『月をナイフに』


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《三》ひたすら南へ04



 ルベウスの剣は、真珠以外が触ろうとしたら剣自体が拒否を示しているのか、触れようとしたら火花を散らす。

「あいつ……こうなるのが分かっていて、オレたちにこの剣を預けたな」

 モリオンはぶつぶつと文句を言いつつも、真珠を気遣うようにしながら、先頭を歩いている。
 ルベウスと別れた場所で帰ってくるのを待っているのも時間がもったいないので、先にすすむことにした。ふた振りの剣は真珠には重く、休憩を挟みながらというのろのろな歩みになっていた。

「きっと、そうでしょうね。足枷代わりにカッシーに預けたとしか、思えません」
「そんなの、そこの茂みに捨てちまえよ」

 モリオンのいらだちも分かるが、預かった物を勝手に捨てることにかなり抵抗のある真珠は、首を振った。

「捨てていったって、その剣が持ち主を選ぶみたいだから、だれかに拾われる心配はない」
「けけけけ、剣が持ち主を選ぶっ?」

 剣に意志があるということ自体、真珠には驚きだ。思わず、抱えている剣をじっと見つめる。柄の部分は、どちらも赤い。手になじみやすいようにと、汗で滑らないようにするために細い紐が編み込まれている。鞘の色は短い剣が黒で、長い方が赤い。鞘には細かい装飾が施されていて、かなりの逸品であることをうかがい知ることが出来た。

「強いと言われる剣になればなるほど、剣側が使い手を選ぶんだ。オレのこいつだって、なかなかオレのことを認めてくれなくてな……ほんと、アメシストの助言がなければ、こいつとは相棒にはなれていなかったな」

 それで、精霊ファナーヒが加護がうんぬんと言っていたのかと合点がいった。
 それにしても、モリオンはなにかとアメシストとの逸話を披露してくれるようだ。筋金入りのアメシスト好き……ということらしい。それはどうなんだろうと思いながら、真珠は剣を捨てることに抵抗した。

「そうは言うけど、彼はぼくを信頼して預けてくれたわけで……」

 ルベウスは信じてもらうために、大切なふた振りの剣を真珠に預けたのだ。真珠はそれに、応えないといけないと思っている。

「律儀だな。それがあいつの手口なんだよ」

 とは言うが、例え剣が持ち主を選ぶと言っても、やはり、むやみやたらに物を捨てるのはよくないと真珠は思う。

「脇に逸れて、お昼にしましょうか」

 それまで、黙ってモリオンと真珠のやりとりを聞いていたマリが、提案してきた。

「……そうだね」

 言われてみれば、お腹が空いている。
 街道の塀がちょうど途切れ、脇道が見えた。萎れきっているとはいえ、茂みがあり、それに囲まれた先は少し広場になっているようだ。モリオン、マリ、真珠の順で広場に入った。中は風を遮っているため、少しだけ温かく感じた。それだけで真珠はほっとした。
 雑草が気持ちばかり生えた、こぢんまりした広場。モリオンは真ん中まで入り込むと、どっかりと座り込んだ。抱えていた袋の口を開けて、中から荷物を取り出している。マリは周りを見渡し、なにかを探しているようだったが、見つからなかったようで視線をモリオンへと戻した。

「モリオンさま、わたしが」
「なあに、気にするな。慣れている」

 中から敷布を取り出すと目の前に広げ、筒を三本取り出し、置いた。その横に布袋を出し、中から乾いたパンのようなものを取り出した。敷布の上に直接置くと、また別の袋から取り出した乾いた肉を置く。

「マリ、どこかに水がないか?」
「探してみたのですが……ないようです」
「そうか。仕方がないな」

 モリオンは広場の入口に突っ立っている真珠を手招きした。

「そんな剣、その辺りに投げておいて、こっちに来て、昼を食おうぜ」

 真珠は剣を抱えたまま、モリオンとマリの側に寄った。剣を地面に置いて、真珠はモリオンを見た。

「手を洗う場所がないんだよな……。手ふきになるようなもの、なにか入っていたかなぁ」

 モリオンは袋の中をかき回し、ようやくそれらしきものを見つけたようだ。引っ張り出し、真珠へと渡してきた。
 真珠は受け取り、首を傾げた。
 表面が妙にざらついた、くたびれた布きれ。色は薄茶色といったところか。

「これで……どうしろと?」

 戸惑いの表情を向けると、マリが使い方を教えてくれた。

「これでぬぐうと、綺麗になるんです」

 こんなくたびれた布が? と真珠はいぶかしんだが、マリは真珠からその布を受け取り、やり方を見せてくれた。
 布を広げ、左手をくるむようにする。反対の手でその上を何度か揉むようにして、布を取り去る。真珠の目には取り立てて変わったようには見えなかったが、マリは今度は右手を包み、同じようにしてみせた。

「こうやって使うんです」

 釈然としないまま、真珠は受け取り、マリの真似をしてみる。

「おおっ!」

 マリを思いっきり疑っていたのだが、こうやってみると、見た目ではわかりにくいが、石けんで手を洗って水を洗ったとまではいかないが、それに近い感触を覚えた。これに近い感触は、ウェットティッシュで感じたことがあるなと真珠は思った。
 モリオンに返すと、同じような仕草を行い、布を袋の中へと片付けた。
 準備をする前に使って欲しかったなと思いながら、真珠はモリオンから渡された食料を受け取り、口にした。

「乾いているから、飲み物を口に含みながら食べるといい」

 という助言を受け、筒の中に入っているどろりとした甘ったるい飲み物を口にしながら、乾パンと乾いた肉をかみしめた。

 三人が食べ終わった頃、上着を調達しに行っていたルベウスが広場へやってきた。

「……よくここが分かったな」

 モリオンの悔しさのにじむ声と表情を見ると、あわよくばルベウスをまけたらいいと思っていた節があるようだ。
 しかし、そんなモリオンの言葉を無視して、ルベウスはなんとも言えない表情を浮かべている。上着を調達してくると言っていたのに、その手にはなにもなかった。

「大口を叩いた割りには、上着の一枚も用立てできなかったのか」

 モリオンの得意そうな声に、ようやくルベウスは顔を上げた。その顔色は、予想以上に青白かった。

「どうかされました?」

 マリが心配そうに聞くと、ルベウスは大きく息を吐き出した。

「あの村は……もう、終わりだ」

 なにかを思い出したのか、ルベウスは頭を抱え、首を大きく振った。

「おしまいって……?」

 ルベウスは真珠に預けていた剣を無造作に受け取ると、腰に差し直した。

「おまえたちはこのまま楽園パラディッサへ向かえ」

 それだけ言うときびすを返し、走り出した。三人は唖然とルベウスの背中を見送った。

「なんだ、あれ?」

 姿がまったく見えなくなって、モリオンが口を開いた。

「村が終わりだとか言ってましたよね?」

 悲壮感漂う表情。冴えない顔色。
 真珠はルベウスの人となりを知らない。だけど、作っていない自然な笑顔を思い出し、やっぱり彼が悪い人には思えなくて、気がついたら走っていた。

「カッシー?」

 マリが慌てて、真珠を呼ぶ。真珠は立ち止まり、背中を向けたまま、口を開いた。

「ぼくは彼のことを知らないけど、でも、なんか変だったよ!」
「あんなヤツ、放っておけ」

 モリオンは思いっきり無視された形になったことが気にくわないようで、ふてくされた声だった。

「オレたちは、楽園パラディッサへ一刻も早くいかなくてはならない」
「そうだけど!」
「なら、迷うことはない。アレクの追っ手が勝手に消えただけだ。気にすることはない」

 とモリオンは言うが、どうにもなにかが引っかかる。だが、真珠は激しく主張してルベウスの後を追いかけるとは言えなかった。
 モリオンは手早く片付け、少し軽くなった袋を肩に担ぐと、広場から出た。
 マリと真珠はその後ろを追いかけた。






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