Sweet darling, Sweet honey


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『アパート』



 智鶴がお風呂からあがって着替えたと思われるタイミングで部屋に行く。ノックをして部屋に入ると、戸惑った表情の智鶴がいた。
「着替えたんだね。似合ってるね」
「あの……! こ、こんないいもの……わたし」
 ああ、それで戸惑った顔をしていたのか。
「うん? なにを気にしてるのかわかんないけど。智鶴の持ち物は全部昨日の火事で焼けちゃったでしょ。それにこれ、全部僕の稼ぎで買ったものだから気にしないで?」
 智鶴はますます戸惑っているようだった。
「だだだだだだって! 深町のお金なんでしょ!? 受け取れないよ」
 僕は智鶴の頭をぽんぽん、と軽く叩いて、
「秋孝にこき使われてるから、お金を使う暇がないんだよ。それに、かわいい妹にひとつくらいプレゼントさせてよ、ね?」
 僕のかわいいかわいい妹。せっかくだから、かわいい服をたくさん着てほしい。
「ありがとう……」
 戸惑いの中に深い感謝の気持ちを感じて、僕は目を見開いた。そして、あまりの愛しさにおでこにキスをしていた。
「じゃあ、次はせっかくの髪を整えてもらおうか」
 智鶴の手を取り、隣の部屋へ連れて行った。入室して智鶴を椅子に座らせたらすぐにいつも僕たちの髪を切ってくれる彼女がやってきた。
「辰己さま」
「あ、お願いね」
 彼女に智鶴の髪をお願いして、手近な椅子に座って終わるまで待っていた。彼女の流れるようなはさみ裁きを見るともなく見つめていた。そしてあっという間に髪を整えてくれた。鏡の前に導かれていった智鶴についていく。
「うん、かわいくなったね」
 先ほどより手触りがよくなった智鶴の髪をなでて、
「ありがとう。また頼むね」
 彼女にお礼を述べた。彼女は小さく笑って、荷物をまとめて部屋を出て行った。
「つらいけど、アパートに行こうか」
 昨日の今日で、と思っていたけどきっと今日は現場検証をしているだろう。
 智鶴が生存している、ということを一応知らせないといけないことだと思い、智鶴には申し訳ないけど連れて行くことにした。
 昨日乗っていた車は結構ぬらしてしまったので車内の清掃をお願いしていたため、別の車で行くことにした。
「あ……昨日、車内をぬらしちゃった?」
「それもあるけど、こっちの方が目立たないでしょ?」
 僕としてはこちらの車の方が運転しやすい。車を走らせ、智鶴が住んでいたアパートへ。
 こんなところに住んでいたのか、と明るい時間に訪れて、僕は改めて驚かされる。あの父がここに住んでいたのか……と思うと、父の苦労がしのばれて恨みがさらに薄れる。カケオチしたんだから自業自得だ、と言えばそれまでなんだけれども。なんとなく不憫で仕方がなかった。
「すみません、辰己です」
 竹尾(たけお)には朝、連絡を入れておいたので、僕は近くの警察官に名乗った。
「は! 辰己さま!」
 警察官に敬礼されてしまった。そこまでかしこまらなくても……僕は苦笑した。
「しょ、少々お待ちください!」
 警察官はなにかに追われるような勢いでどこかへ行き、竹尾とすぐに戻ってきた。
「あ、深町。久しぶりだな」
「竹尾、忙しいのにすまないね」
 警察官は再び敬礼をして、どこかへ去って行った。
「で、その子がおまえの妹?」
 竹尾の言葉に智鶴は僕の後ろに隠れる。
「智鶴、怖がらないで。僕の友だちで警察の竹尾賢人(たけお けんと)。今回のこの火事の調査をしてる責任者だよ」
 高校時代からの友だちのひとりで、熱血漢。秋孝とふたりそろうと、結構暑っ苦しい。
 智鶴は僕の背中から顔を出し、
「直見(なおみ)智鶴です……。あの、よろしくお願いします」
「直見?」
 竹尾にはここの火事に妹が巻き込まれて僕が無事に保護している、ということだけを知らせていた。
「妹なんだけど、ちょっとその、複雑な事情でね」
 ここで詳しい事情を話すのは本筋ではないのでそうとだけ伝え、怖がって後ろに隠れていた智鶴を抱き寄せた。
「妹……ねぇ」
 疑いのまなざしを向けられているけど、腹違いの妹には間違いないのだ。
「で、直見さん。このアパートにお住まいだったんですよね?」
 竹尾の質問に智鶴は答えている。ときどき、智鶴の髪をなでながら僕は智鶴と竹尾の会話を聞いていた。
 この火事は……確証はないが犯人はなんとなくわかっていた。すべてこの僕のふがいなさが起こした結果だ。僕は……智鶴と父と智鶴の母にどう償えばいいのか……ずっと悩んでいた。ふと見ると、智鶴は泣きそうな顔をしていた。
「智鶴、大丈夫?」
 僕は智鶴の顔を覗き込む。
「うん……」
 強がっているのがわかったけれど、今の僕にはどうにもできない。無理して笑っているのが痛々しかった。僕には……髪をなでて抱きしめてあげることしかできない。
「竹尾さん」
 先ほどの警察官が木箱を持ってやってきた。
「ああ……。このお嬢さんに渡して」
 智鶴は木箱を受け取っていた。
「これは?」
「きみの両親のお骨だよ」
 その言葉に、智鶴が揺れた。
「智鶴」
 あわてて智鶴を支える。
「うん、大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから」
 そんなに無理矢理笑わないで。すぐにでもここから智鶴を連れ去りたかったけど、竹尾はまだ智鶴に聞きたいことがあるようで、なかなか解放してくれない。ようやく解放されたが、竹尾から連絡先を教えてほしいといわれ、僕の携帯番号を伝えておいた。そして、ようやく僕たちは解放された。
「智鶴、顔色悪いね。帰ろうか」
 やはり無理をさせてしまったようだ。智鶴を支えるようにして車に戻り、助手席に座らせて車を走らせた。

 智鶴の部屋に戻り、

「智鶴、ちょっとごめんね。仕事の電話をしてくるから」

 ひとりにするのはかわいそうと思ったけど、どうしてもかけなくてはいけない電話があり、僕は自室へ戻った。







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