愛から始まる物語


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【涙の雫】







更新日 2013年12月12日

 どうしてだったか、文緒を泣かせてしまったことがある。
 啼かせるなら得意なんだが、泣かせるのは苦手だ。
 文緒の涙は見たくないというのに──ふとしたことで俺は泣かせてしまう。

「……睦貴の馬鹿」
「ごめん」

 文緒から馬鹿と言われたら反論の余地がない。
 本当に俺は馬鹿で愚かで歩く下半身だ。

「なんで謝るのよ、馬鹿っ」

 謝ったらまた馬鹿と言われた。
 ……この場合、俺はどうすればいいのだろうか。

「もっと自分を大切にしてよっ!」

 そう言って文緒はぽろぽろと涙を流した。
 ああ、なんと不甲斐ないのだろうか。

「その……悪かった」

 いつになっても文緒の涙は心臓に痛い。
 幼い頃もだけど、今も苦手だ。

「そういえば」

 とそこで、ふとした話を思い出した。
 文緒の涙を止めたくて話を逸らすことにしたのだけど。
 相変わらず姑息だなと思いつつ、文緒が涙を蓄えた瞳でじっと俺を見つめてきたので続けた。

「……なんだったかな。──神様は俺たちの涙を蓄える皮袋を持っていて、俺たちがどれだけ涙を流したか知ってると」
「涙を蓄える皮袋……?」
「そう。悲しみの涙も、うれしさの涙も、笑いすぎて出た涙も、快楽に打ち震えてにじんだ涙さえ」
「っ! なっ、なにをっ!」
「いやあ、そう考えると神様もなかなかマニアックだな。どんなコレクターでさえ勝てないな」
「……神様だし?」
「そうだな」

 俺の回答に文緒はくすりと笑った。
 ああ、ようやく神様のコレクションを増やすことなくなったな。
 文緒の涙、おまえになんてやらない!
 ……神様にさえ嫉妬してしまう俺。

「だけどさ」
「な、なに?」

 俺がまた変なことを言うのではないかと文緒は身構えた。

「涙を蓄えておくなんて、悪趣味だと思わないか? 日本式だったら水に流すなのにな」
「そ……そう、ね」

 文緒は顔をひきつらせて同意してくれた。

「だけど、文緒の涙が水に混じってどこかに消えてしまうのは、それはそれで嫌だな」

 ひどい独占欲に母を思いだし──それは違うと慌てて首を振った。

「……睦貴?」
「ん……。ああ、なんでもない」

 俺は文緒を抱き寄せ、腕の中に閉じこめた。

「できるだけ文緒を泣かさないように努力する」
「……なんだか努力する方向が違うような気がするけど、まあいいわ」

 そう言って文緒はキスをおねだりしてきた。
 ほんと、文緒は俺がどうすれば喜ぶかよく分かっている。
 だから俺もできるだけ文緒に応えなければならない。
 文緒の頬に手を当て、唇を重ねた。
 柔らかな感触に止まらなくなり──。
 別の涙を流させて神様を喜ばす結果となったわけだが。
 だけどコレクションにされる前に俺が文緒の涙をすべて舐めとってやった!
 ふふふ、勝った……!

「文緒、俺は神様にけんかを売ったから当分死なないぞ。だから安心しろ!」

 そう言ったら文緒から呆れた視線をちょうだいしました。
 やったね、俺!

「まあ、睦貴自体が死神だものね」

 不名誉なあだ名を文緒は口にして笑ってくれた。

 やっぱり泣き顔より笑顔がいい。
 俺は文緒にもっと笑顔でいてもらえるように努力しよう。
 おれは心新たにそう誓い、文緒にキスをした。

【おわり】







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