別人のように見える。
「化粧もちょっとしましょうか。その方がカメラ映えしますし」
 ファンデーションを薄く施され、色つきリップを塗られた。シホさんは微笑んで仕上がりを確認している。準備の終わったわたしをアキは隣の部屋に連れて行ってくれた。
 隣の部屋につくと、さっきまで準備されていなかったのにすでに撮影できるようにスタンバイされていた。
「秋孝、久しぶりね」
 黒いパンツに白のシャツの袖をまくり、首からごっつい一眼レフカメラをぶら下げた長身の女の人がにっこり笑って近寄ってきた。
「ミズキ、帰ってきてたのか」
「うん、今日はたまたまね」
 さっきじいと話していたミズキさんって、女の人だったんだ。
「ミズキです、ここの不良カメラマン」
「あ、こんにちは。智鶴です」
 わたしはぺこり、とお辞儀した。
「秋孝、婚約者って聞いてたけど……相当若くない?」
 今の格好もだけど、アキからしたら十歳も年が下だもんね。そう言われても仕方がない。
「それよりもミズキ、おまえもいい加減その男遊び、やめろよ」
「あ、話逸らしたな。そういうこというと、こうするぞ!」
 ミズキさんはそう言うなり、アキの顎を掴んで躊躇なくその唇にキスをする。
 え……。驚いて、目を見開いた。
 アキはびっくりはしているものの、ミズキさんに掴まれた顎を振り払うことなく、その行為を受け入れている。
 ミズキさんはかなりの長身のようで、アキと並んでもそれほど背の高さが変わらない。それよりも……長身のミズキさんとアキとそうやって並んでそんなことをしていると普通の恋人同士のように見えて、わたしの胸は遅れてずきん、と痛む。
 アキはようやく事態を把握したのか、ミズキさんを振り払い、怒鳴り始めた。アキがなにを言っているのか、わたしの耳に入ってこなかった。
「あー、悪かった。いつもの癖で」
 ミズキさんはまったく悪びれた様子もなく、アキにそう言っている。
「それより、撮影するよ」
 こんな最悪な気持ちのままで撮影なんてできるんだろうか。
 沈んだ気持ちのまま、わたしはミズキさんに指示された場所に立った。
「とりあえず普通に立って」
 わたしは言われた場所で普通に立った。パシャ、とフラッシュが焚かれ、写真を撮られる。二・三枚撮った後、ミズキさんがまたわたしに指示をだす。わたしは言われるまま、ポーズを取る。次第にわたしは、さっきの出来事を忘れてしまった。ミズキさんの言われるまま、わたしは必死でポーズを取る。服を変えて、撮影してもらう。
「秋孝、あそこの庭、解放してくれない?」
「あそこは……わかった。ちぃ、隣の部屋に行ってシホに着物を着せてもらってきて」
 アキの言葉にわたしはうなずきもせず、目線も合わせず部屋を出る。アキが悪いんじゃないけど……なんだかアキの顔を見ることができない。
「シホさん、着物を着せてください」
 着物なんてあるんだろうか? と思ったけど、シホさんはわかっているようですでに着物を準備していた。着物用のハンガーにかけられている着物を見て、わたしはほぉ、と息をついた。黒い地に色鮮やかな牡丹が描かれた着物。
「この着物、すごい素敵よ」
 シホさんはにっこり微笑んでわたしを見る。着ていた服を脱いで、渡された着物用の下着をどうにか自分でつける。シホさん、着物の着付けもできるんだ。すごいなぁ。シホさんはわたしに着物を着せて、帯もかわいくしめて、化粧も着物用に変えてくれて、髪もアップにしてセットしてくれた。
「はい、できましたよ」
 姿鏡に映った自分を見て……だれかわからなかった。ちょっとママに似ているけどパパにも似ている。
「ありがとうございます」
 わたしはシホさんにお礼を言って、部屋を出た。部屋の外にはアキではなくてじいが待っていてくれた。
「秋孝さまはミズキと一緒にお部屋の横のお庭に先に行かれています」
 そういえばあそこ、アキとわたししか開けて入れなかったんだ。先に行ってしまったアキにまたずきんと心が痛んだけど、仕方がない。
 じいの案内で部屋にたどりつき、わたしは鍵を取り出してあの庭にでる鍵でドアを開けた。
 アキはわたしを見るなりはっとした表情をして、次の瞬間、なぜか顔を真っ赤にしていた。
「智鶴ちゃん、きれいね」
 ミズキさんの言葉には言葉の意味とは裏腹にその声音に刺が含まれていて、わたしは首をかしげる。
「そこに立ってくれる?」
 先ほどと同じように淡々とミズキさんは指示を出してくる。指示に従い、ポーズを取る。ミズキさんは何枚か写真を撮ったあと、
「オッケー。智鶴ちゃん、いいわよ」
 ミズキさんはにこりともせず、カメラを片づけ始めた。
「秋孝、それぞれ二カットずつでいい?」
「そこはミズキに任せる。よさそうなのを選んで、ネガと一緒にここにバイク便ででも明日の朝までに届けておいてくれないか? 経費は俺に全部回して」
 アキはジャケットの内ポケットから手帳と名刺入れを取り出して名刺を見ながら手帳になにか書き、ミズキさんに手渡していた。
「差出人の住所と氏名はだれにするの?」
「あー。俺の会社の住所と俺名義で」
「わかったわ。現像したの、後で秋孝の部屋に持って行くわ」
「よろしく」
 アキはミズキさんの片づけを手伝っているようだった。わたしはどうすればいいのか悩んで、部屋に戻ることにした。着なれない着物と短時間だったとはいえ、慣れない撮影で疲れていた。あとは……アキが自分以外の女の人と仲良くしているのを見るのが嫌だった。
 わがままなのはわかったけれど……ミズキさん、きれいだし、背も高くてアキと並んでもバランスが取れてる。
 とぼとぼと部屋に戻った。
 少ししてから部屋のドアが叩かれた。だれだろうと思いドアの前に立ち、どちらさま、と尋ねたら、シホさんだった。
「ひとりだと脱げないでしょ」
 確かに、この間の撮影のときに着た白無垢もひとりで脱げなくて結局、手伝ってもらって脱いだことを思い出した。帯をはずしてもらって、着物を脱がしてもらったら、ずいぶんすっきりした。頭のセットもはずしてもらい、部屋着に着替えた。
 着替え終わったころ、お手伝いさんが向こうの部屋に置きっぱなしにしておいた洋服たちを持ってやってきて、片付けて行った。シホさんも着物をたたんで箱に詰めて部屋を出て行った。時計を見ると、すっかり夕方になっていた。
 少し早いけど疲れを取りたくてお風呂に入ることにした。お風呂では今日のことを思い出さないようにつとめた。







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