『月をナイフに』


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《三》ひたすら南へ02



 防戦一方だったモリオンだが、地面を蹴ると、攻撃を仕掛けた。
 ルベウスは正面から攻撃を受け止めることはせず、モリオンの剣の動きを予測して身体を避け、脇から二刀を振り下ろす。
 モリオンは身体をひねり、大剣を振り上げて攻撃をしながら剣筋を躱す。
 その度にキンッと耳障りな音が真珠とマリの二人の耳に届く。

「ねぇ……どうにかして、あの二人を止められない?」

 真珠は見ていられなくてマリに聞くが、マリも同じように思っていると思われるものの、ただ静かに首を振るだけだ。
 二人は何度か斬り合い、近づいては離れ、剣を結ぶ。
 二人は同時に飛び退き、間合いを広めた。モリオンは身体を低くして、気合いを入れる。

「はああああっ」

 さらに腰を低くして、力をため込む。
 ルベウスもモリオンの様子を見て、ここで勝負をかけてくると察して、静かに闘志を燃やす。

「いくぞ!」

 モリオンの声を合図に、二人は同時に叫んだ。

水の終焉ラーヌ・ファーラニ!」
炎の静寂アフ・マンギーナ!」

 モリオンの身体からは青いうねりが飛び出し、ルベウスへと向かっている。ルベウスからは赤い光が放たれた。
 青と赤の光はぶつかり合い、拮抗している。モリオンとルベウスはにらみ合い、腕を前に押し出している。

「二人とも、やめろっ!」

 真珠は耐えられなくなり叫ぶが、二人の耳には届かない。
 力は行ったり来たりといった感じで右へ左へと動くが、決定打に欠ける。
 モリオンとルベウスの二人の間で動かないそれは、真ん中で派手な音を立てて弾けた。

「うわっ!」

 衝撃波にモリオンとルベウスは飛ばされ、真珠とマリは両腕で身体をかばう。
 飛ばされたモリオンとルベウスは地面に身体をしたたかぶつけたが、受け身を取っていたため、大事には至らなかったようだ。
 同時に立ち上がると、素早く近寄り、剣を交える。

「やめろっ!」

 モリオンもだが、ルベウスが怪我を負ったところも見たくない真珠としては、どうにかして止めたい。
 真珠が頭を強く振ったところで、眼鏡がずり落ちた。
──カッシーが止めればいいじゃない。
──だけど、いい男の本気の戦いって見ていていいわよねぇ。
──そうねぇ。素敵よねぇ。
 精霊ファナーヒののんきな声に、真珠は悲鳴に近い声を上げた。

「そんなことを言ってないで、止めてっ!」

──えー。怖くて近づけないよぉ。
──あの二人、本気だもん。
──カッシーしか止められないよぉ。

「止めるったって……どうやって?」

 この際、藁でもいい。とにかく、なにかすがりついて止めることが出来るのならと、真珠は精霊ファナーヒに尋ねた。
──この間みたいに、玉を出してぱーっと!
──うん、ぽんっとたくさん出して、ぱしゃんて弾けさせて!
 精霊ファナーヒの言っていることがさっぱり分からない。
 あてにならないことを知り、真珠はずれた眼鏡を直した。
 途端に静かになった。

「もしかして」

 これまでも疑問に思っていたものの、真珠は確認のために試してみる。直した眼鏡をまたわざとずらしてみる。
 と、視界いっぱいに色とりどりのひらひらが入ってきた。
 くらくらして、真珠は慌てて眼鏡を戻した。
 すると、見えなくなった。
 どうやら眼鏡を掛けていると、精霊ファナーヒが見えないし声も聞こえないという仕組みになっているらしい。どうしてそうなのかは分からないが、これは発見だった。
 真珠は再度、眼鏡を掛け直し、剣を切り結んでは離れを繰り返しているモリオンとルベウスに視線を向けた。
 さすがに二人とも、かなり消耗しているようで肩で息をしている。それでも意地を張り、必死に笑みを見せて余裕だということを示そうとしているが、どうみても限界間近なのは端から見ていても分かる。それは戦っている二人がもっとよく分かっていて、今は距離を取り、お互い、息を整えている。
 次が最後だろう。
 二人ともまた構えている。
 必殺技を出し、倒そうとしているのが分かった。

「やめろって言ってるのが聞こえないのかっ!」

 真珠の少年にしては甲高い声はモリオンとルベウスの耳に届くものの、制止させるにはまったく効き目がない。

「お互い、これが最後だな」
「……どうやら、そのようだ」

 二人は不敵な笑みを浮かべ、気合いを入れる。
 いくら口で言っても聞かない二人に業を煮やし、真珠は二人の真ん中に向かって走り出した。

「カッシー!」

 マリは手を伸ばしたものの間に合わず、真珠は走る。
 モリオンとルベウスは同時に口を開いた。

水の終焉ラーヌ・ファーラニ!」
炎の静寂アフ・マンギーナ!」

 青と赤の光が、走り出る。
 その真ん中に向い、真珠は走る。

「カッシー、逃げろ!」

 真珠はど真ん中で止まり、両手を広げた。
 どうみても狂気の沙汰としか思えない。

「ちっ」

 ルベウスは舌打ちをして、真珠に向かって走り出す。
 しかし、今、打ち出した技より早く真珠の元にたどり着けるわけがない。それでも必死になり、走り寄る。
 それを見て、モリオンも地面を蹴り、真珠へ走り寄る。

「カッシー!」

 真珠の目には、ルベウスが放った赤い閃光が映っている。見えないが、背後にはモリオンが放った青い光が迫っているはずだ。
 あれがまともに当たったら、痛いでは済まないだろうな……と意外に冷静な自分に真珠は思わず、苦笑する。
 痛いと苦しみのたうち回るようならば、いっそのこと、一瞬で済ませてほしい。
 そんなことを願いながら、真珠は目を見開き、赤い光をじっと見つめた。
 あと少しでそれが届くとなったところで、異変が起こった。
 真珠の身体の中が激しく熱くなり、それは苦しさを伴うほどだった。ぐっと身体を縮こまらせ、中からなにか出てきそうなものを放出するように両腕を思いっきり広げた。

「え……?」

 真珠は自分の目を疑った。
 どこから出てきたのか分からないが、でもそれは確実に真珠の中から出たもののようだった。
 赤い光の後ろにルベウスが見える。彼の目にもそれが見えたようで、驚愕した表情をしている。
 前にマリが言っていたように、真珠の周りには白くて小さな玉が無数に取り囲んでいた。
 それは素早くルベウスが放った赤い閃光を包み込み、音もなく弾けた。

「!」

 まばゆい光が、その場を包み込む。真珠はまぶしくて、とっさに目を閉じた。
 モリオンとルベウスは立ち止まり、まぶしさに顔をかばった。マリも驚き、まぶしさを避けるために両手で顔を覆った。






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