【兄貴に抱きつかれるのを回避する方法】
※ホモっぽいお話が苦手な人は回避してくださいψ(`∇´)ψ
俺の兄貴は他人の記憶が見えるという。最初にそれを知ったときは驚いたけど、だからなんだと思ったのも事実だ。
「過去が見えたところでそれは過ぎ去ったものだし、終わったことが見えたからなんだっていうんだ」
と兄貴に告げると、兄貴は驚愕の表情を向けてきた。
「過去が見えるんだぞ? 気持ちが悪いとか怖いとか」
「思わないね。変だとは思うけど、それだけだ。それとも兄貴は俺にそう思ってほしいわけ?」
「……たまにおまえの思考についていけない」
「いろんな人によく言われる」
そんなに変わった考えではないとは思うのだが、やはり変なのか?
…………。
まあ、いいや。
他人と比べること自体がナンセンスだ。
過去が見えようと見えまいと今はどちらでもいい。
今、問題なのは兄貴の頭痛の頻度が極端に上がったということだ。
このままだと親父から聞いた不吉な末路しか残されていない。
さて、どうしたものか。
よくわからないけれど、他人の過去を見るということはそれだけ脳みそを酷使しているのだろう。だから反動で頭が痛くなる。
ここまではなんとなく理解は出来る。
これから先がまったくもって理解不能。
どういう仕組みなのか分からないけれど、特定の人の手などを額に当ててもらうと痛みが軽減するという。
なんでだよ、意味が分からないよ。
手を当てると血行が良くなるのか?
血行が悪くなると頭が痛くなることもあるみたいだから、まあそういうことにしておこう。
だからと俺もそれに倣ったのだが、俺の場合は手では痛みが引かないというのだ。俺の手、冷たいのか?
俺では駄目なのかと思っていたのだけど、俺が兄貴の秘書をしていたとき、兄貴が頭痛のせいで総帥室でぶっ倒れたことがあった。
困った俺は隣にある仮眠室に運ぼうと兄貴を抱えたのだが。
机から隣の部屋に兄貴の重たい身体を必死になって抱えて移動する間にぱっちりと目を覚まし、すっかり頭痛がなくなったとのたまいやがったのだ。
正直そのとき、俺は大きな兄貴の身体をひとりでうんうん言いながら運んでいて疲労困憊だったので、すっきりした顔でそう言われて文句を言う気にもならなかった。
そんなことが二・三度あって、兄貴が気が付いた。
「身体を密着させると痛みがなくなる」
「なんだよそれ、男同士で密着って究極の罰ゲームだろう! 抱きつかれるのなら女の子限定でお願いします!」
「俺は別におまえなら構わないぞ」
「いやぁ! びーえるフラグ、いやあ! しかも実の兄貴になんて! 嫌だ、止めて! 勘弁してっ!」
「そういえばおまえ、高校生の時に女装していたな」
「や、あれは!」
「奈津美と蓮の仕事を手伝ったときも似合っていたな」
「うわああ! やーめーろー!」
嫌がる俺を無視して、そのことに気が付いてしまった兄貴は頭痛におそわれる度に俺に抱きつくようになった。
しかも頭痛の頻度が極端に上がってきている。だから抱きつかれる回数が増える。
なんというか、兄貴に抱きつかれる度に変な気分になってきてマジヤバい。
どうにかして回避しなくては。
うーむ、どうしたものかなあ。
今のところは俺に抱きつけば不本意ながら治ってはいる。
それがだめなんだよな。
だからといって放置しておくと親父に聞いた恐ろしい最期を迎えてしまう。
今、兄貴に死なれると主に俺が困る。全俺が困ったという状況は回避したい。
周りは知らない。
いや、智鶴さんも困るよな。
どうにかして最悪な事態を避けなければならない。
しかしなにがうれしくて実の兄に抱きつかれなくてはならないんだよ。
そもそも他人の過去を見るのがいけないのであって。
……となれば?
「兄貴、人の過去をのぞき見るのはやめろよ」
「そうは言っても」
「智鶴さんに言われてコントロールできるようになったんだろう? だったらもう見るな。いや、もう見えない」
俺のその一言に兄貴ははっと目が覚めたかのような表情を浮かべた。
「見えない……?」
「そう、見えない。人の過去が見えなくてもなんの不便もない。知りたければ相手から聞けばいいだけだろう」
「……そう、だな」
兄貴は眼鏡を外し、目頭を押さえていた。
これで少しでも頭痛が治まってくれればいいんだけどくらいの軽い気持ちでいたのだけど。
「分かった。俺はもう、過去が見えない」
あ……と、え?
「大丈夫だ、見えなくなった」
「……はあ」
たまに兄貴が分からない。
自分にそうやって暗示をかければ済む話なのなら最初からしておけよ。
……というのは無粋なのだろうか。
まあ、これで文緒以外に抱きつかれることはなくなるからいいということにしよう。
ということで、それから頭痛の頻度が下がったのかというと……。
結論からすると、頭痛はなくなった。
それだというのに。
「睦貴、ちょっとこっちに来い」
「……なんだ?」
言われるがままに素直に近寄ると、がばりと抱きつかれた。
「うわああっ! 俺はそんな趣味はっ!」
「落ち着くんだ」
「そーいうのは智鶴さんにっ!」
をーい、この話、いつからびーえるになった!
「ちぃに抱きついたら止まらないから」
……俺は抱き枕ではありませんって!
そしてこんな場面に限って人に見られて社内にとんでもない噂が駆け回ることになるのだった。
浮かばれないな、俺。
とほほ。
【オチもなくおわる】