Sweet darling, Sweet honey


<<トップへ戻る

0 目次   <<前話*     #次話>>

【アキ】



 ふたりが出て行ってすぐにじいが部屋にやってきた。
「智鶴さま、秋孝さまをよろしくお願いします」
 と深々と頭を下げられたけど、困った。
「あの人……パパのことを悪く言うから嫌い」
 わたしの率直な意見にじいは苦笑する。
「秋孝さまは不器用でいらっしゃいますから」
 優しく微笑むじいの言葉に少しアキに興味が出た。
「アキって……どんな人なの?」
「アキ……ああ、秋孝さまですか。そうですね、自由奔放にふるまってますけど、人一倍傷つきやすくて……不器用で照れ屋でやさしい方です。智鶴さまもきっと、秋孝さまと一緒に過ごされるとわかりますよ。あの方の素晴らしさを」
 じいはすっかりアキに心酔している様子だ。わたしは少し面白くなかった。
「智鶴さま、お部屋の鍵をお渡ししておきます」
 そう言って美しいキーチェーンのついた鍵を渡された。
「え……」
 キーチェーンの先にはなぜか鍵が三つついていた。
「この赤い宝石がついているのが智鶴さまのお部屋の鍵。その横の青い宝石の鍵が秋孝さまの部屋のスペアキー。そしてもうひとつがここからすぐに出ることができる廊下とお外をつなぐ扉の鍵となっております」
 そう言って外へと続く扉を案内してくれた。
「ここは中からも外からも鍵がなければ出入りすることができません。そしてその鍵を持っていらっしゃるのは、秋孝さまとご主人さまと智鶴さまの三人のみとなります」
「そんな大切な鍵、わたしが預かっていいんですか?」
「はい。ぜひともお持ちください。秋孝さまが一目で気に入る方ですからじいは今日、とても智鶴さまを心待ちにしていました。そしてお会いして、秋孝さまが気に入った理由がよくわかりました。ですから、その鍵は智鶴さま、あなたのものですよ」
 じいの言葉の意味がわからなかったけど、わたしはこの鍵を預かることにした。よくよくみるとこのキーチェーンもものすごく高そうだった。
「あの……変なことをお聞きしますが」
 わたしとじいは部屋に戻り、じいの入れてくれた香り高い紅茶を楽しみながら、ずっと疑問に思っていたことを聞いた。
「昨日、深町から『たかやまさのところに行きましょう』って言われたんですが、そのたかやさまって……」
 わたしの疑問にじいは驚いたようなそれでいてにっこりと笑って話してくれた。
「深町さまの言われた『高屋さま』というのは秋孝さまのお父さまですよ。『TAKAYAグループ』って聞いたことありませんか?」
『TAKAYAグループ』? わたしはつい最近もそんな字を新聞で見たな、とちらりと思いだし、
「『TAKAYAグループ』って……え、えええええ!?」
 ようやく新聞の文字と今じいに言われたことが結びついた。
「『TAKAYAグループ』って!」
 『TAKAYAグループ』というのは、商売が苦手で没落していった旧華族の中では異例の存在で、旧華族でありながら先々代くらいがその財力で会社を興し、日本を牛耳るくらいの一大財閥を築き、今はその二代だか三代目で……。
「高屋秋孝さま、次期総帥ですよ」
 ちょっと待って!
 わたしは動悸を押さえようとしたけど、心臓のばくばくはまったく止まらない。止まるどころかじいの言葉にますます動悸が早くなる。
「辰己深町さまはそんな秋孝さまの第一秘書として常にご一緒に行動をしておられまして。深町さまも秋孝さまと同じように旧華族の血をお引きになられているようですよ」
 な、ななな。
 一介の女子高生よりも貧乏な境遇で育ったわたしにはあまりにも違う世界過ぎて、動悸が止まらない。
「摂理(せつり)さまもほんと、お人が悪い」
「摂理って……?」
 どこかで聞いたことのある名前だな、とぼんやり考えていたら。
「深町さまのお父さまのお名前ですよ」
 パパの名前? そういえば、そんな名前だったような気がしてきた。
「パ、パパを知ってるの!?」
「知っているもなにも、摂理さまはここでお育ちになったのですよ。秋孝さまのお父さまとご一緒に」
 じいの言葉にわたしは……パパのことを実はなにも知らなかったのではないか、という予感が心をとらえた。
「摂理さま……本当に困ったお人でした」
 じいは昔に思いをはせている。
「唯花(ゆいか)さまに一目ぼれされて、深町さまを置いて家を出られたときはじいはどうしようかと思いました」
 唯花ってママの名前。
「ママのことも……知ってるの?」
「ええ。存じております。唯花さまはそうですね……今から十八年前までは女優をされていました。その美貌と演技力から『稀代の大女優』と言われ、将来を約束された方でした」
 ママの美しい容貌を思いだし、少しさみしくなった。
「摂理さまと唯花さまの並んだ姿は本当にお美しゅうございました」
 じいに言われて、ふたりの並んでいる姿を思い出した。
 本当にきれいなふたりだった。少しでもパパの隣に立つのにふさわしくなろうと思って……なんでも頑張った。勉強にスポーツに家のことに。
「あ」
 わたしは突然、思いだした。
「わたし……学校とアルバイト……」
 いつの間にか外はすっかり暗くなっているようだった。
「智鶴さま」
 先ほどと違う声音に、じいを見た。
「そのことについて、少しお話がございます」
 じいの改まった言い方に、背筋を伸ばした。
「え……」
 じいの言葉に焦った。
「え、だって!」
「智鶴さまには窮屈な思いをさせることになるかもしれません。ですが、御身の安全を考慮しまして勝手ながら、高校は休学とさせていただきました。アルバイトに関しましても、こちらからきちんとお話はしておきましたので」
 ショックだった。
 学校も男の子がいるところが嫌でわがままを言って女子校を選択して、学費を負担させたくなくて奨学生になった。アルバイトだって少しでも家計の足しにしようと思って始めたばかりだったのに。
「誠に勝手ながら、ご相談もせずに決めてしまったことをお許しください。ただ、今後も智鶴さまが狙われる可能性も高く」
「え……?」
 じいの言葉に目を見開いた。
「どうい……う……」
「わたくしの口からお話するのも……。しかし、これだけは言わせてください。深町さまも秋孝さまも、なにがあっても智鶴さまの味方である、と」
「じいは……?」
「もちろん、いつだって智鶴さまの味方でございますよ」
 あの火事は……わたしのせいだっていうの? パパが逃げていたのは……わたしのせい?
「おや、もうこんな時間ですか。そろそろ秋孝さまと深町さまがお戻りになりますね」
 じいはそう言って、わたしに立つように促し、先に立って歩き出した。
「おふたりを食堂でお待ちしましょう。ご案内いたします」
 わたしはじいについて部屋を出た。赤い宝石が埋め込まれた鍵で部屋を閉め、じいの後ろをついて行った。







<<トップへ戻る

0 目次   <<前話*     #次話>>