思い立ったが吉日


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「ささやかすぎる贈り物」


「ねぇ、明日はなんの日か、知っている?」

 目の前に立つ彼女は、かわいらしく小首をかしげて僕を見下ろしている。身長差は頭約一個分。彼女が大きいわけではなく、僕が小さいのだ。
 僕は今年、中学校に入学したばかり。身長はかなり低めで百四十五センチ。これは僕のコンプレックスだ。しかし、両親ともに背が高いのでこれからが成長期と思っている。
 一方の彼女・悠里は、高校三年生で今年は受験生。受験勉強も佳境のはずなのだが、なぜだか妙にのんびりと余裕の構えだ。彼女の身長は百七十センチないくらい。

「明日がなにか知ってるけど、僕はもう子どもじゃないよ」

 なんだか彼女に馬鹿にされたようで僕はぷいっとそっぽを向く。彼女はくすくすと笑ってあごに細くて長いきれいな指をあてる。

「のぶくんて、やっぱりかわいいね」

 悠里の言葉に僕の頬は熱を持つ。かわいい、という言葉は僕のためにあるのではなく、目の前で花のように笑う悠里のためにあるんだ。

「僕はかわいくなんかないよ!」
「のぶくんはかわいいよ。そんな風に必死になって反論するところなんか特に」

 悠里は上からつん、と僕のおでこをつついてきた。悠里に同じことをしようと思ったら伸びあがらないとおでこに手が届かないのに、彼女は易々とやってのける。

「わたしね、プレゼントは要らないから」

 ふわり、と柔らかな匂いをさせて悠里が微笑む。僕は悠里の表情に見惚れる。
 並んで歩いていた僕たちは悠里の家の前に到着したことで、門の前で立ち止まる。

「明日、時間を開けておいてね」

 悠里は僕にそれだけ告げると、また明日ね、といつものように手を振って家の中に消えていった。悠里を見送った後、隣にある家へ向かう。そこは僕の家だ。
 僕と悠里は隣同士のいわゆる「幼なじみ」というやつだ。産まれたときからずっと一緒で、お互い一人っ子ということで僕たちは姉弟同然で育ってきた。だけど僕は悠里のことを「姉」として見たことはなかった。気がついたら好きになっていた。

 ほんわかと優しい空気をまとった彼女。だれにでも優しくて、いつもにこにこ笑っている。悠里はしかも、とてもかわいい。肩口に切りそろえられたストレートの黒髪はいつもさらさらと艶があり、少し丸めの顔にマッチしている。きらきらと輝く茶色の瞳はいつも希望に満ちている。そんな悠里は僕の自慢だ。
 かわいらしい彼女を狙う男たちは当たり前のように周りにたくさんいて、ライバルだらけだ。だけど未だに特定の彼氏はいないらしい。僕にも少しは望みがあるかな、と淡い気持ちをいつも持つけど、先ほどのように悠里は僕のことをかわいいと言って弟扱いだ。正直、うれしくない。
 どうすれば僕は悠里の彼氏に昇格できるのだろうか。いつも悩み続けるが、答えは出ない。
 もう少し身長が伸びて、せめて悠里の背丈を越してから考えることにしよう。
 僕はいつもそうやって先送りにしていた。

 明日はクリスマスイブ。
 僕は未だに悠里にあげるプレゼントを決めかねていた。だからなにかほしいものある、と聞こうと思っていた矢先に先手を打たれてしまった。
 僕の告白がクリスマスプレゼント……になるわけないよなぁ。
 玄関を開け、かばんを放り込むと着替えもせずにそのまま町へとでかけて悠里へのプレゼントを考えることにした。
 イルミネーションが眩しい中、僕は女の子が好みそうなお店を外から眺める。どのお店も女の子が満員御礼で、そんな店内に足を踏み入れるだけの勇気は持ち合わせていない。結局、そのまま逃げるように家に帰った。

 次の日、いつものように一緒に学校へと向かい、帰りも一緒に帰ってきた。

「それじゃあ」

 渡せるプレゼントひとつも持ち合わせていない僕は、いつもなら悠里が家に入るのを見届けてから自分の家に向かうのに、今日は逃げるように足を踏み出すと悠里に止められた。
「今日はわたしに少し時間をちょうだい? それがのぶくんからのクリスマスプレゼント」

 悠里ににっこり微笑まれて……拒否ができるわけ、ないじゃないか。むしろ僕が大切なクリスマスイブの時間を悠里から奪っていいのか悩んでしまう。

「だって……。今日はイブだろう?」
「だからだよ。ね、のぶくん、一緒にお祝いしましょ」

 そうやって笑みを浮かべる悠里を見ていると、悠里の時間を独占できる喜びに身体が震える。人から見ればささやかすぎるかもしれないけど、この先、クリスマスプレゼントは要らないと思ってしまうほどの、贅沢な贈り物だ。


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