『チョコレートケーキ、できました?』


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《四十四話》アルバイト



 しばらく周りが慌ただしかったけど、ゴールデンウィークになった。あたしは学校が休みだったからここぞとばかりにアルバイトのシフトを入れまくった。
 だって!
 ゴールデンウィークにも関わらず、圭季はずっと仕事だっていうのよ?
 お母さまも色々と予定が入っているらしいし。梨奈は陸上部の練習やら試合が入っているようだし、那津は梨奈について行くっていうし。
 広くて勝手がいまいち分からない橘家でどうやって過ごせばいいのか分からない。
 リムジンを出してもらうのは申し訳ないと思ったけど、慣れない場所で時間を持て余すのを考えたらなんだか居たたまれない気持ちになるんだもの!
 ……ということで、だいぶ慣れてきたアルバイト。連休ということもあり、かなり忙しい。
 店頭対応に、商品の補充。
 目が回るような忙しさに嫌なことを思い出さなくて済む安堵感。
 休憩時間もきちんともらえるけど、ぐったりしているうちにあっという間に終わってしまう。
 それで、アルバイト先なんだけど。
 
「みかん」
という名前の和菓子のお店。せんべいやようかん、寒天ゼリーなどを売っている。橘製菓は洋菓子なイメージが強いけど、和菓子の扱いもあるのだ。
 お菓子もかわいらしいものが多く、パッケージも女性心をくすぐるものも多い。これが父が率いる部署の成果と知っていると、不思議な気分。
 もちろん和菓子ということでお土産やお使い物としても購入する人がいるから定番品も扱っている。冠婚葬祭にも対応しているし、ほんと、覚えることが多すぎる。
 しかも連休用に期間限定のパッケージも扱っている。頭がパンクしそう。
 そんなこんなで色んなものに追われていたけれど、隙間時間というか、デパートの閉店時間が近いのもあるからか、ぱったりと客足が途絶えた。
 あたしはその隙をついて、お手洗いに行くついでにバックヤードに置いてある包装用紙を補充することにした。
 まずはお手洗いに行って、手を洗いながら鏡に映る自分の顔を見る。
 少し疲れた表情をしているけど、一時期のひどい顔色からはかなり改善されていた。入院中なんて紙みたいに白い顔をしていたものねえ。
 ぺしっと音を立てて頬を叩いて気合いを入れて、バックヤードへと向かう。
 初めてだらけだから分からないけど、今年は忙しいらしい。場合によっては臨時ボーナスが出るかもよ、なんて話をちらりと聞いた。
 なにか目標があると、張り合いが出るし頑張れる。
 連休限定のみかんのマスコットキャラであるみっかんちゃんが印刷された包装紙の束を探し出し抱えようとしたところで、妙に艶っぽい声が聞こえてきた。

「圭季くんは」

 ……けーき?
 けーき?
 まさかここに圭季が?
 まあ今日も仕事だと言っていたし、店舗を回っていても不思議はない。でも今日、来る予定なら来ると言うはず……よね?
 だから違う人なのだろうと判断をして、目当てのみっかんちゃんの包装紙に手をかけたところ。

「名前で呼ばないでください」

 不機嫌な声はまさしく圭季のものだった。
 えええっ? どーして圭季がいるのっ?
 しかもここってバックヤードだよ?
 なんでこんなところに?
 状況が分からないあたしは動くことが出来ず、中途半端な体勢で固まっていた。盗み聞きするつもりはないんだけど、結果的にそうなってしまっている状況。
 息を殺して周りの気配を窺う。
 それにしてもあたしはここでなにをしているのだろう。

「圭季くんの彼女って」
「…………」

 えっ? そ、それってあたしのことっ?

「まだ学生だって聞いたけど、そんなので満足してるの? アタシが相手、してあげるわよ?」
「お断りします」
「あらあ、即答? 冷たいわねえ」
「今は業務時間です。たとえプライベートな時間であっても遠慮します」
「まあ、つれないわね」
「……そんな話のためにここに来ようと言ったのですか? それなら店舗に顔を出すために戻ります」

 そして足音がして遠ざかる気配。
 あたしはしばらくその場を動けなかった。
 それにしても。
 ……な、なに、今のっ?
 いや、それよりも、だれっ?
 薫子さんなんて目ではないほどの色っぽい声。
 混乱したままふらふらと離れ、バックヤードを出ようとしたところで目的の包装紙を持ってくるのを忘れたことに気が付いた。
 ああ、あたしの馬鹿。
 手ぶらで帰ったらなにしていたのって怒られてしまう……!
 ふらふらと戻り、包装紙を抱えようとしたところで再び足音が聞こえた。

「チョコ、いるかい?」

 圭季の声に思わずぎくりと身体が固まる。

「チョコ?」

 近づいてくる気配。
 返事をしないとと思うのに声が出ない。

「いないのか?」

 棚の角を曲がり、圭季が姿を現したのが視界の端に映った。

「なんだ、やっぱりいたのか」

 そしてなぜかしばらく無言だった。
 あたしはどういった反応を返せばいいのか分からなくて動けないでいた。
 実際の時間はそんなに長くなかったと思うけど、あたしたちの間には一分くらいに感じるほどの沈黙が落ちた。
 なにか言わなきゃと思うけど、先ほどのやりとりを思い出してなんとなく気まずい。
 口を開きかけたところで先に圭季が声を出した。

「あ……っと。えっと、その。予想以上にその、制服が似合っていて、その、びっくりしたよ」

 ……制服?
 あたしは視線だけを下に向けて支給されている制服に視線を落とした。
 
「みかん」
の制服は渋みのある蜜柑色をベースにした和服っぽいものになっている。上衣は内側と外で紐で結び、黒い膝丈のレギンスを履き、巻きスカートのようなものを腰で巻き、その上から少し細めの濃い緑の帯を巻き、巻きスカートの布の端を帯に挟む。さらに上には白いエプロンをつける。白い足袋を履き蜜柑色の鼻緒の草履を履く。
 最初は恥ずかしかったけど、動きやすいしなによりもかわいい。
 似合うと言ってくれてうれしいけど、やっぱり恥ずかしい。

「チョコ?」

 未だなにかの呪いに掛かっているかのように反応のないあたしに圭季は訝しげな声を上げた。

「もしかして驚かせた? それなら謝る、ごめん」

 それは前もって来ると言ってなかったことに対してなのか、ここに現れたことに対してなのか。
 ここは来ると聞いてなかったと怒るところなのか、来てくれてうれしいと喜ぶべきなのか。
 いつまでも動かないあたしに圭季はどう思ったのか。

「チョコ……?」

 いつまでもこうしていられないから顔を上げた。

「都さーん」

 バックヤードの入口辺りからあたしを呼ぶ声。

「お客さんが来てるわよー」

 その声に呪縛が解かれたように身体が動き出す。

「はっ、はいっ!」

 返事をして圭季へと視線を移す。

「どっ、どーして圭季が? お、お仕事の視察?」

 上擦っていた上に今まで動けなかった反動で妙な動きをしてしまい、圭季はあたしの動作に苦笑の視線を向けてきた。

「……驚いた?」

 その質問にあたしは何度もうなずいた。

「おっ、驚きすぎて声が出なかったのっ」

 動揺を抑えるために手を振ったオーバーアクションをすると圭季は頭を下げてきた。

「……ごめんなさい」

 いつもの素直な謝罪に先手を打たれてあたしはそれ以上なにも言えなくなって小さく首を振るしかなかった。

【つづく】






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